ミシマ社の話

第38回 ほっこり宣言

2011.12.29更新

第38回ミシマ社の話

『計画と無計画のあいだ』(河出書房新社)

計画と無計画のあいだ』、おかげさまで大変多くの媒体でご紹介いただきました。
本当にありがたい話です。
尊敬する方々からも身に余るお言葉を頂戴しました。朝日新聞では中島岳志先生、共同通信配信書評では永江朗さん、「週刊現代」ではナンダロウアヤシゲさん、「うれピア!」創刊号では幅允孝さんに書評いただき、「サンデー毎日」「週刊ポスト」「WEDGE」「装苑」などでは著者インタビューいただきました。

さて、今回、久しぶりの「ミシマ社の話」を書くにあたり、こんなことを思いつきました。自著解読というのに挑戦してみようかな。
本書の「まえがき」にも書きましたとおり、「ぼく自身わからないと思っている疑問の数々が明らかになってほしいな、とも願っている。そういう動機で、本書はいままさに書かれようとしている」し、実際、その後約1カ月をかけて「書かれ」ました。
つまり着地点が見えないまま、とにかく書き出したわけです。そうしてなんとか最後の最後に、「計画と無計画のあいだ」の意味を発見し、それを最終章に収めることができました。

ただ、収めることはできたものの、もうそれはひたすら一切の客観性を捨てた興奮のうちに収めたわけで、冷静に、あるいは第三者視点にたって自著を振り返るといった余裕など完全皆無でした。
一歩振り返れば、生傷がズキズキ痛むこと必至。
との無意識的不安からくる牽制だったのかどうかはわかりません。
ただ、事実として、振り返る作業にかかれない自分がいました。
そういうこともあって、発刊以降、この「ミシマ社の話」を更新できずにいたのですが、発刊から2カ月が経った今、ようやく、「振り返る」という行為に踏み込めるような気がしています。

とはいえ、ただ振り返るのは面白くない。
というか本音をいえば、まだ積極的に自分を振り返ることはできそうにない。振り返って整理するには莫大なエネルギーが必要です。ただし、自力では無理でも、他者の力を借りながらであれば少しは反省会もできる気にはなっている。
というわけで、今回は、編集者である私が、本書の著者・三島邦弘に訊くという取材形式で進めようと思います。

はたして、このインタビュー、成立するのやら。
本書の執筆前と同様、いまのところ、自分でもまったくわかりません。ただ明日のミシマ社のためにも、なんとか着地だけはしたいと思うのであります。
しばしおつきあいいただけましたら幸いです。

どうして他社発刊なのか

ーー いきなりですが、『ほっこり革命』ってタイトルの本にしようとしてたらしいね。

「ずきっ。いきなり生傷をえぐりますな」

ーー そりゃあ、あなたのことは誰よりも知ってますから。

「うーん、今日はずいぶんやりづらいなぁ」

ーー まあ、そう言わず。せっかくのなので、発刊後、どの媒体でも話していないことを聞かせてくださいよ。

「ま、それはいいけど、たとえば?」

ーー そうですね、たとえば、発刊がミシマ社ではなく河出書房新社からの理由とか。

「なるほど、それは重要ですよね。なぜ自社ではなく、自著の発刊が他社なのか。
大きくいえば、二つあるのですが、一つは「編集者」の存在。
自分で書いて、自分で編集するのは、さすがにちょっと難しい。この本の「はじめに」でも書いたけど、「(編集者に)求められるべきは「受け」の力。バレーボールでいえば、「よきレシーバーであること」」。つまり、自分で書いて自分で編集者するってのは、原理的に不可能なんです。アタックを打つ。打った瞬間、向こうのコートに移動し、そのボールをレシーブする。それも、元のコートにちゃんと返さないといけない。再度、アタックの打てる位置にきっちりと。瞬間移動後、そのボールを再び、打つ。コートをくぐる。また受ける。くぐる。打つ。くぐる。受ける。くぐる。打つ。く・・・」

