ミシマ社の話

第34回 孤独もいいけど、「オープン」に!

2011.07.05更新

孤独を生きる

最近、会う人会う人にこう言われる。
「ミシマ社、楽しそうですね」
それを聞くたびに、嬉しさ半分、手放しでは喜べない自分が半分だ。

だって、今のミシマ社はぬるすぎる、のだから。

やるべきことをちゃんとやった上で、楽しむのはいい。
けれど、やるべきことが「全然」できていない。
にもかかわらず、外からは、「楽しい」と思われている。
これって、とっても情けないことだし、かっこわるいことだと思う。

原因は、一目瞭然。

孤独であることを忘れたから。
もしくは、孤独に向き合うことを避けているから。

つまり、自分の体は自分で支える、
その基本の精神を忘れてしまっているから。

メンバーが6人になった。
そして、楽しさの輪が広がってきた。
オフィスも一軒家ののんびりした場所へと移った。

そして、知らず知らず、誰かが誰かに依存するようになった。
孤独であることを忘れて。
孤独に向き合うことを避けて。

けど、待ってほしい。

たった6人の会社、創業二年足らずのベンチャーだ。
全ての仕事を一人でやる気概がなくてどうするんだ。

これは僕の仕事、あれは誰かの仕事、僕は無関係。

そんな余裕など本来ないはずだ。
けれど、実際には、「これは僕の仕事」と範囲を狭めた仕事すら、
満足にできていない。
これが、今の会社の状態だ。

一体、誰がその代わりをやっているのだ??

わずか、6人であっても、組織はこうなるのかと驚きとともに思う。

1人でやっていたとき。
僕はめちゃめちゃしんどかった。
めちゃめちゃしんどいし不安だった。何でも自分ひとりでやらなければいけなかった。会社の戸締りから掃除から営業から編集から・・何から何まで。
そして孤独だった。

だから、一緒にやるメンバーができたとき、僕はすごく嬉しかった。

それは、孤独を分かち合うメンバーができたから。
その孤独の分かち合いは、決して、なれあいではない。
まして、依存でもない。

一人であっても、二人であっても、何人であっても、全部一人でやる。

その基本的精神を持った個人同士の結びつき。
それが、孤独を分かちあうということだろう。

けれど、実際はそういうふうにはなっていない。
残念ながら。

自分たちの孤独を見つめることを避けるために、
人が群れている。そんな状態だ。

孤独に向き合うものだけが、本当の仕事をする。
なぜなら、孤独の世界には「言い訳」など存在しないから。
逃げ道もない、助けてくれる人もいない。
たった一人、自分の言葉があるだけだ。
しかも、唯一のよすがであるその「言葉」は誰も与えてくれない。
自分で摘み取ってくるしかない。
全身でぶち当たって、時には血を流しながら。


僕たちの世界、本という世界はその典型だ。
本は言葉で成り立っている。
そして、その言葉を生む場は、ほかならぬ孤独の世界だ。


孤独の中で言葉は生まれる。

言葉を生み出す人も同じこと。

孤独の中で人は育つ。

この基本を忘れてしまった出版社など、出版社なんかじゃない!

そんな出版社で働くくらいなら、
この業界から去ってしまえばいい!

このままミシマ社がぬるま湯に浸かり続けるようなことになれば。

僕は、迷わずこの会社を辞める。

本気だ。

そんな会社にいて日々、上っ面の言葉と向き合うくらいなら、
たった一人で孤独と向き合いたい。


これは2008年8月6日にブログに掲載した文章だ。
創業丸2年を迎える数カ月前の時期にあたる。
今もこのブログを掲載したときのことはよく覚えている。

自分なりに決意の上での掲載だった。

その日までは、ブログには「楽しい話」「ほがらかな話」ばかりを書いていた。
もちろん、そういうことを伝えたかったからなのだが、自分たちの弱みを見せる余裕など知名度ゼロの弱小出版社である自分たちに、いっさいなかったという理由も小さくない。
それに・・・。
ブログを書いて外に発信するという行為は、自分自身、日々の活動をふりかえるということでもある。その行為のなかで、楽しかったことを見つけ、自分で自分を鼓舞しないことにはたぶんやりきれなかったのだと思う。それくらい、精神的にも時間的にも、ギリギリの活動をつづけていた。

だからその日、あえて「孤独を生きる」を書いたのは、そうとうの決断のうえ、心を鬼にしてのことだった。
これまで築いてきたミシマ社の印象が崩れてもいい。
失うものがあっても、この「勘違い」を放置しておくよりもずっといい。
きっと、このままいくことのほうが、長い目で会社にとってマイナスになるだろう。
そんな判断が働いてのことだった。
 
おそらく、その時期の段階としては、間違っていなかったろうと思う。
実際、ぜんぜん「わかってない」メンバーたちもいたわけで。
その「わかってなさ」を白日のもとにさらすことで、寝ぼけた感覚を呼び覚ます。
傷口をわざと空気に当て、痛みをともないつつ傷を癒す、そういう荒治療だった。
たぶん、少しは効いたんじゃないかな。
ただ、今思えば、若かったなぁと思う。
余裕がなかったんだなぁと思う。
やり方は、「それだけ」ではなかったはずなのに、と。

