ミシマ社の話

理想と現実、理論と実践、表と裏、S(出版社)とM(ミシマ社)......。「出版社をつくる!」、「ミシマ社のばあい」という二つの視点から、100年後のミシマ社メンバーに向けて、「ミシマ社が目指すもの」を語る。

第12回 動く鏡として

2009.12.15更新

「ミシマ社の話、野球とサッカーのたとえが多いですよね。
わたしはよくわかるんですけど、ふつうの女子にどれくらいわかるか・・・」

と、あるプロレス好きの女子から心配された。
なるほど。
つまりこういうことだろう。
野球、サッカーはもはや「共通語」ではないんですよ。
たしかに、ミシマ社内をみまわしても、実感するところである。
そういえば先日、こんなことがあった。

そのときぼくは、赤星選手引退の突然の報をうけ、ショックに打ちのめされていた。
「まじで・・・赤星引退やって・・・・・・」
次の言葉が出てこないほど衝撃を受けているぼくをよそに、ミシマ社最年少・ハヤシメイは、さらりと言ってのけた。
「アカホシさんって誰です?」
(おい、何を言っとるんだ!)
と瞬間的にこみあげてきた憤りをおさえ、やさしく説明してあげたのです。
「ほ、ほら、あ、あの盗塁王だよ。5年連続盗塁王になった・・・」
「・・・巨人の選手ですか?」
「ちゃうわ!」
思わず、声が大きくなる。
「阪神や、阪神のキャプテンにして、俊足快打、小さなレッドスター」
「ふーん」

ふーんって。そんなもんか。赤星選手を知らないってことは、出版人にあるまじき言動ではないのか。出版社で働いているのに本を読みません、っていうのと等しいレベルの話ではないのか。
いや、そんなことないのか。そう思うぼくが古いのか。
もう、野球の話なんてしちゃいけないのか。閉じた世界の趣味なのか。
そうだ、きっとそうなのだ。
みんなにわかるだろうと思って、野球やサッカーをたとえ話につかっていたけど、きっと「女子」たちにはチンプンカンプンだったのだ。
ああ、そうか。
多様化する社会ってやつですね。
ははは、多様な社会、ダイバーシティ、隙間産業、砂粒化・・・万歳。もはや出る幕はございません。
・・・というわけで、今回は野球もサッカーもなし、でいこうと思います。

・・・・さて。

ここのところさまざまなメディアでミシマ社を紹介してくださる機会が多い。
それはとてもありがたいことなのだが、ときおり、うむと眉根を寄せる記述に出会うことがある。
「自分のつくりたい本を出したくて創業した」
なんてふうな記事が掲載されるときだ。

自分のつくりたい本を・・・。
自分のつくりたい本? それって、何だ?

取材中も、
「なーるほど。自分の本がつくりたくて、自分で会社をつくろうと思ったわけだ」
というようなまとめ方をされることがある。
それに対し、「ちょっと違うんです」とお伝えしているが、なかなか理解していただけないこともある。そして、そのまま掲載されることだってある(そういうとき、やっぱり、かなしくなる)。

もちろんミシマ社から出ている本は、どの本も「自分のつくりたかった」本たちばかりだ。だからといって、そういう本をつくりたかった「から」、出版社をつくろうと思ったわけではない。
というより、「自分のつくりたい」という編集者の思いがその本にあるのは、あまりに当たり前のことではないだろうか。たとえ、上司から「やらされた」企画であっても、それを自分の「やりたい」企画に変えることができなければ、編集者をやってはいけないと思う(それは編集という仕事にかぎらないだろう。どんな仕事であれ、やり方次第で、すごくおもしろくすることは可能なのだ)。
もし、「つくりたい」という意志がないとしたら、書き手の方々に対して、これ以上失礼なことはない。そう思う。

ぼくが自分で出版社をやろうと思ったいちばんの理由は単純だ。

それは、書き手の方々の、思いやら熱量やら身を切り刻むような労苦の積み重ねやら、そうした一切を、そのまま熱量を下げることなく、読者の方に届けたい。
そう考えたからだ。
そして、誤解を恐れずにいえば、それ「だけ」が出版社の仕事だというくらいに思っている。
だけど、組織が大きくなると、なかなか、その「だけ」で動くことはできない。
なぜなら、組織が大きくなればなるほど、社内政治やら保身活動やら、著者にとっても、読者にとっても、「どうでもいい」余分が生じてしまうからだ。
もちろん、それは、しかたのないことである。人間の活動である以上、会社の良し悪しに関係なく、少なからず生じるものだろう。
その意味では、たった7人の会社にだって、すでにそういう面は生じているかもしれない。

