ミシマ社の話

理想と現実、理論と実践、表と裏、S(出版社)とM(ミシマ社)......。「出版社をつくる!」、「ミシマ社のばあい」という二つの視点から、100年後のミシマ社メンバーに向けて、「ミシマ社が目指すもの」を語る。

第22回 8(エイト)マジックのならず者

2010.05.25更新

ミシマ社の朝は早い。公式には8時半始業。だがつい先日のことだ。ぼくはその時間、布団のなかにいた。みんなが出社し、仕事を始めてるであろう、その時間に。
そしてぼくはむせび泣いていた。顔を隠すように親指と人差し指で目頭をおさえ、声を抑えて泣いていた。

しかし泣いている理由がわからない。自分でもなぜ泣いているのか、わからなかった。
それでも言いようのない悲しみに襲われていたのは確かで、下を向きながらただひたすら立ちすくんでいた。すると知り合いらしき人たちがぼくの周りに集まってきて、同じような恰好をして、泣き始めた。音なき嗚咽の大合唱。

どうしてこんなふうになったんだろう? 実のところよくわからない。
どうしてぼくは泣くはめになったのか? 意識を集中して、そもそもの始まりを考えてみる。だが、まったく思い出せない。ただその後のやりとりで、うっすらと察しはつく。おそらく誰かが盗みを働いたのだ。

たしかに場がざわめいている。ぼくはどこかのオフィスかお店らしきところにいて、周りの人々からは緊張感が伝わってくる。
何かあってはいけないことが起きたときの気配が充満している。
ぼくは急いで駆け出した。そしてそのままエレベーターに息急いて飛び乗った。すると、そこには見慣れた顔があった。

しかしその顔には見慣れぬ硬さがにじみ出ている。
ぼくが、どうしたんだ、といった表情で驚いていると、こう言った。
「ミシマさんのだけは返そうと思って」
そう言って片手にもった財布を掲げた。
あ、ありがとう・・・。
そう思う一方で、お前だったのか、というショックにも襲われた。
「早く逃げなよ」
「はい」
その瞬間、エレベーターが止まってドアが開いた。彼がドアから出るか出ないかのうちに、横から人だかりが押し寄せ、あっという間に彼をとりおさえた。

あっ・・・・・・。

ぼくは呆然とたちつくすしかできなかった。
オレに返しさえしなければ逃げられたのに・・・。けど、このほうがよかったといえなくもないのか・・・。
そんな複雑な思いに浸っていると、不意に強烈な悲しみと後悔の念が押し寄せてきて、ぼくは目頭を押さえたのだ。
そうして気づけば海岸らしき場所にいて、そこで、ぼくは泣いたのだった。声を出さず、立ちすくんだまま・・・。

うっ。
ちょうどこのとき8時半。会社にすでに着いている社員から「起きろ!」の念が送り込まれたのだろうか。ようやく重い重い苦しみから解放された。
ぐったり。

結局、何のことだったか、単に疲れていただけなのか、よくわからない。
ただ、なんだか重たいものを引きずるような感覚で会社に向かった。
だけど、着くやいなや、そんな重い気持ちもいっきに吹き飛んだ。
この5月から、8人目のメンバーが加わった。小さな会社だけに、一人が加わるだけでいっきに場が活気づく。おそらく加わった本人は気づいていないだろうが、ずっといる身からすれば、隔世の感がある。

場の力に救われた・・・。これは一人で会社をやっていたときには味わえない感覚だ。
人がいるってそれだけで素晴らしいことですね。

スポーツ紙バカ一代』の加藤さんからは「ミシマ社、7人。いいねぇ~。7人の侍。いいじゃないっすか。もう増やせないねえ」と言われていたが、実態はともかく、「7人の侍」という聞こえはよかった。たしかに、「7人」には捨てがたい響きがあったのだ。

ラッキー7だし。真弓も今岡もクリスティアーノ・ロナウドも背番号「7」だし。
と、しばらく「7」の縛り抜からけ出せないでいた。
だが、いつまでも「7」にしばられていては、ミシマ社は自滅する。自家中毒を起こして、死んでしまいかねない! という危機感があったかどうかは別として、もう一人加わるだけで、格段に「楽しい世界」に行けそうな直感はあった。で、常々、その機会をうかがっていた。
「8」には何かあるぞ、と。

ちなみに、ミシマ社メンバーたちは、新メンバー加入に少なからぬ「恐れ」をいだいているようだ。
自分たちに欠損した何かを持ち合わせている人、というふうにとらえているのかもしれない。
たとえば、こんなふうに。

「社会不適合者」と「そうではない人」。
こんな構図を頭のなかで描いているのではないだろうか。
ううん?
ちょっと失礼じゃないかって。いえいえ。
もちろん、社会不適合というのは、犯罪を犯しがち、なんてことではもちろんない(むしろ、そういうものから最も縁遠いとさえ言えると思う)。

魂の問題として、である。
そういう意味で、ミシマ社メンバーは、どこからどう見ても「社会不適合者」の集まりといっていい。
そしてそれは当然のことなのです。
なぜならこの会社の成り立ち自体が、「どこにも行けなかった」不適合の一人の人間が、ある意味最終漂着地としてつくった場所なのだから。

