ミルコの六本木日記

第33回 豆腐屋デート

2012.04.06更新

毛のない生活』には書かなかったのだが、毛のない生活中に一度だけ、私はデートをしている。
私にとってはデートだったが、相手にとってはデートでなかった。
そこが哀しい。
かといって、私が相手に格別の思いを寄せているわけでもない。
彼は昔の恋人だった。
私がガンと知って、連絡をしてくれたのだ。
久しぶりに会うことになった。

抗ガン剤治療中であったが、吐き気の合間を縫うように約束した。
なにしろ、はたちの頃の交際相手である。
ケンカをふくめて、いい思い出しかない。

「ミルちゃんのからだに優しいものをと思って豆腐屋を探したよ」

と彼は言い、新宿の高層ビル最上階の和食屋さんを予約してくれた。
そう聞くと、おしゃれをしないわけにいかない。
私は、はりきってめかしこんだ。

黒いワンピースを着てロングヘアのカツラをかぶり、減ったまつ毛にマスカラを塗る。
抗ガン剤で倒れかけている私の全身の細胞。
生き残りの細胞を総動員して、なんとか奮い立たせる。
クルマでウチまで迎えにきてくれるというので高いヒールのブーツを履いた。
出掛ける直前の瞬間、鏡に映った私を、私はきれいだと思った。

ところがあいにくの雨となった。
外はひどく寒い。
全身気合いの入った私に比べ、彼のやたらカジュアルな服装にも拍子抜けした。
さらに、せっかくの高層ビルの夜景は、もう恋をしていない私たちを祝福しないかのように曇っている。
薄暗く霞んだネオンを横目に、私は彼の仕事の話をきいたような気がする。
食事を終えて、高層階から降りるエレベーターのなかで、彼が私をちょっとみた。
もう特別な人を見る目でなかったことは確かで、だったらなんでわざわざ会ったのか。
私たちに会う理由などもうないというのに。
私が死ぬかもしれないから?

私たちは手も握り合わず、別れた。
彼にとって私は病人なのだなと悟った。
マンション入り口のポストを開けると、幻冬舎の後輩から手紙が来ていた。
私よりも先に会社を辞めた女の子からだった。
ひとり部屋に戻り、手紙を読む。
そこには、私に会社でとても良くしてもらったというお礼の言葉とともに、生きてくださいと書いてあった。
手紙を握り締めて、私は泣いた。
さっきからすでに泣きたかったのだ。
もう彼に会うこともないだろう――

――といった話を、当時、ミシマガ連載用に書いた。
書いてみたら、自分の原稿を読んでまた泣いてしまった。
その原稿を、私はミシマさんに見せることなく、ボツにした。

豆腐屋デートから二年が経ち、連載を本にまとめていただけることになった。
そのとき私は、過去に自分でボツにしたエッセイの一本、「豆腐屋デート」がアタマにあった。
あの話をちゃんと書きたい。そう思ったのだが、ミシマ社から届いたゲラを読むと、神のはからいのように全編がすうーっと流れていて、「豆腐屋デート」の入る場所は、どこにもなかった。

菜食主義者になったせいか、ケモ・ブレイン(抗ガン剤で脳がいかれること)なのか、マイナスの感情というものが、とんと湧かなくなった。
羊のような性格だと自分でも思う。
「毛のない生活」を済ませたからには、次は笑顔で会える。

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山口ミルコ(やまぐち・みるこ)

プロデューサー、編集者として出版社で20年、現在はフリーで芸能、文芸のさまざまな企画にかかわっている。趣味は楽器演奏。「ジャズジャパン」、フリーペーパー「BIGBAND!」、富士通テンの音楽情報サイトKOBE jazz jp などにエッセイを書いている。
著書に『毛のない生活』(ミシマ社)がある。

http://kobejazz.jp/

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