ミシマ社の話

理想と現実、理論と実践、表と裏、S(出版社)とM(ミシマ社)......。「出版社をつくる!」、「ミシマ社のばあい」という二つの視点から、100年後のミシマ社メンバーに向けて、「ミシマ社が目指すもの」を語る。

第25回 旅することと働くこと

2010.08.17更新

旅するように働きたい――。
こんな希望をもつ人は多いんじゃないだろうか。とはいえ、そう思うと同時に、頭ももたげるあきらめの気持ち。
仕事は日常、旅は非日常。だからこそ、旅は特別なものになるんだ。旅するように働くなんてことは土台無理な話だ。
たしかに一理ある。しかし、とも思う。
本当は、旅と働くことはものすごく近い。表裏一体というか、そのものといっていいほど、近い。

*   *   *

というわけで、今回は、「旅することと働くこと」について語ります。
ちなみに、ぼくは、旅をこよなく愛し、仕事が好きで好きでどうしようもない人です。そのふたつを同時並行的に愛してやまない生活を10年以上つづけています。そうした日々のなかですこしだけわかったことがいくつかあります。
それは、ひとことでいえば、「旅するみたいに働く方法」、とでもいえるでしょうか。ちょっとおおげさですが、いったんこういうことにしておきます。

ではその方法とは、と語る前に、皆さんはどんな旅が好きですか?
旅のカタチはさまざまです。
パックツアー系、バックパッカー系、リゾート癒し系、アドベンチャー系、沈没(堕落)系、自己研鑽系、自分探しのイタイ系など、ひとことで旅といっても、その内実、目的、行動パターンはまったく違います。もちろん、単純に「~系」と分類できるものではありません。ぼく自身、自分の置かれているそのときの状況によって、求める旅のカタチはまったく異なります。日本人が一人もいない地にわが身一人を置きたいときもあれば、一転、海でひたすら、ぼんやりのんびりしたいときもあります(まあ、自分探しのイタイ系旅人になることだけはありませんが)。

とはいえ、どんな旅がもっとも自分に合っているかと問われれば、「孤独な一人旅系」と答えるでしょう。その理由はふたつあるのですが、ひとつには、「ハードな生活が好き」という身も蓋もない事由がいちばんに挙げられます。
というわけでまずは、いわゆる冒険好きなタイプ、あるいはさすらいの旅人系、におススメな「旅するように働く方法」です。

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孤独なさすらいの旅人系――このタイプは、なにをおいても毎日、こう言っていたい人たちだろう。
「明日のわが身さえわからぬ身、まして・・・」
旅に行けば宿は決めず、行き先も決めず、ただなりゆき任せ。今晩どこに泊まるのか、いや、そもそも泊まることができるのか。すべては現地に行けば判明する。駄目なら駄目でそのとき考えるのみ・・・。

旅することが生きることとどれだけ直結しているか。
現地のふつうの人たちがその地で生きている感覚といかに近づくことができるか。
それが最も大切で、その場所の観光名所をまわることなど、もとより眼中にない。
ぼくは典型的なこのタイプだ。

たとえば、プラハに行ったときなんかも、ほとんど観光名所に行った思い出はない。一度だけ、宿の部屋が同じだったモロッコ系ドイツ人と一緒にプラハ城に登った。だけど、そいつもぼくも、あまりの観光客の多さに、「最低」と言って帰ってきただけだった(ここに限らず、世界の観光名所は大同小異だろう)。結局、数週間のチェコ滞在で何をやっていたかといえば、昔ジャーナリストだったというおじいさんから社会主義時代のチェコスロバキア話を聞いたり、昼間街を歩いていたときに見つけたライブハウスに夜になってジャズを聴きに行ったり、日帰りドレスデン旅行をしたり、現地で聞きつけたローリング・ストーンズのライブに行ったり、自炊を試みたり、本を読んだり・・・と、実にたいしたことをしていない。

ただひたすら、毎日何が起きるかわからない、という日々を送っていた。そうして、いつ訪れるかわからない「最高の偶然」にいつでも身を委ねられるよう準備していた。プラハ滞在でいえば、それがローリング・ストーンズだった。プラハに入っても、数日後にストーンズが来るなんて知りもしなかった。たまたま大学の寮のようなところに宿を移ったとき、その大きな宿が不思議なくらい混んでいたので受付のおねえちゃんに訊いたのがすべてだった。

