ミシマ社の話

理想と現実、理論と実践、表と裏、S(出版社)とM(ミシマ社)......。「出版社をつくる!」、「ミシマ社のばあい」という二つの視点から、100年後のミシマ社メンバーに向けて、「ミシマ社が目指すもの」を語る。

第31回 偉大なる執事とは何か?

2011.03.08更新

怒涛のイベントラッシュでした。

 2月11日 しこく編集学校@高松
 2月13日 『はやくはやくっていわないで』サイン会 @紀伊國屋梅田本店
 2月18日~20日 ブックマーケット2011 @アノニマスタジオ
 2月26日 ブックポトラック @リブロ池袋本店
 3月6日 『逆行』発刊記念イベント @青山ブックセンター青山本店
 
毎週、日本中のいろんな場所から来られたいろんな方々とお会いできて、とても嬉しかったです。
あるイベントで偶然ミシマ社を知ってくださった方が、違うイベントにも足を運んでくださるというケースもありました。そういう方のお顔を見るたび、自然、「おお~」とテンションがあがり、「ありがとうございます!」と心中叫んでおりました。 
この間、各イベントにお越しいただきましたすべての皆様へ、心から御礼申し上げます。本当にありがとうございました。
 
もちろん、イベントだけやってたわけではありません。
実は、「ミシマ社とは思えない」くらいのペースでの新刊制作に追われていたのです。
1月下旬 尾原史和著『逆行
2月中旬 内田樹著『増補版 街場の中国論
3月初旬 白山米店お母さん『白山米店のやさしいごはん
デザイナーの「成り上がり」本から、内田先生との「街場」シリーズ、ミシマ社初のレシピ集まで、と、まあ、多種多彩。「小さな総合出版社」と名乗ってはいるものの、よくもここまで、とわれながら驚く、今日このごろであります。
(どの本も、魂をこめてつくりきりました。本屋さんで、どうぞお手にとっていただけると嬉しいです)

そんな日々を送りつつも、イベントに呼んでいただいたことで、週末を漫然と送ることなく過ごせました。うっかりすると、「疲れた~」なんてことを理由に、何もやらないことになりかねないです(結局、これが一番疲れることになるんですよね)。
なかでも、西村佳哲さんとの「ブックポトラック」は、はじめて参加させていただく類のイベントでした。
そして、いつだって「はじめて」は最大の学びの場、です。
どんなに忙しくても準備は欠かせない。そうしないと、「痛い」ことになりかねない。だけど、ちゃんと準備に時間をかけると、その過程で、たいてい、思いもかけない発見が訪れるもの。
実際、このときもそうでした。

ちなみに、当日のイベントはこういう内容です。
「〝自分の仕事、わたしの働き〟というテーマで、三島さん・江口さん・西村の3名が、互いに薦めてみたい本を少し持ち寄って、その紹介を通じて〝仕事〟や〝働き方〟について語る時間をつくります」(西村さん作成の案内文より)
というわけで、まずは「働き方」に関す三冊を選びました。

 カズオ・イシグロ『日の名残り』
 西村佳哲『自分をいかして生きる』
 『逆行』(自社本ですが、どうしても外せなかったもので・・・)

以上の三冊がぼくのセレクトです。
もっとも選書した時点では、まだ話すべきポイントは見つかっていませんでした。
で、イベント前日。いそいで『日の名残り』を読み返しました。最後に読んだのは約5年前。なので、まるで初読のような感動をもって読み直しました。
話はこんな感じ。

 名家の執事が短い旅に出る。その旅の道すがら、長年仕えたダーリントン卿への敬慕、重要な国際会議でのエピソードなどを思い出す。旅の初日――。
 あるところで美しい大地を執事は目にする。そのとき、この風景こそ「偉大なるブリテン」だと執事は認識する。そして、そう思った執事はなんと自らに、ひとつの「問い」を問いかける。それは――。

「偉大なる執事とは何か」
その後、こうした問いを自らに問い続ける。そして、この問いとともに、旅の途上で過去の回想シーンが浮かび上がってくる。品格ある執事とは、あるいは、英国がかつてもっていた当然の品格とは、といったことについても考えさせられる一冊。
 
とまあ、こういう話ではあるが、イベント前日に読み直して、ぼくはふたつの発見を得ることができました。
ひとつ目は・・・・
「誰もがみんな執事ist」。
これ。
この重要な視点に、はじめて思い至ったのでした。
いえ、もちろん、わかりにくいのは百も承知です。イベント当日も、進行役の西村さんには、白い目で見られましたもの。といいつつ、ひそかに、お客さんからはけっこう好意的に受け取ってくださったようにも思っています。もっとも、「執事、執事ist!」とぼくが連呼するものだから、その空気に飲まれて笑ってくださっていたのかもしれません。なるほど! と共感の笑みではなかったのかな・・・。

