ミシマ社の話

理想と現実、理論と実践、表と裏、S(出版社)とM(ミシマ社)......。「出版社をつくる!」、「ミシマ社のばあい」という二つの視点から、100年後のミシマ社メンバーに向けて、「ミシマ社が目指すもの」を語る。

第5回 ギラギラしなくていいじゃない(2)

2009.09.08更新

ミシマ社のばあい(4)―― 資金繰りは他人事?

法人登記が完了。その瞬間、ミシマ社は窮地に陥った。

よく、「資金繰り」という言葉を耳にするが、自分には無関係だと思っていた。「資金繰りが・・・・・・」と話す経営者を見るたびに、どうして資金繰りなんかするんだ。資金は貯めていけばいいだけではないか。そんなふうに思っていた。
だが、法人登記したその日から、「やばい」と感じざるをえなくなった。
オフィス契約にかかわる諸経費を払い、事務用品やらコピー機やらを用意すると、登記を済ませた時点で、手持ち資金の3分の1を使っていた。まだ何にも始めていないというのに。

このときはさすがに焦りを感じた。

残り3分の2の資金がつづく間に、なんとかしなければいけない。何がなんでも。
そうしないと、「法人」という生き物はこの世から抹殺されてしまう。

ちなみに会社を始めるまでは、こんなふうに命は存続するものだと考えていた。

「一つの『命』がこの世で存在するために必要なものは何だろう?
水、空気、食料・・・もちろん、そうしたものは必須。
だが、それだけでは存在しつづけることはできない。
他者との関わり、支える人たち、愛情・・・・・・。
こうした外部の存在が自分を生かす。じつは、外との関わりこそが重要なのだ。
それは、赤ちゃんも、法人も、ペットも、同じこと。生き物である以上、なんら変わりはない」

ささやかな反抗心もあった。
ビジネスの世界というところでは、大半のことがらが、数字の大小で語られる。
「年商300億の企業」
So What? 多くの人は「だから何?」と思っている。だが、実際には、メディアがある会社を報じるとき、あるいは、取引先の会社の良し悪しを決めるとき、無意識のうちに、数字の大小を判断材料とする。
けれど、本当に大切なのは、そこに関わっている人たちがどれだけ幸せか、そういうことではないのか。青臭いことを言うようだけれど。
こうした考えが、会社を立ち上げる前、自分の思考を圧倒的に支配していた。

だが。
ミルクを飲まずして、赤ちゃんは生きられないのだ!
自分で食料補給ができないから、赤ちゃん。自分の足で立って動けないから、赤ちゃん。
たとえ、愛情豊かな両親がそこにいても、いるだけではダメ。
「はーい、よしよし」、抱っこしておんぶしてまた明日・・・では明日はないのだ! お乳を飲まずして、赤ちゃんの命は存続しえない。
そのことに、遅まきながら、というか、完全に遅れた段階で気がついた。

タイムリミットは刻々と迫っている。残りの資金がつきる前に、「発刊」し、かつ「お金が入ってくる」ところまでいかなければいけない。

ホームページが立ちあがり、オフィスのインフラも日を追うごとに整っていった。
しかし、もっとも大事な販売ルート探しが難航していた。
原稿はすでにある。けれど、それを書店さんに運ぶ術が決まらないでいたのだ。
その状態は、血管を断ち切られた心臓みたいなものだ。血は生み出せても、全身にそれをめぐらせるルートがない。

「血」のめぐらせ方として、会社をつくった時点では、数年、「発売」は他社に委ねるつもりでいた。
これも、先行者であるクロスメディア・パブリッシングの小早川さんのやり方を参考にして判断したものだ。小早川さんのところは、当時、明日香出版さんに発売を委託されていた。
奥付という本の最終ページに、ときどき、発行所名と発売所名が併記されている場合があるだろう。
「発行:ミシマ社、発売:●●出版」。こんなふうに。
これは、発行会社と発売会社はちがいますよ、という意味だ。
つまり、本作りにかかる一切は、発行元の責任、それ以外の、書店さんに本を送る、といった流通と営業の部分を他社に代行してもらうというやり方だ。
一般には知られていないかもしれないが、案外、こういうやり方で流通している出版社は多い。

コンテンツに関わる領域はすべて、ミシマ社が負う。印刷所、著者とのやり取りからそこで発生する費用まで、発行元の責任。営業・流通にかかわる一切を、他社に任せる。
そういうやり方で数年会社を運営し、資金もたまり、いい営業チームができそうな段階で、「自社営業」に切り替えよう。そう考えていた。
だが、世の中考えている通りには、そうやすやすと事は進まない。

会社立ち上げ前から立ち上げてしばらくの間、知り合いの書店員さん、取次ぎの人、実に多くの人々に相談にのってもらった。
その中の一人に、「発売元」として他社発刊の本を発売している出版社の方がいた。
ある日、その人の会社近くの喫茶店で、その会社における「発行、発売方式」の説明を受けた。

「三島さん、ぶっちゃけ、オススメしませんよ」

その人は声を落としてそう僕に語りかけた。
「精算がね・・・・・・。最初の支払いが7カ月後、あとは一年おきになるんですよね」
それを聞いて頭がくらくらした。
こっちは赤ちゃんなんです。あと7カ月、ミルクを飲まさずに生きていけとおっしゃるんですか。いえいえ、ギラギラしているわけじゃありません。責めてるわけでもありません。ただ、ミルクを買うお金くらいは・・・・・。
・・・・・・し、資金繰り、をしていかなきゃいけないんです。

そう、資金繰りとは、ミルクを補給しつづけるという行為にほかならなかったのだ。
それは赤ちゃんが成長していくために、「絶対に」欠くことのできないものだった。

ミルク補給の目処がたたないままオフィスに戻ると、仕方がないので、空を見た。オフィスの大きな窓から見える、民家とその上に広がる青い空。それを見ていると、はるか遠くを見通すことができるようで気持ちが開放された。
向こう側に「未来」が待っている、そんな気持ちになれた。
その空を見ながら、ピッチング練習をよくした。同じ歳の上原投手や阪神タイガースの(元)エース・井川投手に成りきって。ときどき、ランディ・ジョンソンもやった。
あの時期、毎日100球は投げていたと思う。

ちなみに、後日譚だが、一人ピッチング練習はじょじょに習慣となっていった。
ところが、その習慣をやめざるをえなくなるときが来る。めでたく、ミシマ社に人が増えるというときに。ワンルームで狭いから、ということもあるのだが、単純に恥ずかしいから、という理由で。メンバーが増える嬉しさの裏側で、ひそかな喜びを奪われたことを知る人はいない。

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三島邦弘(みしま・くにひろ)

1975年京都生まれ。1999年大学卒業後、PHP研究所に入社。単行本の編集者となる。2003年退社後、東欧などを旅する。同年10月、別の出版社で編集活動を再開。2006年10月株式会社ミシマ社を単身設立。「原点回帰」の出版社を標榜し、編集・営業・仕掛け屋などチームの枠を超え、「出版は全身運動である」という思いのもと、日々、奔走中。
「ミシマ社のblog」もがんばって書いてます。

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