ミルコの六本木日記

第35回 プッチの誘惑

2012.06.01更新

めっきりモノを買わなくなった。
いまある物を大事に使いたいと、思っている。
とはいえ、企業は日々すてきな新商品を世に送り出している。
さらに、現物を見てしまえば、やっぱ欲しくなる。
だから、見ないようにしている。
このところ私が気をつけているのは、「街をうろつかない」ことだ。
これが、精神的にも経済的にも、よく効く。
外に出ても、"目的を果たすのみ"にする。
ライブに行くならライブだけ。
食事に行くなら食事だけ。
時間が余っても、駅のファッションビルやデパートをうろつかない。
そもそも洋服や雑貨が欲しいときには、"それを買いに行く目的"でおもてに出る。
とにかく「目的以外のことをしない」のがポイントである。
これをしばらく続けていたら、嫌な事がぐんと減った。
街の邪気を受けないからだろうか? 心も体も生活も、ピンとしてくる。

ところが先日、このおきてをやぶった。
友人宅に行く前に、彼女が来週誕生日なので東急百貨店に寄った。
何をあげるか、決めてお店に行けばよかったのに。
なのに決めずにデパートに入ったものだから、私は"うろつく"こととなった。
あんのじょう、大好きだったエミリオ・プッチのコーナーに吸い寄せられ、そこのバッグが欲しくなった。
ハイブランドの店に入るのはほんとうに久しぶりで、そこでみた高級品は、眩しかった。
その日はバッグは買わずに、店をあとにした。
この話を周りにしたら、「二十世紀的生き方と決別した」って本に書いてたじゃん、と皆に言われた。
それでも私は1カ月、バッグのことを考えて過ごした。
そしてもう一度、プッチを訪れてみた。
バッグを提げて鏡に映った自分に、かるいショックを受けた。
バッグだけが、鏡に映っているようだったのだ。
そこに私はいなかった。

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山口ミルコ(やまぐち・みるこ)

プロデューサー、編集者として出版社で20年、現在はフリーで芸能、文芸のさまざまな企画にかかわっている。趣味は楽器演奏。「ジャズジャパン」、フリーペーパー「BIGBAND!」、富士通テンの音楽情報サイトKOBE jazz jp などにエッセイを書いている。
著書に『毛のない生活』(ミシマ社)がある。

http://kobejazz.jp/

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