ミシマ社の話

理想と現実、理論と実践、表と裏、S(出版社)とM(ミシマ社)......。「出版社をつくる!」、「ミシマ社のばあい」という二つの視点から、100年後のミシマ社メンバーに向けて、「ミシマ社が目指すもの」を語る。

第14回 大義名分、発見しました。

2010.01.19更新

今から恐ろしいことを言おうとしている。
こう言いながらも本当に書いていいものだろうかと逡巡する自分がいる。
さる2010年1月9日、奈良県の図書情報館で行われた「自分の仕事を考える「3日間」」の初日での出来事だ。

その日、ぼくは会のトップバッターとして数百人もの方々の前でお話させていただいた。
ファシリテーターの西村佳哲さんからは、「三島さんに会う人は、みな口々に『元気が出た』と言う。僕も同じです」とメールで励ましてくださっていたので、とにかく一生懸命やろうということだけを心がけていた。

あまり考えるとライブ感がなくなってしまう。その場にたったときの空気感を大切に思いつくまま自分の言葉で語ろう。そもそもそれしか僕にはできないのだから(そういうやり方のほうが得意という意味と、パワーポイントもエクセルも使えないという二重の意味で)。そう言い聞かせて会場に向かった。

会はたいへんユニークですばらしかった。
この会を主催するイヌイさんとファシリテーターの西村さんの間合いが絶妙で、お二人がつくりだした空間には、まるでそこが旅人の休息所のような暖かな空気がふんわり流れていた。その暖かさは、沖縄の離島を旅したときに感じるものに近い。それでいて、そのやわらかな暖かさに包まれながら、主体的に何かを得たい人には吸収するにあまりある「熱さ」を核にそなえている。
そういう奇跡的ともいえる空間で話ができるという幸運にめぐまれた。

そしてその奇跡的な空間は、ぼくのところに思いがけない発見までも運んでくれた。
大義名分の発見。
じつはこの日、自社の活動における「大義名分」なるものに初めて気づいたのだ。

西村さんとの対談でのこと――。

西村「三島さんの話には、『気持ちいい』とか『体温』『野生の感覚』という言葉がよくできますよね」
三島「ああー、そうかもしれません」
西村「三島さんたちの世代というか、20代、30代の人の働き方をみていると、大義名分をかかげてというより、『そうやりたい』『こうしたらおもしろい』というほうに突き進んでいる気がします」
三島「なるほど。たしかに、こうやりたいという気持ちや思いを大切にしています」

と口では言いつつ、その瞬間、もう一人の自分がこう叫んでいた。
「発見、発見、大発見!」
そう、そのときもう一人のぼくは、ミシマ社の「社会的大義名分」なるものを発見していたのだ。
対談中の5秒ほどだろうか、ぼくの頭のなかではこんなストーリーがかけめぐった。

ある町に一匹の野生のおサルさんがいました。
そのおサルさんは、ある人間の家庭で育てられてきましたが、その町は都会とはたいへん離れた場所にあり、人間社会は自然社会の一部にしかすぎないという環境でした。ですから、おサルさんは自分が人間であることも、おサルであることも意識することはありませんでした。

ある日、おサルは成人し、職を求め都会へ向かいます。
都会へ着いて数年間、おサルは嬉々として働きます。自分で働いたお金でえさを食べる。そのことが、とてつもなく楽しかったのです。

もっとも都会についてしばらくは、「システム」という名の怪物にびびってしまい、縮み上がることもありました。けれど、やがてそうした怪物はおそれるに足らない虚像であることがわかり、ふるさとの町で育った野生の感覚を取り戻していきます。そしてその感覚のままに飛んだり跳ねたり山々をかけめぐったり、まさに縦横無尽、アクロバティックな働きをみせます。
ところがあるとき・・・。

おサルの動きにおそれをなした人間のおじさんが、
「あいつは、サルだ。捕獲したほうがいい」とまわりの人たちに告げ口をします。
そしてあえなくおサルは、小さな檻の中に閉じ込められてしまいます。

(しくしく、どうしてこんなせまい檻にいなければいけないんだろう?
ぼくは自由に飛び回りたいのに・・・。以前はぼくが自由に動くことでみんな喜んでいたのに・・・どうして?)

おサルは来る日も来る日も悩みます。
(ああ、ぼくは自然あふれる、ふるさとに帰るしかないのだろうか?)
檻の中でおサルはだんだんと生気を失っていきます。もうこのままでは死んでしまうのではないかというほどに。

やがて檻の中であっても以前ほどのスピードで走れなくなりそうなくらい衰弱します。
そのときです! 生命(いのち)の水の最後の一滴がぽとりと落ち、おサルの中の野生の感覚をめざめさせました。
どーん!