「なんでそんなに部屋ないの?」
「ストーンズが来るからよ」
「え!? まじで。どうすればチケット手に入る?」
「ダウンタウンにある、この店に行って聞いてみれば」

と言われたのだった(どうでもいい話だが、そのおねえちゃんは、めちゃんこかわいかった)。結果、日本の4分の1ほどの値段でチケットを手に入れた。
とにかく事前に計画なんか立てず、現地で最高の情報を感知する。未知なる毎日をぞんぶんに楽しむ。
そういう旅が好きでたまらない人は、起業したり、フリーになるといいと思う。
これが、その「旅するように働く方法・其の一」(笑)。
ずいぶん乱暴な、と思われたかもしれないが、事実、そうなのだから仕方がない。これほど、「旅」な毎日はないわけだから。
少し(というかずいぶんと)旅のレベルは飛躍するが、石川直樹さんは「旅の酒」というエッセイでこんなことを書いている。

 旅先では・・・食べることと生きることが直結した世界であり、動物としての人間がもつ野性をぼくは否応なく呼び起こされる。
 厳しい環境において、自分のなかで「食べる」ことが動物の世界へ近づく行為であるとしたら、「飲む」ことは、自分を安心できる日常へ呼び戻してくれる行為だといえるだろう。生死を賭けざるをえない場所では、酩酊の快楽を求める余裕はない。身体がねじれるような厳しい状況を切り抜ける直前直後にだけ、人は酒を飲む幸せを心から求めるのだと思う。
(『全ての装備を知恵に置き換えること』(晶文社)、p98より)

生死と直結した行動。こうした経験をしたい人であれば、旅と仕事(起業やフリーランス)を直線で結ぶことができることができるだろう。
石川さんがここで言っていることは、ぼくの場合、旅そのものではないが、仕事でまさに経験したことでもある。

起業を決意したとき、ぼくは必然的にお酒を飲まなくなっていた。もともと酒飲みではないものの、仕事でお酒が出る席などでは一杯くらいは飲んでいた。が、それ以降、どんなに大人数の飲み会に出ざるをえないときでも、一滴も口にしなかった。禁酒という願掛けではない。あの当時、いろんな人から「願掛けねえ」と言われたけれど、「そういうことじゃないんです」と言うものの、なかなか理解してもらえなかった。それで次第に説明しなくなったのだけど、そのたびに行き場のない苦しさだけが積もっていった。

とにかく、みんなとおいしく酒を飲み交わすためにも、早く、(生死の)「生」の段階にたどりつきたい。それまでは、とてもお酒を飲む気にはなれないし、そもそも、その資格がないのだ・・・。
人は生きるか死ぬかという状況に置かれると、必然的にお酒を飲まなくなる。
あのとき、そのことを痛感した。
結局、会社をつくり、最初の本を発刊したとき、昔の会社の方が祝ってくださった。
それが半年ぶりの一杯となったのだが、その味は、たしかに生還した、という格別のものだった。
生死を賭けて――。それは、旅であれ、仕事であれ同じことだと思う。
 
毎日がワイルドな旅。
本当はそんなふうに生きたいのに、現状ぐずぐずしている人には、おススメです。

*   *   *

さて次に、「旅するように働く方法・其の二」です。
これは誰もがちょっとした心がけで行うことができるものです。
ただし、そのとき、旅はたんに「非日常の行為」というわけではありません。
非日常だけを求めるのであれば、そこに行って帰ってきた、という事実だけが残ります。たしかに、体はリフレッシュされ、絵葉書でしか見たことのなかった美しい景色に出会え、あーよかった、と思うことでしょう。だけど、それ「だけ」の旅は、ぼくはもったいないと思います。
旅するからには、やはり、なんといってもあの「ファンタジータイム」をくぐらなければ。
 
先月、7月下旬のこと。尾道からフェリーで瀬戸田(生口島・いくちじま)という小島に渡り、翌日自転車をかりて、瀬戸田と大三島をつなぐしまなみ街道の多田羅橋を走った。橋の真ん中から、急にそこは広島でなくなり、愛媛県になる。大三島に入ると、灼熱の太陽をものともせず、東の海岸沿いに自転車をはしらせ、30分ほどしてからやっと見つけたお店で昼食を食べ、また同じ道を戻ってきた。

橋を渡りきり、ふたたび生口島にはいったときだ。ぼくは、なにを思ったか、サイクリングコースを急に離れた。そして、ほそい坂道をまっさかさまに降りていった。自転車が加速度をあげながら坂をおりきると、突如、蜜柑園や民家が見えた。
その瞬間!
体がふっと軽くなった気がした。まるで重力から解放されたように。
そんな錯覚とともに、左右の景色は、きらきらと輝きをました。この世ではない、どこか美しい国の美しい村に迷い込んだような感覚だった。