もちろん、3年経った今も自分がそれほど成長したかといえば、それほど変わらないんだけど、そもそも、会社の代表であるということは、イコール「そういうもの」ではないだろうか。と考えるようにはなった。

つまり、「わかってる人」たちとも、「わかってない人」たちとも、それでも一緒に楽しんでいく。いつかわかってもらえるだろうということをどこかで信じて。
だから、わからないことが理由で、おこっても仕方がないのだ(もちろん、程度があるけど)。
会社の責任者をするというのは、そういうもの、なのだから。
 
と思っていたら、先日、まさに膝を打つ一文に出会った。寄藤文平さんがとてもおもしろいことを書いていらっしゃったのだ。
寄藤さんいわく、デザインの世界は「自分の個性」にこだわってきた結果、どんどん元気がなくなった。一方で、「この15年の間に、インターネットの世界ではまったく違うクリエイティブの考え方が台頭」してきた。それは、「自分の個性」にこだわらず、「見つけた方法論やアイデアを広く公開して、みんなで質を高めようという方法」だ。
 

 この本(注:『伽藍とバザール』)によると、オープンソースは公開すれば勝手に育つといった魔法ではありません。こまめに参加者と連絡を取り合い、気を悪くしないように気を使いつつも、ダメなアイデアをバッサリ切り落とすといった気苦労がたくさんあるらしい。生み出すためのクリエイティブというより、育てるためのクリエイティブ。一番大切なのは主催者の「人間的な魅力である」と書かれています。(『ケトル』1号、p82より)


この一文を読んでぼくは、「そうかー」と膝を打ったのだ。
会社の代表であったり、リーダーと呼ばれる人たちも、同じく、「オープン」な個でないといけないといけないのだな、と。
たしかに孤独は人を育てる。人を強くする。出版の世界で生きていくための言葉を熟成させる。
ただし、それだけではどうにもこうにも、息苦しい。寄藤さんがデザインの世界に言及したように、「元気がない」状態を生みかねない。

出版社も、同様だろう。
孤独な職人気質の人たちで構成された世界。そこにいきつくためには、いくつもの試練があって(耐えたり、技術をすさまじく磨いたり、あるいは怒鳴られたり)、そうした関門をくぐり抜けてきた者だけが、そこで活躍しうる。
そういう形態のクリエイティブがほぼ「すべて」だった。
そしてその結果、出版界はとても「閉じた」ものになった。
 
・・・と書いてみたところで、どんどん「これからの出版論」へと脱線しかねないことに気づいた。「出版社の未来は、電子書籍化ではなく、出版社そのもののオープン化なのだ!」といったふうに。
今回言いたいのは、そこじゃありませんでした。
リーダーは、(孤独な職人的であってもそうでなくても)オープンでなければいけない。そういう話だ。
たとえば、「わかってない人」がチームにいるとしよう。
その人に対し、「孤独に生きる」的方法でいけば、こういう教育をすることになる。「甘い! お前は甘い! その程度でやったつもりになって。俺を見習え!」

一方、「オープン」化のやり方では、リーダーのもっている知恵や情報やらネットワークやらすべてが開かれた状態にあって、いつでもどこでも「どうぞご自由に」、となる。「わかってない人」も、遠慮なく、恐れることなく、必要なものを常時、自分のものにできる。そして、その得たものをもって、外の世界で新たな経験をつむことになる。経験知を、孤独な閉じた世界ではなく、開かれた場所でつむことになるわけだ。それによって、成長の速度が断然速くなる。
同時に、「わかってない人」は、そうして自分がつんだ経験知を、リーダーにフィードバックすることになる。
すると、リーダー自身の血の巡りがよくなる。与え、与えられ、また与え・・・。
この循環をくりかえしていけば、組織も個人も、どんどん、どんどん血行はよくなるにちがいない。

きっと、出版社にかぎらず、「これから」の組織や社会は、どんどん「そっち」にいくのではないか。
孤独もいいけど、オープンに。
そういうほうに。

と、たいへん大雑把なまとめになってしまった。とりたてて結論もないままに。申し訳ないです・・・。

というわけで、結論は次回に(笑)。
次回では、オープン化した組織におけるルールについて考えてみたい。きっと上記の循環がうまくいくには、なんらかのルールがあるはずだから。
(ただし、答えはまだ見えてません。次回までに見つかるだろうか? みなさん、教えてください!)

ちなみに、オープン化にせよなんにせよ、リーダー論とか組織論というトピックに、きわめて「わかっていない人」であるのは、ぼく自身です。
それでも、次回も考えます!

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三島邦弘(みしま・くにひろ)

1975年京都生まれ。1999年大学卒業後、PHP研究所に入社。単行本の編集者となる。2003年退社後、東欧などを旅する。同年10月、別の出版社で編集活動を再開。2006年10月株式会社ミシマ社を単身設立。「原点回帰」の出版社を標榜し、編集・営業・仕掛け屋などチームの枠を超え、「出版は全身運動である」という思いのもと、日々、奔走中。
「ミシマ社のblog」もがんばって書いてます。

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