ミシマ社の話

理想と現実、理論と実践、表と裏、S(出版社)とM(ミシマ社)......。「出版社をつくる!」、「ミシマ社のばあい」という二つの視点から、100年後のミシマ社メンバーに向けて、「ミシマ社が目指すもの」を語る。

第13回 年を越せるか

2010.01.05更新

あけましておめでとうございます。
あらためて本年もどうぞよろしくお願いいたします。

さて、この記事が掲載されるのは1月5日。その頃には、もう年末の慌しさが遠い過去のものとなっているのでしょうか。今これを書いている1月3日時点では、もうすでに心身のギアは「普通」モード。少しずつ、ゆっくりと息ができるようになっています。

一週間前の昨年末はといえば・・・・・・すべてを高速から光速にシフトしなければ追いつかないような日々でした。

ところが、年があらたまり元日になったとたん、光速に入っていたギアが自動的に普通に切り替わったのです。不思議なことに。

おそらく、大晦日と元日を隔てる日付変更の境界線には魔法のような何かが仕掛けられているんでしょう。

そんなふうに思い出せば、毎年、年を越すたびに、魔法にかけられているような気もしてきます。
昨年は、年始に内田先生から「小商い」という金言を授かりました。
一昨年は、「新人」クボタが急にミシマ社に加わることになり、アパート探しのため我が家に居候しておりました。
3年前も・・・。

そうです。3年前ほど年を越すということの意味を感じたときはありません。
「年を越せるか」
ドラマや何かでときおり耳にしたことのあった、この言葉をまさか自分が実感することになろうとは。

2006年末。
一冊目の本となる『本当は知らなかった日本のこと』を刊行し、いよいよ、会社が動き出した時期のことです。
「うーん、このままいけば、数カ月後には・・・なくなるかも」
それは、小学生でもわかる計算で導きだされました。

10-20=-10

残念ながらこの式は絶対です。なかなか(というか決して)プラス10に転化することはありません。
けれど、紙のうえで計算していた段階ではまだ「甘かった」ようです。
まだ何とかなるのではという感覚から抜け出れていなかった気がします。

というのも、僕がほんとうの意味で「年が越せるか」と感じたのは、暮れも暮れ、年末の支払いを銀行でしていたときです(もちろん、社員は僕一人ですから、取引会社への支払いもすべて自分でやっていました)。
キャッシュディスペンサーで、カードと通帳を入れ、「振込み」を開始しました。
金額を入力し、確認のボタンを押す。
その瞬間、体からひりっという音がしました。
「身銭」を、振り込むその瞬間――。
ひりっという音、それはわが身を切る音でもありました。
そしてその痛みを伴った音を聞いたとき、-10という計算式の意味を初めて真に実感したのでした。通帳に刻印されていたわけです。
やばいでっせ、と。

事ここに至りては、ただ天を仰ぎ神の御助けを祈るばかり。

というには早すぎます。まだ創業して三カ月しかたってないわけですから・・・。
必要なもの、それはただひとつ。現実的な行動です。

具体的には、積極的に他社の制作業務をおこなうことにしました。編集プロダクションというかフリー編集者というか、そういう仕事をすることにしたのです。それによって月々の資金をまかなっていくことにしました。幸い、最初に勤めた会社の方々をはじめいろんな方々から仕事をふっていただきました。その日のうちに「すぐにお願いしたいのがある」と言ってくださったYさんはじめ、今もあのときのことを思うと感謝の言葉も見つかりません。実際、そこでの動きがその後、会社経営の下支えとなっていきます。そして3年たった現在も、オオコシが中心となって、その編プロ業務はミシマ社の活動を支えてくれています(オフィス1975というクレジットが他社本にときどき入っているので、チェックくださいね)。

いずれにせよ、このとき、ひりひりとした感覚とともに、「年を越せるか」という体験をしたわけです。
結果、なんとか年を越すことができました。というか、実際のところ、年はかってに越えていったのです。こちらの事情とは無関係に。

これが、そのとき学んだ教訓のひとつでもあります。
――時間はこちらの事情や気持ちと関係なく、進んでいく。

そしてもうひとつ。
ひりっと感じたこの体験は、これで生涯最後にしよう。
そう決意しました。
この手の経験はこれから続く会社の歴史に何度も必要なものではない。
ここから得られるたった一つの学びは、こういうことでした。
二度と繰りかえしてはいけない。

ですから、2006年から07年にかけての体験を通して、「資金繰り」というピットフォールに封をしました。もう二度とこの蓋を開けまいという誓いをもって。

そう考えると、会社経営というのは、失敗を通じて、「開かずの蓋」をつくっていくことなのかもしれないですね。
もう二度とあの痛みを味わないために。
(歴史の長い会社なんかで、ときどき大失敗が起こるのはこういうことなんでしょうね。痛みを体感したことのない「若」に代替わりしたとき、つい「魔が差して」蓋を開けてしまうのでしょう)

ともあれ、3年前、年は変わり、ミシマ社も新しい一歩を踏み出すことになります。
そう、自社営業を始めることにしたのです。
新年の魔法がいよいよ始まっていきます。

皆さんは、今年、どんな魔法にかかりましたか?


次回「営業募る!」をお届けします。

お便りはこちら

みんなのミシマガジンはサポーターの皆さんと運営しております。

三島邦弘(みしま・くにひろ)

1975年京都生まれ。1999年大学卒業後、PHP研究所に入社。単行本の編集者となる。2003年退社後、東欧などを旅する。同年10月、別の出版社で編集活動を再開。2006年10月株式会社ミシマ社を単身設立。「原点回帰」の出版社を標榜し、編集・営業・仕掛け屋などチームの枠を超え、「出版は全身運動である」という思いのもと、日々、奔走中。
「ミシマ社のblog」もがんばって書いてます。

ミシマ社のblog
株式会社ミシマ社

バックナンバー