ミシマ社の話

第37回 無計画に書き始めましたが。

2011.09.26更新

いよいよ、『計画と無計画のあいだ――「自由が丘のほがらかな出版社」の話』が来月(10月)の中旬に、河出書房新社さんより発刊となります。
装丁も無事終わりました・・・。ほっ。
ここでお見せできればと思ったのですが、色校は出版社のほうにあるため、私の手元にもなく。
デザインは、ちょっとこれまでなかったようなものになっているので、どうぞご期待くださいませ。

今回は、まだ本書が刊行されていないのに、「あとがき」を掲載したく思います。
本書は、7月の頭に、急遽、執筆することになり、それから毎土日と毎朝数時間をつかって書ききりました。
このあとがきは、本文すべてを書いたのちに記したものです。文体も、本文と違って、「です・ます」調にしました。
なぜ、本書を書くことになったのか。
「あとがき」ではありますが、発刊前にお読みいただいても、本書をさらにお楽しみいただけると思います。

***

当初、本書は革命の書となる予定でした。
行き詰まり、どん詰まりだらけの世の中で、このままじゃいけないことだけはみんななんとなくわかっている。けれど、どう変わっていくのがいいのかわからない。あるいは、意を決して変わったところで余計わるくなるのではないか。そんな不安がよぎっては結局、まったく行動できないでいる。たぶん、いまの日本を覆っている空気はこういうものだろうと感じていました。そう感じていたある日、あの東日本大震災が起きました。あの日を境に、日本はまるでちがう社会へと姿を変えました。

あの日以降起きた実際の出来事について、ここでは述べることはしません。ただひとつだけ、時間がたつにつれ強く感じたことがあります。この不幸でしかない出来事からぼくたちが学びうる唯一のことはなんだろうか。その問いに対する解はこういうものでした。
「これまで先延ばしにしていた変革すべき諸々を、なにがなんでも動かさねばいけない」
つまり、もう目先を優先にするのはやめよう。そういう意志とそれに基づいた行動。それこそが、この出来事をたんなる不幸から救いうる唯一のことではないかと考えたのです。
そう考えると居ても立ってもいられなくなり、革命の書を出さねばという衝動に駆られました。本書のなかで何度もあげた、あの衝動です。

ところが、実際に書き始めるとすぐに、ぬぐいがたい疑問に襲われました。
本当にいま必要なのは革命なのだろうか?
そんなふうにいったん感じだすと、まったくわからなくなりました。それで、編集者をしている友人のYさんに相談しました。すると、「ミシマ社のことを現在進行形の話としてそのまま書くのがいい」と強く言われました。そうすることで勇気づけられ、背中を押される人は多いにちがいないから、と。

ですが、その時点ではそれは、自分のなかで絶対にない選択肢でした。自社のことを本にするなんて・・・。特に実績がある会社でもないのに・・・。それはもとよりありえない選択肢だったわけです。
だけど、会社を立ち上げようと思ってから今に至るまでに学んだことのひとつに、袋小路に陥ったときは周りの声に従う、というのが挙げられます。というのも、実は「ミシマ社」という名前、創業における原点中の原点も友人が授けてくれたものなのです。

二〇〇六年夏――。
会社をつくることは決意したものの、肝心の社名がなかなか決まらないでいました。ぼく個人が考えうる社名は完全に出し尽くすところまで出し切っていました。「よし、来た!」と思いついても駄作ばかり。袋小路で出るアイディアは所詮、息のつまったものでしかないのでしょう。
あるとき、これまた編集者をしている友人のNさんがわが家に遊びに来てくれました。深夜、べろんべろんに酔っ払ったNさんは、突然、「それで社名どうなったん?」と訊いてきます。
「いやぁ、あのぉ」と言葉に詰まっていると、業を煮やしたNさんはぼくを一喝しました。
「あんたがやるんやし、ミシマ社やろ」
「え、ええ~。自分の名前はありえない」
「なんでぇ? それがええって」と言うNさんの目は据わっています。
こりゃ、反論できる雰囲気ではないな。と思っていると、たまたま京都から出てきていた大学時代の友人M君も、「それや!」と賛同するではないですか。
そっか、この二人が言うのなら、そうなのかも。
と初めて「ミシマ社」という可能性をありと思ったのでした。結果として、この判断は本当に良かったと思っています。なぜなら、起業後、名前がいいと言っていただくことが多かったですし、それにロゴもこの社名でなければ成立しなかったですしね。それにしても、あのとき、友人が言ってくれてなかったらと想像すると肝が冷えます。袋小路で血迷っていたぼくは、こんな社名をつけていたとしてもぜんぜん不思議ではありませんでしたから。
「ふしぎ書院」
いやはや、いつも答えは足元にあるものですね。

こうした過去の教訓を活かし、今回執筆する際も、Yさんのアドバイスに従うことにしたわけです。自社のことを本にするという封印を解こう、と。そうして書き始めようとしたタイミングで、本書のタイトルになった「計画と無計画のあいだ」という言葉がどこからともなく降りてきたのでした。

そのとき初めて、ミシマ社がやってきた五年間と「原点回帰」や「野生の感覚」となにげなく口にしてきたことの意味が、自分のなかで少しだけ形をもったものとして感じることができました。
そのぼんやりとした感覚だけを頼りに、約一カ月半、無計画に書きつづったのが本書です。現段階では、これが好走塁なのか、暴走なのかは、まったく判断つきません。ただ好走塁であることを祈るばかりです。
(『計画と無計画のあいだ』あとがきより)

***

ぜひ、好走塁か暴走か、直にお確かめいただけると嬉しいです。
もう発刊までひと月をきりました。

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三島邦弘(みしま・くにひろ)

1975年京都生まれ。1999年大学卒業後、PHP研究所に入社。単行本の編集者となる。2003年退社後、東欧などを旅する。同年10月、別の出版社で編集活動を再開。2006年10月株式会社ミシマ社を単身設立。「原点回帰」の出版社を標榜し、編集・営業・仕掛け屋などチームの枠を超え、「出版は全身運動である」という思いのもと、日々、奔走中。
「ミシマ社のblog」もがんばって書いてます。

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