ミシマ社の話

理想と現実、理論と実践、表と裏、S(出版社)とM(ミシマ社)......。「出版社をつくる!」、「ミシマ社のばあい」という二つの視点から、100年後のミシマ社メンバーに向けて、「ミシマ社が目指すもの」を語る。

第8回 ちょっとの覚悟とマジックひとつ

2009.10.20更新

出版社をつくる(6)―― ゼロ円から起業する方法


さて問題です。
これから一人で出版社をつくろうと思います。場所は自分の家。パソコンはすでにあります。電話なんかも携帯でなんとかなりそう。コピー機ももらえました。必要なのは印刷代、印税などの「原価」と営業経費。
つくりたい本は、地域限定ものではなく、日本全国で読んでほしいもの。
はて、いったいいくらあれば出版社はスタートできるのでしょう?

皆さんなら、いくら用意しますか。
ちなみに、私が会社をつくるまえによく言われたのが、「1000万は集めないと無理。まあ、けど、2000万からだろうな」というものでした。ちょっと(というか、絶対に!)、個人で始めることのできる金額ではないですよね。

私のばあい、数百万円を用意して始めました。以前ここでも書きましたように、ミシマ社は最初からオフィスを借りてやったので、それくらい必要だったわけです。
ただし、自宅で、ということになれば、話は別です。
そう、ゼロ円からでも大丈夫! かぎりなくゼロ円からでも。

ゼロ円起業出版社。

なんだかウソみたいな話ですね。けど、ウソみたいな、ほんとうの話なのです。
その仕組みを簡単にご説明します。

■「取次店」を通して流通を行う、通常のケース

わかりやすくするため、大阪から夢だけもって片道切符で出てきた架空の青年クボタ君に登場してもらいましょう。
クボタ君「まあ、とりあえず、定価決めるんちゃうやろうか」
そう言って、ざっくり、定価・部数を決めました。部決と呼ばれるものです。

・定価1500円(税別) 
・初版部数 5000部

(ちなみに、この部決は、なかなかいい線いっていると思います)
次に、一冊の本をつくるのに必要な原価を計算します。
5000部の本を刷るのに印刷代はどれくらいだろう? と思ったクボタ君、知り合いの印刷所の方に見積りをお願いしました。すると、翌日すぐに、営業の人が封筒をもって登場。「だいたいこんなもんですかね」。ぱらりと見積書を開けば、総計100万円の印字(もちろん、これは架空の例ですよ!)。
真っ青な顔をして、「ひえ~」と後ずさりするクボタ君。

印刷代に加えて大きいのが、著者印税です。
これもケースバイケースですが、「まあ、今回は書き下ろしだし、10%とすると・・・」と言って、計算機をぽちぽちたたくと・・・。
1500円×5000部×10% = 75万円
クボタ君「な、ななじゅうごまん! ど、どないすんねん」 

残るはデザイン代。
クボタ君「うーむ。もうすでに、175万円は確実に必要なわけや。デザイン代は抑えたいなぁ」
悩む青年。そのとき、あるひとつのアイデアが彼の脳裏をかすめます。
クボタ君「おおおおおお!」
興奮さめやらぬ青年クボタ君は、携帯を手に電話をかけます。
「おお、元気け? 最近、どう? え、オレか。オレ、今度、出版社やることにしてん。いやいや、ほんま。はは、あほー。ほんまやっちゅうねん。お、おどろいたか! いやあ、ついにこのときが来ましたわ。うん、ありがとう。そいでやな、記念すべき第一弾の本のデザインをやってもらえへんかなぁ思って。おおおお、まじで! 喜んでって言ってくれるんか。ありがとう。うれしいわ。さすが、元バンド仲間。デザイナーに転身しても、よーわかってる。うん。ほな、来週月曜までにラフ、お願いできるやろか。ちなみに、デザイン代は出世払いにしてもらえるとうれしいわ。はは・・・」
というわけで、めでたく、デザイン代を「夢の共有」という形に変えてもらったのでした(実際、こういうところから始まるのではないでしょうか)。

クボタ君「印刷代、印税以外の諸経費をあわせても、なんとか200万円内でいけそうだ。問題は200万を、いつ支払うかだ!」
そうです。
ここからが「ゼロ円起業出版社」になりうるか否かの勝負所です。

青年は悩みます。どうすればいいのだろう、と。
通常、取次店を通して本を出すばあい、支払いは発刊から7カ月後になります。
つまり、半年以上もの間、キャッシュ(現金)が入ってこないということです。
その間、印刷代も印税も払わないというわけには、さすがにいかない。
クボタ君「うーーーーーーん」
悩めども、悩めども、結局、答えは見つからず。ただひたすら頭をかかえるのみ。
「やはり無理か」と諦めかけた瞬間、ある友人のことを思い出します。そうです、取次店で働くワタナベ君のもとをたずねるのです。
クボタ君「ちゅうわけで、どうしたらええやろ」
ワタナベ君「そんなの簡単だよ。委託、つまり初回配本を減らして、注文品を増やせばいいんだよ。初回に配本する委託品の精算が半年後でしょ。注文品だと、当月精算になるじゃない。注文品を増やすようにすればいいんだよ」
(*注1:委託品―返品可能な商品として、発刊前に配本される。基本、半年間置かれ、委託期間終了後に精算。
 注文品―発刊後に注文。基本的には、買い切りとなり、当月精算。)

