ミルコの六本木日記

第39回 編集者時代をふりかえる1

2012.10.05更新

先月の14日で、47歳になった。
50歳まであと三年。
五木寛之さんの「林住期」(幻冬舎刊 ) という本をつくったとき、50歳まで、まだまだの私であった。

人生を四つの時期に分けて考えたとき、生まれてから25歳までを 「学生期」(がくしょうき/学ぶ時期)、25歳から50歳までは「家住期」(かじゅうき/よく働き、家を維持する) 、50歳から75までが「林住期」(りんじゅうき) で、その先75歳以降を「遊行期」(ゆぎょうき) とする、古代インドの思想がある。
「林住期」は、50歳から林に住む――つまりそれまでの場所から出て、自由に生きる時である。
家のため人のために稼ぐのではなく、自分のために仕事をする、学ぶ。
ずっと独身で自由とはいえ長くお勤めしてきた自分は、後半生こそ真に人間らしく、自らの生き甲斐を求めて生きる季節、いわば人生のクライマックスは50歳以降にある、という先生の原稿を読みながら、50歳からがなんだか楽しそうだぞ、と感じていた。

私は43歳で幻冬舎を辞めたので、ずいぶん早くに「林住期」入りしてしまった。
「私はもう会社に必要ないのだ」
そう思う出来事にぶち当たって、これからは自分のことをやろうと決めた。
どんな生き方になるのか、具体的にイメージはできなかったが、贅沢はしなくていいから、まわりの人と物を大切にしながら、地道に自分の原稿をコツコツ書いたり、好きな演奏活動をして、生きていこうと思った。

「会社を辞める」と言ったとき、まわりから絶大な反響があった。
まず、私が会社大好き人間だったので、「あんなに好きだったのになぜ?」と、創業期から在籍した自分のキャリアは会社の成長とともにあり、しかるべきポジションを頂いていたこともあるだろうし、さらに「先のことは何も決めていない」と言うと、みなさん卒倒するほど驚かれた。
転職先や独立後のプランをきちっと立てて、退社するものなのだろう。

「ほかの会社に入る」ということは、まったく考えていなかった。
声をかけていただきもしたが、 長くお世話になった幻冬舎の社長へのスジだと、勝手なスジだが、通そうと思っていた。

私は何も決めず何も決まらないまま、幻冬舎を辞めることになった。
忘れもしない、2009年の3月4日に、新宿のジャズクラブ「J」でビッグバンドのライブをやり、会社の仲間が私の演奏を聴きに来てくれた。その前後から約ひと月、あちこちの食事会や送別会に招かれて、毎晩のようにご馳走をいただいて、仕事仲間と語り合った。
そうするうち、"胸のしこり" が日に日に痛むようになるのだが、その話は拙著『毛のない生活』に書いたので置いておこう。

そして2009年3月末日、私の住まう六本木の素敵なレストランで、幻冬舎のみんなが開いてくれたパーティを最後に、私は会社を去った。
出社最終日、私のデスクに花が届いた。
作家の朝倉かすみさんからだった。
当時まだ新人だったかすみさんを、私は売れっ子作家にしたいと思って頑張っていた。
文芸編集者なら一度は、新しい作家と新しい作品をつくって、賞にチャレンジしたいと思う。
結局、私は志しなかばで退職する。
届いたフラワーアレンジメントに、メッセージが付いていた。

「そして人生はつづく」


話を今年の誕生日に戻そう。
2012年9月14日。私はイネス・リグロンさんに会うため赤坂の全日空ホテルにいた。
もう編集者をやっていない私の、ごくたまの出仕事であった。
全日空ホテルは、かつて私が、幻冬舎の前の角川書店にいた頃から、よく仕事で使ったホテルである。
上品な内装、広い天井をふわりと眺める。
「ここへ来ると、頑張っていた頃の自分を思いだすなァ・・・」
ちょうどそう懐かしく回想していたところへ、Yさんがやって来た。
Yさんはある出版社の若い女性編集者で、私が頻繁に全日空ホテルに通ったのは、自分が彼女くらいの頃のことだ。
イネスさん取材後、Yさんと打ち合わせの約束をしていたので、食事をしてスタバに入った。
すると話すうち、彼女が泣き出したのである。

次回につづく

第39回六本木日記 編集時代をふりかえる1


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谷村志穂さんの文庫新刊『おぼろ月』(祥伝社文庫)に解説を書きました。

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山口ミルコ(やまぐち・みるこ)

プロデューサー、編集者として出版社で20年、現在はフリーで芸能、文芸のさまざまな企画にかかわっている。趣味は楽器演奏。「ジャズジャパン」、フリーペーパー「BIGBAND!」、富士通テンの音楽情報サイトKOBE jazz jp などにエッセイを書いている。
著書に『毛のない生活』(ミシマ社)がある。

http://kobejazz.jp/

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