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陸 大河ドラマと大河創作落語

2015.03.10更新

 落語についてのコラムを書いていると、落語の専門家のように勘違いされることがある。
 私は単なる落語ファンでしかないのだが、先日も繁昌亭で顔なじみのお客さんから「講談・浪曲と落語の違いは?」という質問を受けた。素直に「解りません」と流せばいいのに、教師の性(さが)で「落語は台詞読み、講談はト書読み、浪曲は一人ミュージカルでしょうか」とお茶を濁しておいた。しかし、実はもう一つ、気になっている違いがある。それは、史実との距離感だ。

 講談や浪曲は、歴史上の人物の物語を本当っぽく演じるのに対し、落語の場合、歴史上の人物のネタは意外に少なく、たとえ登場しても嘘っぽさを隠さない。なかには『徂徠豆腐』のように、荻生徂徠の若き日の逸話を踏まえた噺もあるにはあるが、このような歴史上の実名と逸話をベースにしたネタは珍しい。 
 講談・浪曲がNHKの「大河ドラマ」だとしたら、落語は「水戸黄門」のような感じといえば解りやすいだろうか。所詮はどちらも作り話でしかないのに、前者は本当っぽく演出されているから厄介だ。私の経験でも歴史講演会の質問タイムで、大河ドラマを踏まえた質問を受けたことは一度や二度ではない。この手の質問は対応しづらい。

 私は基本的に大河ドラマを見ないが、たまたま『毛利元就』(1997年放映)の一場面を見たとき、元就の兄・毛利興元の正室が「お雪様」と呼ばれていたのに引っ掛かったことがある。記憶のない名だったので裏付けの史料を探したが見つからない。NHKの友人に問い合わせたら、その女優(一路真輝)が元宝塚歌劇「雪組」のトップスターだったので「お雪」になったというからズッコケタ。宝塚歌劇には、ほかに花組・月組・星組・宙(そら)組があるそうだから、彼女が雪組でよかった。「お花様」「お月様」「お星様」「お宙様」では笑うしかない。大河ドラマも、そのエンドロールに《このドラマはフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。》のテロップを流してくれないかな。

 さて、ここからが本題。先に落語は「嘘っぽさを隠さない」と書いたが、実は創作落語のなかには本当っぽく作られた噺がある。桂文枝師匠の『ゴルフ夜明け前』は、そのマクラで「大河創作落語」と自称されるように、たしかにそれまでの落語とは趣が異なる。坂本龍馬・中岡慎太郎と近藤勇・沖田総司といった歴史上の人物がゴルフを楽しむのだが、もちろん幕末にはまだゴルフは伝来していない。それでも、長崎の料亭花月や鳥羽伏見の戦いを散りばめることで史実感を醸し出している。文化庁の芸術祭大賞を受賞し、のちに東宝で映画化までされたのもむべなるかなである。

 同様の作品に『天神祭』(冨田龍一作)がある。この作品は、第1回上方落語台本の公募(2008年度)で大賞に選ばれたものだ。この台本コンテストは上方落語協会の主催で、プロ・アマを問わずに応募できるのだが、入選すると繁昌亭でプロの落語家によって披露される。この『天神祭』も当時の桂三枝(現、桂文枝)師匠がトリで演じた。 

 時は元禄14年(1701)6月25日、天神祭の本宮。松の廊下の刃傷から3カ月余のことだ。江戸から吉良上野介が家臣の清水一学を伴ない、赤穂からは大石内蔵助が藤江熊陽(ゆうよう)を同道して、天神祭を見物に来たという設定だ。偶然に出会った二人は、互いに素性を明かさないままに意気投合して船渡御を見物。翌年12月14日の吉良邸討ち入りで、大石は吉良に再会することになる。

 吉良に随行した清水一学については、劇作で二刀流の使い手として有名だ。しかし大石に従った藤江熊陽については説明が必要だろう。熊陽は赤穂生れの漢学者で、内蔵助の子・主税の友人だったが、赤穂藩の取り潰し後は龍野藩の藩儒になっている。その著書『答客問』には、熊陽が同年の天神祭を見物した際、偶然に内蔵助の妻りくと主税に出会い、堂島川に同舟して船渡御を見物したことが記されている。先の台本はこの史実を踏まえた創作だったのだ。吉良・清水・大石の三名は天神祭を見物したことはないが、一般には無名の熊陽を加えることで本当っぽくみせている。私は大石に同行するのは熊陽ではなく、よく知られた主税でもいいように思うが、それではベタ過ぎて嘘っぽく聞こえるのかもしれない。

 実は、このネタが繁昌亭で初めて披露される少し前、文枝師匠から私に電話があった。私が大阪天満宮文化研究所に所属していることから、大石と吉良が大阪天満宮の近くで会食した店について尋ねられたのだ。実在の店を教えて欲しいという。もう一度いうが、二人が天神祭に出会うのはフィクションである。それなのに、文枝師匠はその店にリアリティを求められたのだ。いくつかの店を提示すると、そのなかから鰻屋の「淡伊」を採用し、二人が鰻の背開きと腹開きについて意見を交わすシーンを加味されたのだ。みごとなアレンジ。たとえ全体のプロットはフィクションであっても、個々のファクターを史実に求めることで「大河創作落語」は趣を増すのだろう。

 講談師が実録物を読むときの定番の前フリに、「実が六分で嘘が四分だから実録」というフレーズがある。これは実録=実六の洒落でしかないが、現実には歴史上の実名が登場する講談・浪曲であっても、そこに含まれる「実」は一分もないと考えてよく、その意味では大河ドラマも五十歩百歩でしかない。

 では、講談・浪曲と落語の史実との距離感の違いは何によって生じるのだろうか。一概にはいえないが、年月日の扱いが大きく影響するような気がする。落語『明烏』のなかに、花街「新町」の大門で「(大坂夏の陣の)元和元年五月から」足止めされているという冗句に対して、「難波戦記みたいに言ぅてんねゃあれへんがな」と応える場面がある。いうまでもなく『難波戦記』は大坂の陣の講談本だから、このやりとりは、講談と違って落語には正確な年月日が必要ないことを象徴している。それなのに『ゴルフ夜明け前』の冒頭では「この話は、1867年、慶応3年、明治になる一年前ですが」と年代の明示から始まる。「大河創作落語」たる由縁といっていい。

 これからも「大河創作落語」が創られることを期待したい。近年、NHKの大河ドラマは視聴率が低迷しているそうだから、その離れファンを「大河創作落語」に取りこむチャンスだ。そうだ、ちょうど第8回上方落語台本の募集中だ。締め切りは今年の7月末日だから今から想を練っても間に合う(詳細は上方落語協会のHPに)。年代設定が明確で、歴史上の実名が登場する落語台本を応募しよう。もちろん、大河創作落語台本だからといって入選を保証するわけではないですよ。

《締めの謎掛け》 吉良上野介とかけて、ゴルフの翌日と解く。その心は・・・、どちらも「浅野家老(朝の過労)」が気になります。チャン、チャン。      

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高島幸次(たかしま・こうじ)

1949年大阪生まれ。大阪大学招聘教授、大阪天満宮文化研究所研究員などを兼務。日本近世史を専攻し、地方誌史への執筆や、各種セミナーの企画なども多く行う。NPO法人「上方落語支援の会」理事や天満天神繁昌亭大賞選考委員として落語にも関わっている。

著書に『奇想天外だから史実ー天神伝承を読み解くー』(大阪大学出版会)、『大阪の神さん仏さん』(釈徹宗との共著、140B)などがある。

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