アメリカという国が自由の地を求めた新教徒たちによって建国されたように、あるカップルが二人の「好き」という気持ちを結実させた結果誕生したものであるように、どんなに小さな会社にも突き詰めていけば必ず起源というものがある。

そして、ミシマ社におけるそれは、「普通の社会ではやっていけません」ということになるのだ。だから、ミシマ社メンバーがみんな「そう」なのも仕方ないことである。
ちなみに、新メンバーの通称ホッサムは、筋金入りの「仲間」である。ぼくは、野生の感覚で一目見た瞬間から同じ匂いを感じた。
だからほかのメンバーは安心してください。
ホッサムはかなりの野生児です(・・・違っていたらごめんなさい)。

「中学校をどうしても休んで海の松林でひっくりかえって空を眺めて暮さねばならなくなってから、私のふるさとの家は空と、海と、砂と、松林であった。そして吹く風であり、風の音であった。 私は幼稚園のときから、もうふらふらと道をかえて、知らない街をさまよいこむような悲しさに憑かれていたが、学校を休み、松の下のぐみの藪陰にねて空を見ている私は、虚しく、いつも切なかった。」
(坂口安吾「石の思い」『風と光と二十の私と』講談社文芸文庫)

ぼくは10代のあるとき、急に家出をしたことがある。正確にいえば、家出というより、気づけば列車に乗っていた。そして、「遠くにいこう」と思って、行き先のわからない列車に乗った。
それからときどき思いついたように、家を飛び出す「クセ」が始まった。突然、真冬に原付でフェリーに乗り込み、九州を走ったこともあった(しかも半ヘル)。その後も、朝起きた思いつきで、いてもたってもいられなくなり、知らない場所へ突然赴く日々がつづいた。そんなとき、たいていは友人との約束を破ることになり、家族との交流も断ち切ることになった。もちろんそのたびに傷ついたし、やめたほうがいいのかなとも思ったけど、そうしないと潰されてしまうような内的衝動に駆られてしまい、結局旅に出てしまう。

ふわりふわりと漂う魂。
けっしてヒトトコロに根を下ろさず、行き場を失い、さまようばかり。
その魂を慰めるのは見知らぬ土地の冷たい風だけ。
残念ながら「社会人」になってからもそのクセは収まらず、結局、「旅にどうしても出たくて」会社を辞めた。二社目も、安定している感じが不気味すぎて、その状態に耐え切れなくなって辞めた。

そして、「そうするしかなかった」結果、ミシマ社は誕生した。これが事実であり、それがすべてである。だから、ときどきミシマ社に関して書いてくださった文章を読むと、「好きなことを求めて起業」という一文に出会うが、それはまったく正確ではない。「それしかなかった」から起業した。そういうことでしかない。ほんとうは。

だから、必然的にミシマ社に集まってくる人たちも、「社会」という確かに存在するように思えるものに対し、うまく迎合できなかった、もしくは疑問を抱きつづけてきた人たちが多い。ミシマ社メンバーだけではない。フリーで一緒にお仕事をやっているライターさんや編集者さんも、ときどき突然ミシマ社を訪れてくれる若い人たちがいるがそういう人たちも。
彼らの魂もまた、浮遊しているのだ。

一人また一人とそういう人たちが集まってきて、肩寄せあって、前を向いているうちに、ぼくのなかで、長年漠然とあった仮説が「ほんとうかもしれない」と思えるようになってきた。
その仮説というのは、「ふわりふわり漂う魂のあり方のほうが、まっとうなんじゃないか」というものだ。いつの頃からか、たぶん、旅癖が付きはじめるずっと前から感じていたのだと思う。

確かに存在するように思える社会のほうが幻想なのだ。そして、どうしようもない、ふわりふわりと不安げに漂うしかない、ぼくらの魂のほうが確かに存在しているのだ。
ほんとうかどうかはわからない。だけど、そんなふうに思えてきたら、なんだか世の中がずっと楽しいものとなって近づいてきた気がする。

8という字を書いてみよう。
 8
そしてその字をくるりと反転させよう。
 ↓ (くるり)
 8

するとここにも<8>ができた。一見、最初の「8」とぜんぜん違わないようにみえて、実際にはぜんぜん違う新しい<8>が。その<8>の上にある〇は、最初の「8」の上にあった〇ではない。
だが誰がその〇の区別をつけられるだろう?

8――。
そう、それは、一見同じように見える世界をまるで別世界へと誘うマジックナンバーなのである。だから、「8人」は文字通り、未知へと突入する入口なのだ。
そう考えると、これから8人のミシマ社がつくっていく世界は、もしかすると「反転」した世界なのかもしれない。
「下が上で、上が下」
「上が上で、下が下」
「上が下で、下が上」
「下が下で、上が上」
「下が・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・さあ、一体、どこへ行くのでしょう。
それは誰にもわかりません。

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三島邦弘(みしま・くにひろ)

1975年京都生まれ。1999年大学卒業後、PHP研究所に入社。単行本の編集者となる。2003年退社後、東欧などを旅する。同年10月、別の出版社で編集活動を再開。2006年10月株式会社ミシマ社を単身設立。「原点回帰」の出版社を標榜し、編集・営業・仕掛け屋などチームの枠を超え、「出版は全身運動である」という思いのもと、日々、奔走中。
「ミシマ社のblog」もがんばって書いてます。

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