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弐拾陸 フロイト的落語

2017.08.22更新

 過日の都議会選挙における石原伸晃氏の失言が話題になっていました。安倍晋三首相を街頭演説に迎える際に、「拍手をもってお迎えください」というべきところを、「拍手を持ってオマヌケください」と言ったのです。YouTubeで聞いてみてください。間違いなく「オマヌケ」と聞えますから。これが、単なる「発音ミス」だったら話題にもならないのですが、実は「フロイト的失言」ではないかと勘繰った人たちによって拡散されたようです。

 一般的に私たちの言い間違いは、①音(おん)の類似や、②語意の連想による単純ミスが多いようです。しかし、精神分析の創始者であるフロイトは、言い間違いには隠れた心的要因の影響があるといいます。そこには、無意識の願望・推測などが内在していると考えるのです。これを③フロイト的失言といいます。


音の類似・語意の連想

 ①「音の類似」とは、「小鼓(こつづみ)」を「小包(こづつみ)」と言ってしまうような類です。②「語意の連想」は、「コンセントを抜く」が好例でしょう。「コンセント」は「プラグ」を差しこむ器具ですから、正しくは「プラグを抜く」です。どうしても「コンセント」を抜きたければ、壁ごと引っ剥がしてくださいな。

 本コラム前々回の「弐拾肆 重層的に仕込まれた笑い」で紹介した『野崎詣り』の会話は、この①と②にあたります。以下に再録します。

 喜六「江戸はドサクサ」
 清八「違う違う、ドサクサやない」
 喜六「江戸は深草」
 清八「違う、江戸は浅草や」
 喜六「深草やったら、ショウショウの違いや」

 「浅草」というべきところを「ドサクサ」と言い間違うのは①ですが、「深草」への間違いは②なのです。未だ草深い土地柄を「深草」といい、その対語として、町化されつつある地を「浅草」といったことの連想だからです。もっとも、現在では、シンメトリカルな対称地名であることに気づかず、単なる①の言い間違いでしかないと受け止める方が多くなってきたようですが。


フロイト的失言

 ③「フロイト的失言」については、ドイツ文学者の高橋義孝先生が、次のような体験談を披露されています(『現代不作法読本』角川文庫)。

 ある時、私を訪ねてきた人が、一寸銀座辺まで飲みに行こうと私を誘うの ですが、私は都合がわるいことがあるので、同意しかねていた。そうしたらその人が私に「おかねーーいや、おかげんでもわるいんですか」と言いちがえをした。恐らくその人は、「あなたはお金の心配をしているのかもしれないが、お金は私が払うから心配はいのですよ」ということを頭の中で考えていたにちがいないのです。


 高橋先生は、フロイトの著作を多数翻訳されていますから、この「おかね」と「おかげん」の言い間違いは、①「音の類似」によるのではなく、③フロイト的失言だと考えられたのです。
 この伝でいけば、冒頭に紹介した石原伸晃氏の言い間違いも、恐らく・・・、いや、まぁ、それはいいか。

 落語におけるフロイト的失言としては、『子ほめ』の冒頭シーンが思い出されます。松ちゃんが、隠居宅を訪れ、芳っさんから「只の酒」があると聞いて来たという。正しくは「灘の酒」なのですが、「只の酒」だと聞き間違えた。日頃から「只の酒」を飲みたいという願望を持っている私の、いや松ちゃんのフロイト的失言というか、フロイト的誤聞なのです。


落語『太田道灌』の場合

 以上のような①音の類似、②語意の連想、③フロイト的失言・誤聞は、落語のギャグやクスグリに必須のメソッドです。落語の場合、どちらかといえば、失言よりは誤聞のほうが多いようです。聞き手が落語の登場人物と親和性をもつには、そのほうがいいのでしょう。

