ミルコの六本木日記

第40回 編集者時代をふりかえる2

2012.11.02更新

目の前でYさんが泣いている。
丸く小さなテーブルを挟んで、私と彼女は向かい合っていた。
半分に割ったチョコレートブラウニーを口に入れるとひどく甘い。
舌が痺れるのだからきっとこれは私にとっては食べてはいけないものだろうと思ったが、言葉に詰まり、つい手をのばしている。
新米女性編集者のYさんは痩せており、からだが小さい。
歳でいうと大人だけれど、ずいぶん小さく見えるのは、今、会社が彼女に与えている試練のせいだ。
毎日、上司に叱られてばかり。
どうしてそんなにできないの?
なんでわからないの?
どんなに責め立てられても、どこからどんなふうに、手をつけていいのかわからないという。
現状を吐露するごとに、まるい涙がみるみる目に溢れてくる。化粧けのない清潔な頬をつたう、きれいな涙。
どうやら、さまざまなプレッシャーに押し潰されて、Yさんの胃は細長く垂れ下がってしまっている。レントゲンのように彼女の内臓を見透かすことができる私。なぜなら、いまのYさんと、自分も若い頃おんなじだったからだ。

ーーダメだダメだと言われて、もう逃げようと思いながら、あの日私は出張で新幹線に乗っていた。
街から街へ移動するあいだには必ず、こんなとこに人がいるのだろうか? というほどの田舎の一軒家が、あった。
あそこに、人は住んでいるのだろうか?
こんなになんにもない土地に、住みたいな。
新幹線から窓の外に流れる緑を眺めながら、まじめに思っていた。
すべてを辞めて、すべての人たちからのがれて、たったひとりあの小さな一軒家で、誰にも会わずに、ひとり本を読んで暮らしたいな、とーー。

その話をYさんにした。
すると、彼女が顔を上げたのだ。
「ミルコさんにもそんな頃があったんですね・・・」
しみじみそう言うと、まもなくして泣き止んだ彼女は、電車に乗ってちゃんと会社に帰っていった。

駅で別れた 私はぼう然とした。
あの日の私がどんなだったかーー話したのはそれだけで、すっくと立ち上がってくれた人が目の前にいたことに、かるく驚きながら、なぜか感謝みたいな思いが、ぶわっと込み上げてきた。

第40回六本木日記

月刊カドカワ編集時代

第40回六本木日記

「月刊カドカワ」編集部に入りたての頃、角川映画「天と地と」のロケでカナダカルガリーへ

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山口ミルコ(やまぐち・みるこ)

プロデューサー、編集者として出版社で20年、現在はフリーで芸能、文芸のさまざまな企画にかかわっている。趣味は楽器演奏。「ジャズジャパン」、フリーペーパー「BIGBAND!」、富士通テンの音楽情報サイトKOBE jazz jp などにエッセイを書いている。
著書に『毛のない生活』(ミシマ社)がある。

http://kobejazz.jp/

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