ミシマ社の話

理想と現実、理論と実践、表と裏、S(出版社)とM(ミシマ社)......。「出版社をつくる!」、「ミシマ社のばあい」という二つの視点から、100年後のミシマ社メンバーに向けて、「ミシマ社が目指すもの」を語る。

第28回 世代論で抜け落ちてしまうものを

2010.11.02更新

世代論というのが、あまり好きではありません。
というのも、どんな世代にも「いい人」はいますし、「悪い人」もいるからです。
たとえば団塊の世代といっても、おもしろい人もいれば、偏屈な人もいます。ぼくも、35年生きてきて、そのあたりはそれなりに経験したつもりです。
 
実際、70年代中盤生まれのぼくらの世代は、団塊ジュニアといわれたり、ポストバブル世代といわれたり、最近では「ロストジェネレーション」というふうにもいわれてきました。
ですが、どれもこれも、よくわからない。
少なくともぼくの「実感」では、「そんなことはないだろう」としか思えません。
一体いつ誰が「ロスト」したの?
それが率直な思いです。

2000年に『不平等社会日本』(佐藤俊樹、中公新書)という本が出ました。
この本の主旨をすさまじくおおざっぱにいうと、「親が偏差値の高い大学を卒業し、かつ高収入の家に生まれ育った子どもが、高学歴をつみ、高収入を得る率がどんどん高まっている」というものでした。
著者の主張は必ずしもそこにはありませんが、世間での「伝わり方」はおおよそ、上記に近いのではないでしょうか。

つまり、白鳥の子は白鳥になる。
生まれながらにして所得と学歴は親のそれに比例するもんなんですよ。
単純化していえば、そういうことです。
この現状に対し、著者の佐藤さんは警鐘を鳴らしたわけです。
日本は、本来、努力すればナントカなる社会だったのに、と。

しかし、著者の意図をよそに、この本以降、格差社会という概念が一般に定着化する方向に向かいました。
そして「世間の目」はどんどんと硬直化していきます。
生まれながらにして決まっている。努力しても報われない。
そんなふうに。

ですが、ほんとうに「そう」なのでしょうか?

当たり前ですけど、「そう」だったら「ものすごく」面白くないことないですか?
もし本当に「そう」なんだとしたら、そんな社会こそ、ぶっこわす必要があると思います。
もし本当ならば――。

けど、ぼくは自分の実感として、実際は「そう」ではないと感じているわけです。
メディアで流れる社会は、硬直化の一途をたどっているけど、実際の社会は今も昔もそんなに変わらないんじゃないか。もっと柔軟性のあるものではないのか。
すくなくとも収入と学歴なんてものは大して関係ない。
もし関係あるとしても、そういうものを求める「一部の」人たちであって、面白いことを求めて生きる「ふつうの」人たちではない。
メディアの片隅に身をおくひとりの人間としては、「硬直化しているよ」とアナウンスし硬直化のほうに向かわせるよりも、あるいは「ぶっこわそうぜ」と居丈高に叫ぶよりも、自分の実感に近い「ほんとはずっと柔らかな社会」の姿を伝えていきたいと思うのです。

と、いきなり結論めいたことをいってしまいました。ちょっと先を急ぎすぎたようです。
ぼくの実感がどこにあるのか、を申し忘れておりました(といっても大したことではないのですが)。

たとえば、自分は大学を出ましたが、ぼくの親戚を見回しても、「大学出」は片手の半分も使わないで数えられるほどでしょう。おそらく。
親の収入なんて聞いたこともありません。自営業だったので、それなりのときもあれば、「びっくりするほどない」ときもあったと思います。

でも、だからといって、ぼくが勉強しても報われないと感じたかというと、そんなことは一度だってありません。そもそも勉強することで何か報われたいと思ったことなどありません。そうするのが「ただ楽しかったから」やっていました。
逆に、現状を抜け出すために必死にやっていたかというと、それも「まったく」ありません。ほんとにまったく。
というのも、自分が恵まれていないなどと思ったことがなかったのです。
「みんなこんなもんだろう」と思っていました。
だからこそ、何か報われたいと思って勉強したことなどなかったのです。
動機として、おもしろいことをいつかできるようになりたい、それは確実にありましたけど。

ともあれ、11年前に東京に来て一番驚いたのは、「小さな違い」をみんなものすごく気にしてるんだ、ってことでした。どこに住んでいるとか、収入がいくらだとか、何を着てるだとか、誰と知り合いであるとか、どこの学校出身だとか。
そんなのどうだっていいじゃない。
そう思ったものです。

ですが、11年間ここで住み働くうちに、おぼろげながら、その構図がわかりはじめてきました。
いいか悪いかは別として、日本のメディアの中心は東京でしょう。
そしてそのメディアで喧伝される声が、ダイレクトに届くのもやはりその中心地である東京なのでしょう。

つまり、メディアの情報を「もろ」に影響を受けるのが発信地である東京です。
単純化した情報が流れれば、単純化された情報をもろに。
威勢のいい情報が流れれば、威勢のいい情報をもろに。
たとえば「青山では」「六本木では」といわれたところで、東京以外の人にはピンとこないのがふつうです。

まして、「池袋」と「新宿」と「渋谷」が違うなんてこと、夢にも思わない(事実、ぼくはぜんぶ同じような町だと思っていました)。
ぼくは東京に来て6年ほど、「東長崎」という西武池袋線沿い、池袋から二駅の場所に住んでましたが、こっちにきてしばらく経った頃、旅で出会った東京の知人に話すと、「どこそれ? 東京?」といわれたのでした。ほんとびっくりでした。

