ミルコの六本木日記

第43回 さようなら六本木 その1(プレ最終回)

2013.02.01更新

勤めていた頃は、毎朝東京タワーを背に会社へ出掛けてゆき、仕事が終わると東京タ
ワーに向かって帰宅した。
会社を辞める少し前ーーいまから四年ほど前のことであるが、私は毎晩走っていた。
仕事から深夜前に帰ると運動着に着替えて、東京タワーまで走った。
マンションのある六本木五丁目の信号を出発して飯倉片町をこえて坂をくだって坂を
のぼると大きなタワーの足もとについた。
東京タワーは日によってその色を変えたが、見上げると、自分にくっついてるいろん
なものが吸い取られていくような気がした。
うちから走るとタワーまで約10分で、10分走るだけでこんなにくたびれるものか
と思いながら、それでも毎晩、走った。
ぐんぐん走りながら、ロシア大使館の前に並ぶ警備の人に、つぎつぎ「こんばんは」
と言った。
彼らも笑顔で返してくれた。
その一瞬は、自分がこの街に馴染んでいるような気持ちになった。
なんであの頃走っていたのか、いま思えばふしぎだ。
いまはちっとも走りたくない。
しかしあの頃は走りたいと、いや走らなければと思っていた。
走って帰るとシャワーを浴びて、寝る。
朝が始まると、こんどは六本木五丁目から六本木交差点に向かって歩く。
その途中にあるサブウエイかスタバかマックで、いつも朝ごはんを食べていた。
サンドイッチをコーヒーでからだに流し込みながら、ゲラを読んだ。
そこの店員さんに「おはようございます」と言い、彼らもまた笑顔で返してくれた。
おもえば自分がひどく辛かった時期によく会っていたのは、ファーストフード店のあ
のお兄さんでありお姉さんだ。

「寒いですねえ」
「すぐに暑くなりますよ。ついこないだまで、すごく暑かったじゃないですか。あっ
というまです」

そんな会話に救われた。
さみしいことに、サブウエイとスタバはなくなってしまった。いま残っているのは
マックだけ。
そうこうするうち、会社を辞めて通勤がなくなり、治療が終わって通院もなくなり、
私には東京にいる理由がなくなった。

(つづく)


〜お知らせ〜

1/10発売の「PHPスペシャル」にてインタビューを受けました。
(作家の大野更紗さんがインタビュー、そして書いてくださいました)

谷村志穂さんの文庫「おぼろ月」(祥伝社文庫)に解説を書きました。

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山口ミルコ(やまぐち・みるこ)

プロデューサー、編集者として出版社で20年、現在はフリーで芸能、文芸のさまざまな企画にかかわっている。趣味は楽器演奏。「ジャズジャパン」、フリーペーパー「BIGBAND!」、富士通テンの音楽情報サイトKOBE jazz jp などにエッセイを書いている。
著書に『毛のない生活』(ミシマ社)がある。

http://kobejazz.jp/

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