だけど、少人数でいるかぎり、余分の要素はかぎりなくミニマムにすることはできる。すくなくとも、そう強く志向しつづけるかぎりは。
そして、もしかすると、更地ではじめたら、そういう余分をまったくもたない組織だってつくれるかもしれない。
このように考えて、会社をつくろうと思ったのだ。
それを、極端に単純化していえば、「自分のつくりたい本を出したくて」ということにはなるのだろうけど。

けど、「ただしく」単純化すれば、書き手と読者を最短距離で結びたい、そういうことだ。

そのためには、その間に立つ出版社は、むしろできるだけ「うすく」あるにこしたことはない。10の熱量を10のものとして伝えるために。著者から読者までの距離が長いと、熱がどうしてもこぼれおちてしまう。
たとえば、ここに「完璧な」25メートルプールがあるとする。
壁の硬さも水量も水深も水の温度も肌に触れたときの水の感触も、水底に引かれたラインさえも完璧なプール。
その完璧さを体感してもらいたい。
そう思ったとき、どうするだろう、と考えると、やはり、ここに来て泳いでもらうしかないのではないか。
まさか、水をタンクに移し、プールを切り取って運ぶなんてことはできないはずだ。万一、できたところで、完璧な水量と水温とそうしたもろもろは保てるだろうか?

その意味では、編集者の仕事も同じだと思っている。
書き手と読者の距離をいかに短くするかが出版社の仕事であるように、書き手と企画・原稿の距離をいかに短くできるかが編集者の仕事といえるだろう。
できるだけうすく、つまり無に近い状態でいること。自身では何ものでもない、鏡のように。

2006年12月。つまり、今からちょうど三年前に、ミシマ社の初の単行本『本当は知らなかった日本のこと』が出た。
この本の著者は、鳥越俊太郎さんとしりあがり寿さん。
お二人の共著という形をとっている。

中身は、戦前生まれの鳥越さんが、一個人として、ジャーナリストとして、生に見てきた近現代史というものを振り返り、58年生まれのしりあがりさんが、別の角度から日本を考察するというもの。しりあがりさんはエッセイにくわえ、シュールなタッチとおどろおどろしいタッチの二種類の漫画を各章で書き下ろしてくださった。
二人の共作は、とても初対面だったとは思えない役割分担によって、完成度の高い本となった。

その過程をそばで見ていて感じたことといえば、著者の方ってすごいなぁということだけだ。
もちろん、このときがはじめてではない。
会社をつくる前の100冊ほど編集したなかでも常々感じたことでもある。ただ、自社発刊の第一弾ということもあって、編集者一年目の時の感動がよみがえってきたのだろう。

著者ってすごい。

実際、編集者としてぼくが何をしたかというと、何もしていないのだ。この本にかぎらないが、本に書かれている内容は、すでに著者のなかにあるものばかり。
編集者ができることといえば、せいぜい、書き手の中に眠っている話を書き手に見えるようにすることくらいだ。それも、たいていは著者自身でできてしまうことなのだけど。

鏡となって、著者を映す。
ただし、なんでもかんでも映すわけではない。書き手が書くにあたって必要なことを映すのだ。
動く鏡として。
必要とされているときに、少しでも欲しいものを映すことができたらと思っている。
願わくば、著者も気づいていない著者の中に眠っているアイデアの種を映すことができればいうことはない。

そういう意味では、編集者の仕事というのは、霊媒師さんと似ているのかもしれない。霊媒師さんの実際の仕事を知っているわけではないのだけれど。

鏡よ、鏡、わたしの中に眠っている「おもしろい」を映し出しておくれ。

その言葉にいつでもこたえられる状態でいたい。

そのためにも、この冬、しっかり鏡の面を磨きたい。
そして、大好きな著者の方々にたいし、すこしでもお役にたてればと思っている。


あまり編集方針に関して書くことをしてこなかったので、
今年ラストのミシマ社の話は編集の話、としました。


で、最後は・・・・。
やっぱり、野球の話でしめたいと思います。

赤星選手、9年間おつかれさまでした!
赤星選手の全力プレーは、多くの人たちの心の鏡を磨いてくれました。全力プレーは命そのものであることを教わりました。僕らはそのプレーをいつまでも目に焼きつけ、心の鏡を曇らせないようにするばかりです。

ありがとう、レッドスター!

次回、「年を越せるか?」をお届けします。 

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三島邦弘(みしま・くにひろ)

1975年京都生まれ。1999年大学卒業後、PHP研究所に入社。単行本の編集者となる。2003年退社後、東欧などを旅する。同年10月、別の出版社で編集活動を再開。2006年10月株式会社ミシマ社を単身設立。「原点回帰」の出版社を標榜し、編集・営業・仕掛け屋などチームの枠を超え、「出版は全身運動である」という思いのもと、日々、奔走中。
「ミシマ社のblog」もがんばって書いてます。

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