ただ、ぼくのなかでは大きな発見でした。
「自分の仕事」を考えるとき、誰もがみんな、いったん「執事的なもの」ととらえる。
そうすると、これまで見えなかった仕事の景色がいっきに前景化してくる。
つまり、実際のところ、「トップ」なんてポジションはないわけです。どんなにトップと言われている人でも、ところ変われば、トップじゃなくなる。

たとえばぼくのやっている編集者というのは、書き手の人がいて、印刷所のひとがいて、デザイナーさんがいて、本屋さんがいて、読み手がいて、こうした人たちがいて初めて成立する仕事です。このうちのどれかひとつが欠けても成立しません。
これはなにも編集者にかぎったことではない。
お肉屋さんも、営業マンも、税理士さんも、経理担当の人も、会社の社長さんも、運送業の人も、プロレスラーだって、同じでしょう。

ある意味、誰かに「仕え」、誰かの力を引き出し、ある業務を滞りなく行う。
自分の仕事に置き換えて上記を考えてみてください。
けっこう、ぴったりと当てはまるのではないでしょうか。
そういう意味で、誰もがみんな執事istといって過言ではないはずです。
 
で、このことと、ふたつ目の発見が見事につながる。
先に『日の名残り』の主人公執事が、偉大なる景色を前にして「偉大なる執事とは何か」という問いをもつことになった、と述べました。
いや、5年前に読んだときには気づかなかったことなんですけどね。
冷静になって考えれば、むちゃですよね。「偉大なる景色」を見て、「偉大なる執事とは」と考える。
飛躍するにもほどってものがあるでしょうに。
けど、事実、この執事はこの問いをもつに至っている。
そして、この事実を前にようやく、ぼくははたと気がついたのでした。
なるほど! 人は「問い」をもった瞬間、自動的に成長しだすのだ。ということに。
 
つまり、この執事のおじさん。
「偉大なる執事とは何か」という問いを、いかなる場面においても発動する準備ができているのだ。おそらく、偉大なる景色でなくても、この問いは早晩、彼のなかで発せられたにちがいない。
そして、ひとたび、「偉大なる執事とは何か」という問いをもてば、常にその視点から物事を見、その視点からの行動をとるようになる。
そもそも言動が根本から変わってきます。このおじさんなんて、すごいものです。

「並の執事は、ほんの少し挑発されただけで職業的あり方を投げ捨て、個人的なあり方に逃げ込みます。そのような人にとって、執事であることはパントマイムを演じているのと変わりません。ちょっと動揺する。ちょっとつまづく。すると、たちまちうわべがはがれ落ち、中の演技者がむき出しになるのです。偉大なる執事が偉大であるゆえんは、みずからの職業的あり方に常住し、最後の最後まで踏みとどまれることでしょう」(p61、文庫版)

もう全身、偉大なる執事。
この問いひとつで、彼は「偉大なる執事街道」を驀進しているのです。
 
と、まあ、このふたつの発見をしたぼくはというと、「偉大なる編集者とは何か」という問いをもったことは、恥ずかしながらありませんでした。
むしろ、偉大なるとは違うところにいこうと、がんばってきたようにも思います。
偉大じゃないけど、いつでも面白いものを生み出せる脳と好奇心をもった素人みたいな編集者。
こんなふうに。
だけど、もしかすると、この「素人みたいな編集者」はぼくの考える「偉大なる編集者」の具体像なのかもしれません。といま気づきました。

なにも「偉大なる執事」は固定されたものではなく、もっと柔軟であっていいはずですものね。
と考えれば、偉大なる編集者とは何か、という問いをもつことは何も、自分のめざす道を閉ざすものではなく、逆に、めざすべきところを明確に意識づけるのに役立つのかもしれません。

ぜひ皆さんも試してみてください。

「偉大なる●●とは何か」

ご自身に当てはめ、問いを投げかけてみましょう。

ほら、いかがです?
何かが変わってきませんでしたか。


もちろん、ぼくも実験中です。
つい先ほど、この問いを自分のなかにはじめて課しました。すると。
おお、な、なんだ、こりゃー。
全身から何やらパワーがわきあがってくるではないですか!
うおおおおおおおおお!
・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・。


偉大への道は険しいようで。

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三島邦弘(みしま・くにひろ)

1975年京都生まれ。1999年大学卒業後、PHP研究所に入社。単行本の編集者となる。2003年退社後、東欧などを旅する。同年10月、別の出版社で編集活動を再開。2006年10月株式会社ミシマ社を単身設立。「原点回帰」の出版社を標榜し、編集・営業・仕掛け屋などチームの枠を超え、「出版は全身運動である」という思いのもと、日々、奔走中。
「ミシマ社のblog」もがんばって書いてます。

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