ミシマ社の話

理想と現実、理論と実践、表と裏、S(出版社)とM(ミシマ社)......。「出版社をつくる!」、「ミシマ社のばあい」という二つの視点から、100年後のミシマ社メンバーに向けて、「ミシマ社が目指すもの」を語る。

第10回 出版100年構想(2)

2009.11.24更新

前回のつづきを話したい。

出版100年構想とは、要は「本の草の根運動」でしょ。
そう思われた方もいるのではないか。
たしかに、それはある部分あたっている。
しかし、全てではない。

無論、朝の読書会といった取りくみは、とても素晴らしい活動だ。それによって、実際に「本好き」が増えている。未来の読書人を育むかけがえのない活動。運営をされていらっしゃる方々にはただただ頭が下がる。

前回、ここで提言した「出版100年構想」は、こうした読書運動を前提としているといっていい。
ただし、現状でいえば、相乗効果を出すための「さらなる一手」が必要だろうと感じている。読書運動の効果を倍加させるためにも。

たとえば、朝の読書会がきっかけで、本が大好きという子どもが誕生する。
その子どもは、地元の書店さんや学校を中心に開かれた読書感想コンクールに作文を応募する。そこで表彰を受ける。嬉しい経験をしたことで、さらに本にのめりこむ。ずっと本に触れていたい。その思いが昂じて、いつか自分も本をつくる仕事をしたいと思うようになる。
やがて成長し、職探しをしだす。と・・・。
ない・・。
地元に出版社がない。編集の仕事もライターの仕事も、どこにもない・・・。

そこで、前回、「日本全国に出版社を」と提案したわけだ。

こういう動きが起きることによる効用は、前に言ったように、出版人口が増えるだけにとどまらないと思う。
少なくとも、次のふたつは考えられる。

1.人材活用
2.既存メディアでできない動き(出版界に今ほんとうに必要な動き)をつくりやすいこと

一つ目の「人材活用」というのは、地元の人材が活きるという意味だけではない。
東京以外の地を地元にもつ編集者、ライター、デザイナーなどの「再活用」も含んでいる。地方に出版社がないという状況は、長年培ってきた出版人たちの知恵と技術を地元に還元する「受け皿」もないということも同時に意味する。

とすれば、優秀な出版経験者たちが、自身の人材活用もかねて、地元に出版社を起こせばいいのではないか。
地元の活性化と出版界の活性化、さらには自身の活性化。一石三鳥とはこのことか。

かつて、ベテラン出版人たちが、独立を考えたとき、実行をためらう理由として、「流通」の問題を挙げていた。
しかし、それは実際には問題にはならない。そういう意見に対して、永江朗さんが、ある出版界にまつわる対談で、「でも、三島くんでもできてるんだから」とおっしゃっていたが、その通りだと思う。

経験も人脈も資金も、より豊富なベテラン出版人たちが、できない理由はなにもないはずだ。
しかも、地方に根ざしてやるわけだ。つまり、小さな規模で始めることができる分、リスクも低い。

もうひとつ。
いま出版界に必要な動きというのは、既存のメディアでは「なかなかできないでいる」動きをとることだろう。しがらみや、ルーティンとなっている慣習から抜け出して。

それに。

ほんとうは気づいているのだと思う。
内部で一生懸命がんばっている人たちも、勘のするどい出版の卵たちも。
もう東京一極集中のメディアはおもしろくないよ・・・。
本音ではそう感じ始めている。

僕自身の体験からも、思うところでもある。
10年以上前、東京に来る前のことだ。

「東京って、僕らがほんとうにおもしろいと思っていることに応えてくれない。なんか、それほどおもしろくないけど、っていうものに、大きなお金とエネルギーをかけている。不自然なほどに」

生意気にもそんなふうに感じていた。
もちろん、それは未経験者ならではの「甘い」意見だったことを後に痛感するのだが、とはいえ、そのとき感じた違和感が、すべて嘘だったかというと、そうでもないような気がしてならない。もっとも、違和感の正体は何かと問われて、即答するのはむずかしいのだけれど。