そこでは、重力という自然の摂理は働かない。ただ、Gから解放された空間と時間が存在する。
そのとき以来、こういう感覚を、「旅のファンタジータイム」と呼ぶことにした。
皆さんも、そういう経験の一度や二度はあるのではないだろうか。
子どもの頃の夏休みなんて、毎日がそうだったかもしれない。
だけど、ちゃんと大人になってもファンタジータイムは訪れる。旅先で、偶然が積み重なったりしたときに。

思い起こせば、ぼく自身、ときどき、そういう時間にめぐり合っていたように思う。ミック・ジャガーが目の前で歌った瞬間もそのひとつだったかもしれない(ハンガリーの温泉でおっさんたちに「触られ」そうになったときは、旅の裏ファンタジータイム。あれはこわかった・・)。
「孤独な一人旅系」が好きなもうひとつの理由は、こういうファンタジータイムが訪れる確率が高いことがあげられる。なんといっても、見知らぬ地に一人きりなのだ。当然、五感はもとよりあらゆる感覚が鋭敏になり、「感じる範囲」も広くなる。
ファンタジータイムは望んで得ることができるものではないが、感覚が鈍っていれば、当然、やり過ごしてしまうものでもあるだろう。
考えるに。
孤独な一人旅のときに発揮する、豊かでかつ鋭い感覚をもちつつ、真っ白な気持ちで偶然に身を任せるとき――。
夢のような時間が舞い降りてくるのではないだろうか。

これは、たんに日常的な仕事を離れ、旅という非日常に身をおくだけでは得ることができない。
かといって、仕事という日常の場で得ることのできないものでもない。
そう、なにも旅に出なくとも得ることのできるものだとぼくは思う。
重力を超越したような気持ちのよい時間は、仕事のなかでも、ちゃんと訪れる。
すくなくとも、ぼくはそういう感覚を得ることがあるし、それがエネルギーになって、そこで得たパワーやら想いを本につめこんでいるつもりだ。
おそらく、どの本にも、作者や出版社やら本屋さんやら、関係した人たちのそういう「重力を超えた感覚」が宿っているのだと思う。
だから、ぼくは本を読むとき、旅に出ずとも、ファンタジータイムに身をおくことができる。もちろん、いつもではないけれど、ときどき、必ず。

*   *   *

話はころころと転がりましたが、最後に、旅するように働くためにはどうすればいいか、もっといえば、仕事でファンタジータイムを得るにはどうすればいいか、について考えを述べます。
先ほど、「孤独な一人旅のときに発揮する、豊かでかつ鋭い感覚もちつつ、真っ白な気持ちで偶然に身を任せるとき」、ファンタジータイムが訪れるのでは、と言いました。

実はミシマ社では、この「真っ白な気持ち」になるために、ちょろちょろと日々、仕掛けをしています(メンバーが気づいているかどうかは定かではありませんが)。
今日はそのひとつをご紹介します。
それは、毎朝の行事、そうです、神棚パチパチです。
朝、必ず、メンバー全員で、神棚の前にたって拍手を二回打つ、しばらくじっと目を閉じるのです。そのとき、特別な言葉を言ったりなどはしません。ただ、各自が心のなかで、「清め給え、祓え給え、神ながら、守り給え、幸い給え」という、神社にいけば誰もが口にする祝詞を唱え、あとは目を閉じるだけです。

そうすると、不思議なことに、心が透明になったような気になってきます。
なんというか、無理をしてもしかたがないというか、人事を尽くして天命を待つ、という気分になれるというか。
あがいてもしかたがないな、という気持ちに、すっと自然になれるのです。
これって、見知らぬ旅先で、あれもこれも見てやろうと思ったらドツボにはまる、という例の金言にも通じることです。
旅先では自分の感覚に身を任せるのみ。できるだけ先入観を排除して。
それができたとき、気づけば指定されたコースとは違う道に足を踏み入れ、重力から解放された時空間に身を浸すことになる――。

これをお読みくださった皆さんは、ぜひ今日から、「旅するように働きたい」から「旅するように働く」に切り替えてみてください。
自分に見合った旅のスタイルを、仕事のなかにも。
そうすれば、近い将来、重力解放感覚が訪れるやもしれません。
ファンタジータイムはきっとすぐそこ。


次回は、「ファンタジータイムをもう一度」をお伝えします。

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三島邦弘(みしま・くにひろ)

1975年京都生まれ。1999年大学卒業後、PHP研究所に入社。単行本の編集者となる。2003年退社後、東欧などを旅する。同年10月、別の出版社で編集活動を再開。2006年10月株式会社ミシマ社を単身設立。「原点回帰」の出版社を標榜し、編集・営業・仕掛け屋などチームの枠を超え、「出版は全身運動である」という思いのもと、日々、奔走中。
「ミシマ社のblog」もがんばって書いてます。

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