一瞬にして檻を打ち破ると、おサルはくるくる、くるくる回転しながら大空へと飛んで行きます。
気づけばおサルは誰もいない原っぱにたどりついていました。都会の一点にぽっかりあいた原っぱに。

そこには、ふるさとの町のような懐かしさとともに、自然が「ふつうに」広がっていました。野生の感覚がもっとも重要視される自然の場が。
ときを待たずして、ほかのおサルさんたちが集まってきます。

「おい、おまえ楽しそうじゃないか」
「うん、楽しいよ。野生の感覚を好き放題発揮できるんだからな」
けれど、まだ都会の空気汚染から抜けきれていないサルたちは、おそるおそるこういいます。
「また人間が襲ってきたらどうするんだ? 檻もないところでガードできないんじゃないか」
「大丈夫だよ。野生の感覚が一番重要視される場にいるかぎり、いろんな危機をいちはやく察知できるんだから。サバンナの動物なんかが、『うう、今のうちに動いておくほうがいいんじゃないか』と外敵を視覚でとらえるはるか前に敵を察知し、移動を始めるだろう。それと同じことさ」
「ふーん」
「それにここにいれば、高い木々や小高い山から大きな山までいくらでもある。そこに上ってみれば、たいていのことは見えるものさ」
「山? この原っぱのどこにそんなものがあるの?」
「あるよ。あちこちに。見えないとしたら、それは檻の中に閉じ込められているからだよ。それも、気づかないうち、知らず知らずに。けれど檻の中にいるのも、檻の外を抜けるのも、本当は自由なんだよ。思考という野生の力は自分を檻の中に閉じ込めることもできれば、そこに山や木々をつくって、高所、低所、自由自在にいろんなところから広い世界を見渡すことができるんだ」
「そっか・・・」
やがて、一匹また一匹とおサルさんたちがこの場所に集まり駆け回ることになります。
こうして「おサルのカンパニー」が誕生したのです。
(おしまいおしまい)

こんなことを西村さんと話している途中に思いついた(5秒ほどのことなので、皆さん、どうぞお許しを)。
つまり、大義名分を発見したというのは、こういうことだ。
「野生の感覚で会社を運営する」ということは、野生による社会への挑戦、システム化が進む社会への挑戦なのではないか。
そして実は、それはとりもなおさず、ぼくたちが扱う本というもので、くりかえしくりかえし表現されてきたものではないのか、と。

トルーマン・カポーティは、『ティファニーで朝食を』で、世界でいちばん魅力的なヒロイン(とぼくは思う)ホリー・ゴライトリーにこう語らせている。

「野生のものを好きになっては駄目よ(中略)
「・・彼(注:ホリーの前夫)はいつも野生の生き物をうちに連れて帰るの。翼に傷を負った鷹。あるときには足を骨折した大きな山猫。でも野生の生き物に深い愛情を抱いたりしちゃいけない。心を注げば注ぐほど、相手は回復していくの。そしてすっかり元気になって、森の中に逃げ込んでしまう。あるいは木の上に上がるようになる。もっと高いところに止まるようになり、それから空に向けて飛び去ってしまう。そうなるのは目に見えているのよ、ベルさん。野生の生き物にいったん心を注いだら、あなたは空を見上げて人生を送ることになる」
(トルーマン・カポーティ、村上春樹訳『ティファニーで朝食を』新潮社)

野生の生き物とはホリー自身にほかならない。前夫のもとを抜け出し、ニューヨークへとやってきたホリーその人だ。
けれど、この小説では最終的に、ホリーはニューヨークを去り、そのあとのことはわからない。「野生」がその後の人生において居場所を見つけることができたのか。それとも、野生を失い魅力と生命力をも失ったのか。それは読者の想像力にゆだねられている。
作品の解釈はさまざまだろうし、ここではホリーのその後を問うことはしない。
大切なことは、カポーティがかぎりなく魅力的にホリーを描こうとしていたこと、それも最大限の愛情と慎重さをもって、そこにある。

そして、だ。
話を戻すと、ミシマ社の大義名分もここにあるのではないかと思ったわけだ。
野生の感覚で会社を運営する。
それは、野生が社会で生きていくことへの挑戦というふうにも言えるのではないか。
それを極論すれば、「ミシマ社は文学のど真ん中」にいる!
そう言ってもいいのではないか。

こんなふうに思い至ったわけだ。
冒頭で「恐ろしいことを言おうとしている」と言った「恐ろしいこと」はこのことにほかならない。
ホリー・ゴライトリーの「その後」のひとつの形がミシマ社なのではないか(ああ、言っちゃった・・・)。

世界中のホリーファンから今にも非難囂々聞こえてきそうだが、「発見」してしまったのだから仕方がない。
この気持ちをすこしわかりやすくいえば、こんなふうにいえなくもない。
「ここがど真ん中だ!」とリングの中央にたってマイクを叩きつけながら叫んだ長州力の気持ち。
どうだろう? 一部の人にはイメージがわいたのではないだろうか?(ほんの一部だろ! とか言わないでくださいね)

「ここがど真ん中だ!」
ミシマ社は知らず知らずに文学のど真ん中に立っていた。
つまりミシマ社の大義名分的「社会への挑戦」というのは、「実践」という形による文学表現だった!?(ほんとうだろうか)
それはこれからの実践で検証していくのみです(もしかすると、ぜんぜん違うかもしれないんですけど)。

どうぞ温かくお見守りいただければ幸甚の至りです。


次回 「文学のど真ん中」 をお届けします。

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三島邦弘(みしま・くにひろ)

1975年京都生まれ。1999年大学卒業後、PHP研究所に入社。単行本の編集者となる。2003年退社後、東欧などを旅する。同年10月、別の出版社で編集活動を再開。2006年10月株式会社ミシマ社を単身設立。「原点回帰」の出版社を標榜し、編集・営業・仕掛け屋などチームの枠を超え、「出版は全身運動である」という思いのもと、日々、奔走中。
「ミシマ社のblog」もがんばって書いてます。

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