 例えば、落語『大田道灌』は、誤聞のオンパレードです。その冒頭は「こんにちは」「おぉ、しばらく顔見なんだなぁ、まぁ上がり」という定番の会話で始まります。しかし、これを聞き間違えて「おおきに、ごっつあん(ご馳走さん)です」と返す。「まぁ上がり」が「飯(まま)上がり」に聞こえたのですね。
 このあとも、道楽を聞かれた男が「書画で楽しんいでる」と答えると、相手は「生姜食うて楽しんでいる」と聞き間違える(ちょっと無理矢理感のある誤聞ですが)。屏風に描かれた人物が「太田持資(もちすけ)」だと教えられると、「もちすき(餅好き)? オモロイ名前付けやがったなぁ」と答えてしまう。この「持資」は有名な太田道灌の俗名なのですが、ここでは「餅好き」に響かせたいために、敢えて俗名で口演されているようです。

 さらに、道灌が狩りに出かけて「俄かの村雨」に遭ったと聞けば、「あぁ、お菓子が食いたくなったか」と頓珍漢な答え、「いや、お菓子の村雨じゃない。俄かに雨が降ったんじゃ」とたしなめられる。「一軒のあばら家」に雨宿りと聞いても「油屋が一軒」と解し、一軒家から「賤の女(しずのめ)」が出てきたと聞けば「雀が出てきた」と誤聞。太田道灌は「日本一の歌人」だと諭されても、「そら、えらいことなったなぁ、そいつは、やっぱり水の出が悪かったんだっせ。ずいぶんケガ人も・・・」と心配する。「歌人」を「火事」と聞き違えたのです。

 このように、『太田道灌』は①や②の聞き間違えがギャグやクスグリとして頻出しますが、江戸落語『百川』も同様です。ただし、こちらは聞き取りにくい「田舎訛り」をからかう趣向としての誤聞なので、私はあまり好きじゃないのですが。


落語『紀州』の場合

 『太田道灌』や『百川』と違って、フロイト的誤聞を重要なモチーフとした落語に『紀州』があります。

 七代将軍・徳川家継の急死により、次の将軍を決めることになった。尾張藩主・徳川継友と、紀伊藩主・徳川吉宗が有力候補。将軍を決める評定の朝、尾張藩主が登城しようとすると、鍛冶屋の槌を打つ音が「トン・テンカン、トン・テンカン」と響く。彼には「天下取る、天下取る」と聞こえて上機嫌。しかし、評定の結果は紀伊藩主に決まる。尾張藩主が帰路につくと、再び鍛冶屋の槌打つ音が聞こえる。「トン・テンカン、トン・テンカン」に続いて、鍛冶屋が焼けた鉄に水をかけた音が「キッ、シューゥ(紀州)!」と響く。


 見事なフロイト的誤聞ですが、この『紀州』の原話と思われるエピソードが、松浦静山の随筆『甲子夜話』第17巻(1821年刊)に載っています。館林藩(群馬県)の藩主・松平武元が老中首座だった時代、武家たちは出世競争に励んでいたといいます。

 ある婦人の小便の音で、願いの成否が占えるという噂を聞いた某藩の留守 居役が婦人を訪ね、主君の出世を願う。婦人の小便の音を聞くと「じ、じゆう。じ、じゆう。じ、じゆう」、つまり「侍従、侍従、侍従」と聞えたが、さらなる昇進を願う留守居役がもう一度き直すと、今度は「せう・しやう。せう、しやう」、つまり「少将、少将」と聞えた。「侍従」は「従五位下」、「少将」は「正五位下」に相当の官職なので、留守居役は喜んだのだ。ところが、欲の出た留守居役が、さらに聞き直すと、婦人が「しよ、だい、ふうー」と放屁をしたため、無官の五位でしかない「諸大夫」に聞えてしまった。


 このエピソードは、明和年間(1764~1772)の出来事だといいますから、フロイトが「フロイト的失言」について説いた『日常生活の精神病理学』(1901年初版)よりも100年以上も遡ります。もしも、フロイトが『紀州』を知っていたら、きっと同書で紹介したでしょうね。

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高島幸次(たかしま・こうじ)

1949年大阪生まれ。大阪大学招聘教授、大阪天満宮文化研究所研究員などを兼務。日本近世史を専攻し、地方誌史への執筆や、各種セミナーの企画なども多く行う。NPO法人「上方落語支援の会」理事や天満天神繁昌亭大賞選考委員として落語にも関わっている。

著書に『奇想天外だから史実ー天神伝承を読み解くー』(大阪大学出版会)、『大阪の神さん仏さん』(釈徹宗との共著、140B)などがある。

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