クボタ君「おお! なるほど、さっすが。それで行くわ!」

そういい残し、そそくさと取次店をあとにするクボタ君。言われたらすぐに実行する。そこがクボタ君のいいところ。
けれど、走り去るクボタ君を尻目に、ワタナベ君がこうつぶやいたのを、クボタ君は知る由もありませんでした。
「ただし、注文品扱いを増やすには、売れなきゃだめだよ・・・・・・おい!」
意気揚々と走り去ったクボタ君。その顔面には、「未来」の二文字がくっきり刻み込まれていたのでした。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

以上、ウソのようなほんとう、のウソの話でした。
とにもかくにも、「ゼロ円起業出版社」が可能なことはわかっていただけましたでしょうか。
すくなくとも、理屈上は大丈夫なことは。

念のため補足しますと。
初版5000部のうち、2000部を委託(初回配本)したとします。
そして、ワタナベ君が指摘したとおり、ちゃんと「売れ」ていって、追加で3000部の注文が入ったとします。
すると――
・2000部 × 1500円 × 60%(取次店への卸率。この率は、各出版社マチマチです) =180万円 → 7カ月後に入ってくる額

・3000部 × 1500円 × 60%=270万円 → 数カ月後に入ってくる額

つまり、本を出して数カ月後に入ってくる270万円の中から、その足で、原価となる200万を支払えばいいのです。そうすれば、ゼロ円から始めることができるわけです。しかも、70万円も残る。そればかりか、半年後には、180万円も入ってくるわけですから。
ウハウハ!

・・・となるかというと、残念。そう簡単にウハウハとはいきません。
というのも、出版流通においては、「返品」というものが生じるからです。返品は、当然ながら精算の対象外。しかも、現在の単行本業界における平均返品率は、なんと40%!
とすれば、上記のケースでいうと、5000部納品したうちの40%が返品となれば、委託分の2000部がまるまる返品されるという勘定です。
そうなんです。
実際には、上記のケースでいえば、委託分の180万円は、まったく入らないと考えるのが賢明です。

じゃあ、やっぱりゼロ円起業なんて無理じゃない。

そういう指摘も予想されますが、ご安心を。ちゃんと回転していく方法はあります。

答えは簡単です。
本が売れればいいのです。
それに尽きる。返品されないくらい売れる。そして初版を超えるくらいの部数が売れ、どんどん増刷できればいい。

そういう意味で、「ゼロ円起業出版社」は、ぜんぜん可能です。一冊に賭ける「ちょっとの」覚悟さえあれば。

いやいや、結局売れなければダメなんでしょ。
売れないから困ってるんじゃない。

うーん、たしかに、おっしゃるとおりで・・・。

こういうときこそ、再び、登場してもらいましょう。クボタ君、その後はどう?

クボタ君「いやあ、ワタナベ君のアドバイスのおかげで、うまくいきましたわ。ほんま、やってみるもんです」

おお、それは。
まさに、案ずるより産むがやすし、ですね。
でも、いったいどうやってうまくいったのでしょう?

クボタ君「もう最後は祈るだけっすよ。『届け、届け、届け!』って。祈って、祈って、祈りました」

なるほど。
案外、そういうことこそ、肝心なのかもしれませんね。
お金集めより先にすべきこと――。意外にいろいろある気がしてきました。

皆さんなら、どんなマジックでのりこえますか。


(注2:今回、登場したクボタ君とワタナベ君は、あくまで架空の人物であり、弊社社員の窪田、渡辺とは一切関係がございません。あしからず)

次回「第9回  ちょっとの覚悟ともうひとつ ミシマ社のばあい(6)」をお届けします。

お便りはこちら

みんなのミシマガジンはサポーターの皆さんと運営しております。

三島邦弘(みしま・くにひろ)

1975年京都生まれ。1999年大学卒業後、PHP研究所に入社。単行本の編集者となる。2003年退社後、東欧などを旅する。同年10月、別の出版社で編集活動を再開。2006年10月株式会社ミシマ社を単身設立。「原点回帰」の出版社を標榜し、編集・営業・仕掛け屋などチームの枠を超え、「出版は全身運動である」という思いのもと、日々、奔走中。
「ミシマ社のblog」もがんばって書いてます。

ミシマ社のblog
株式会社ミシマ社

バックナンバー