ただ、違和感の存在を常に念頭においておくことはとても大切なのだろうと、今も思っている。

こうした違和感こそ、出版をいい方向に動かしていく原動力になるのではないか。

資本の論理に負ける前の段階。
まっさらな感性だけが物事の判断基準である段階。
そういう段階にいて、かつ、出版こそ自分の生きる道だと思っている人が、出版人口を形成する正三角形に流入してくること。

こういう動きをつくるところから、新しい三角形が形成されていくのではないだろうか。

そして、そのきっかけをつくるのに、寺子屋ミシマ社方式は、それほど悪くないのではないかと思っている。

というのも、寺子屋ミシマ社方式は、出版未経験者の集まりであっても、「かなりのレベルの企画」が出るように工夫してある。10人いれば、10人の(眠っている)知恵を最大限に引き出すことを目標にしている。
まして、リーダー役が出版経験者であれば、そうそう外れないはずだ。むしろ、プロの平均レベルよりも、寺子屋ミシマ社方式で行った企画会議のほうが、レベルが高いことだって十分に考えうる。

ところで、寺子屋ミシマ社とは何か?
・・・これは失礼。
遅ればせながら、ここで簡単に説明しておきたい。

ひとことでいえば、一日で出版社の数カ月分を体験しましょう、というワークショップのことをいう。
詳しくは、ミシマ社通信オンラインをご覧いただきたいのだが、要は、「企画会議・編集→営業→販促活動・広報(ミシマ社で言う、仕掛け屋)」という出版社の一連の動きを、半日たらずで体験してもらうのだ。

その意図としては、出版を志す人、あるいは少しでも興味をもっている人に、「ああ、なるほど、こんなふうに出版社は回るのか」「出版社を運営することは案外、可能なことかもしれない」、そんなふうに思ってもらいたいということがある。そして、将来的に、「出版社をつくる」人が出てきてくれたら楽しいだろうなぁという思いが根底にある。

そうなれば、より「個性的な」本が増える。個性的な本が増えれば、読者も喜ぶ。喜ぶ読者が一人でも増えれば、その輪はじわりじわりと広がるだろう。読者人口が増えることにもつながるだろう(正のスパイラル)。
すくなくとも、寺子屋を通して、「出版の仕事って楽しい!」、そのように実感する人が出てきてくれるだけでも、十分ではないか。
このような思いが、寺子屋ミシマ社にはある。

そして今提案しているのは、これを地方でも展開していきたいということだ。日本全国に出版社ができる、ひとつのきっかけとして。

ベテラン出版人の技術と経験が地元へ還元され、かつ、未経験者であっても出版の本質を短期間に体験できる。寺子屋ミシマ社スタイルは、この両方を満たすことになると思う。

そして、実際に出版社が生まれる状況になったなら――。

地元で「つくり手」になることができる。
つまり、つくり手のロール・モデルが地元にできる。
そこから「なんとしても出版をしたい」という若手が生まれ、すごくおもしろい本が生まれることになる。「違和感」の種から生まれた、既存メディアとは一味ちがう出版物が。

そうして未来が拓けていく。

そう思うのだが。
もちろん、すべて絵空事と片付けることもできる話だ。
けど、何かが伝わり、何かが動きだし、何かが定着するには、とても時間がかかるものだ。
そう考えれば、すべての出来事は、絵空事から始まるのではないだろうか。
絵空事と言われても、なお、行動する一歩から。

すくなくとも、僕個人としては、その一歩を踏み出すに十分なひとつの確信がある。

本は人生の宝物だ。
そして、そうした本をつくって売るという、出版という行為は何事にも代えがたいほどおもしろいことである。
出版は人生をかけるに値する仕事である。

いつの日か、この確信に共感してくれる人が出てくることを願ってやまない。

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三島邦弘(みしま・くにひろ)

1975年京都生まれ。1999年大学卒業後、PHP研究所に入社。単行本の編集者となる。2003年退社後、東欧などを旅する。同年10月、別の出版社で編集活動を再開。2006年10月株式会社ミシマ社を単身設立。「原点回帰」の出版社を標榜し、編集・営業・仕掛け屋などチームの枠を超え、「出版は全身運動である」という思いのもと、日々、奔走中。
「ミシマ社のblog」もがんばって書いてます。

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