びっくりなのは、その地名を知らなかったことではありません。言葉の端々に、「そんなところ」という空気が含まれていたことに驚いたのでした。ちなみにその知人は東横線沿いの学芸大学に実家がありました。ぼくにとって、学芸大学も東長崎も、まるっきり一緒、だったんですけどね。
「ぼくの目」からすれば、両者はまったく一緒。
だけど、「東京の目」というか「世間の目」はそうは見ない。
なんだかヘンだと思いました(念のため付け加えると、その人とは今も昔も大の仲良しです。東京で生まれ育った人とは感覚はちがっても、友だちは「気」があうかどうかですから)。

いまはその違いがなんとなくはわかります。
たしかに、列車に乗ると流れている空気が微妙に違う。
あくまでも微妙に。
ですが、メディアにひとたび流れるときには、その「微妙」な差は「圧倒的」な差として伝えられます。もちろん、そのほうが受け手にわかりやすく伝わるからでしょう。

同じような構図で、ぼくたちの世代のことも論じられてきました。
冒頭で述べたとおりです。そして同様に、冒頭でいったように、世代論はぼくにはまったく「しっくり」きませんでした。
ぼくは、分類化されるどのカテゴリーにも属しなかったからです。

それはぼくが特別だからではありません。
その逆です。
ぼくがきわめて日本の「ふつう」なところに位置するからです。

はっきりいって「高学歴かつ高収入」の親なんて、日本の「ふつう」の町では「めったに」遭遇できるもんじゃありません。
「東京限定」でしか成り立たない話です。
で、東京の人口は日本の十分の一だけど、十分の九は東京以外に住んでいるわけです(すごく暴論なのを承知で申しますが)。

しかし、その十分の一の声(つまりメディア)は、影響力や伝播力の点からいうと、十分の九以上を支配するほどの力をもっている(ように感じます)。
とすると、日本のなかできわめてレアな意見がまるで多数派のような声となって伝わっている。
もちろん、地方に住んでいる人たちは、それをあくまでも東京の話として聞いています。
だって地元には「高学歴・高収入」モデルなんて見まわしても誰もいませんから。テレビのなかの「お話」として、距離をおいて見聞きしているわけです。

だからこそ、地方から東京に出てくると「違和感」を感じるのです。
えっ、メディアで流れてくるとおりの基準で動いている人がいるよ。しかも自分と同世代の人たちが・・・(その落差こそが、地方出身者が東京で感じる「孤独感」の遠因なのかもしれません)。
そして東京で知人が増えるにしたがって、同世代のなかにも大きく分けて2タイプいることに気づき出します。

世間の目を基準にすえて動いている人と、世間の目で押しつぶされそうになっている人の2タイプです。
つまり、地方出身者でなくても、世間の目(東京の目)に違和感を感じている人たちはけっこういる。
地方から出てきたぼくは、彼らに言います。
「もっと自由でいいじゃない。ちょっとした違いなんてどうでもいいことだよ」
けれど、ここで生まれ育った人たちにとって、刷り込まれた世間の目という呪縛はそれほど簡単に解けるものではありません。
ぼくらとは違う次元で彼らも苦しんでいる。先に述べた知人もきっとそうだったのだ。
そのことに、11年住んで、ようやく最近わかってきた気がします。

だから、理想的な希望としては、ぼくのような地方出身者にとっても、東京出身者で違和感と戦い続けている人にとっても、どちらにも「しっくり」くるものをつくっていきたい。
ただし、完全に「しっくり」くるものばかりつくるのはとても難しいことです。
そして同時に、危険なことでもあります。
というのも、自分の「しっくり」だけだと、それはそれで狭量で偏ったメディアをつくることにほかなりませんから。
いくら小さくともメディアは、「開けた」ものでないといけないですよね。
だから、完全に「しっくり」くるかどうかよりも、「しっくり」に近い感覚で、すこしでも呪縛を解くような本を出しつづけたいなぁと思っています。
「世間の目」を形成している既存メディアではいわれないような、血の通った話として。
 
すこし具体的にいえば、たとえば「ロスジェネ」といったときに、抜け落ちてしまう人々に届く本を出していきたいと思うのです。
ぼくというひとりの人間は、たしかに「75年生まれ」で「この世代」だけれど、「この世代」でいわれていることは自分に当てはまるものがまったくない。
そういう人たちが、ほんとうはいっぱいいるはずです。「高収入・高学歴」モデルが東京限定的な話であったように。

そもそも扱うべきことや問題は、「世代」ではない。ましてや「思想」でもない。
態度や姿勢なんだと思います。
現実にどう向き合うか。
それがやさしくてやわらかいものか。
そして血の通ったものであるか。

そういう意志をもってやりつづけたいと思っています。
そしてこれは、ほとんど(というか、絶対に)エンドレスの戦いです。
手を緩めたとたん、シンプルで硬直化した言論が支配してしまいかねませんから。

けれど、ぼくたちのような小さな小さなメディアから発せられる声が、誰かひとりの呪縛を解くことがあるのであれば、ぼくたちは戦いつづけなければいけません。
それだけが、メディアの片隅に身を置くものの使命だと思っています。ずたぼろになることもありますが、この仕事を選んだ人間として、それに向き合えるのがいかに幸せなことかを自覚しつつ。

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三島邦弘(みしま・くにひろ)

1975年京都生まれ。1999年大学卒業後、PHP研究所に入社。単行本の編集者となる。2003年退社後、東欧などを旅する。同年10月、別の出版社で編集活動を再開。2006年10月株式会社ミシマ社を単身設立。「原点回帰」の出版社を標榜し、編集・営業・仕掛け屋などチームの枠を超え、「出版は全身運動である」という思いのもと、日々、奔走中。
「ミシマ社のblog」もがんばって書いてます。

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