ーー わかりました! たしかに不可能です。

「ええ、原理的に無理なんですよ」

ーー だから、自社の発刊も諦めた。そういうことですか。

「いや、諦めたという言い方は適切じゃない。最初から考えていなかったんです。当初から他社で発刊していただきたいと思ってました」

ーー なるほど、とすると、河出書房新社さんから出してほしいと思っていたと。

「うん、紆余曲折はあったものの、それは間違いない。出版社として河出書房新社さんというのは、個人的に、もっとも好きな出版さんであったわけですから」

ーー ほー、そうですか。すると念願かなったと。

「そうですね。なにせ、創業125年の歴史のある出版社。ミシマ社が創業たかだか5年なのとえらい違いです。25倍の歴史をもっていらっしゃるわけですから!」

ーー そういうことになりますね。

「そう。しかも、この年月の差は絶対的。アキレスと亀みたいなもので、永久に追いつくことはない。たとえ、アキレスがどれだけの瞬発力と行動力と時代感覚をもちあわせていたとしても。まして、河出書房さんとミシマ社じゃ、亀にあたるのがぼくたちのほうなわけで、もうその距離は永久に埋まることはない。実際、今回、河出書房新社さんで発刊いただき、営業の方々とも販促活動をご一緒させてもらうなかで、経験知が圧倒的に違うことを痛感しました。出版社としての経験知が。

にもかかわらず、河出書房新社の社長の小野寺さんは、弊社の5周年記念パーティーの場で「この本には自分たちが忘れてはならない、出版の原点が詰まっています」と言ってくださった。そして、営業の方は、手書きの「ミシマ社通信」顔負けの「手書き注文書」をつくってくださったり。こんな小さな頼りない会社からも、何かを学ぼうとしてくださる。

はたして、ぼくたちは120年後、同じような振る舞いをできているのか。
つまり、120年後、自分たちが創業125年を迎えたとき、河出さんのように謙虚に誠実に出版活動に向き合えているか。この段階で、この問いに気づくことができたのは、とても大きかったです。
河出さんにあって、ミシマ社にないもの。
そこに決定的な何かがあるように思っています」

ーー それは、たんに経験知の差ということではないのですか?

「もちろん、それはある。ただ、それだけではない。経験知という一言ではすまない、決定的な違いがあるように感じたのです。それが何か。いまはまだ、クリアカットに語りうる言葉をもちあわせていません。おそらく、これからの活動を通じて、その解に近づいていかないといけないのだと思っています。これは、会社としての課題ですね」

執筆時に読んでいた二冊の本に影響受ける

ーー ちょっと話題を変えましょう。この本は、今年(2011年)の7月から書き始めたということですね。

「ええ、そうですね」

ーー ということは、執筆当時、編集もしてたわけですよね。

「ええ。ちょうど、西村佳哲さんの『いま、地方で生きるということ』の編集期間でした。それと、この本を書き始める2カ月前には、米倉誠一郎先生の『創発的破壊』の編集が佳境でした」

ーー こうした本が執筆に影響を及ぼしましたか?

「うーーん、むずかしい質問です。執筆と編集を完全に切り分けるようにしていました。執筆はできるだけ早起きして会社に行く前に、会社に行ってからは通常の仕事に専念。
そうはしていたものの、やはりどちらの本もパワーがあるので、気づかぬうちに影響は受けていたかもしれません」

ーー それは内容面で?

「いや、それすらわかりません。いまのところ」

ーー そうですか、では何か明確に影響を受けた本はありますか?

「内容面ではなく、とにかく刺激を受けて、参考にさせてもらった本はあります」

ーー それは何です?

「ちょうど執筆中に読んだ二冊がそうなのですが、一冊は大野更紗さんの『困ってるひと』。もう一冊が有川浩さんの『阪急電車』です」

ーー へ〜〜。そうだったんですか。

「ええ、この二冊をあのタイミングで読んだのは大きかったです。『困ってるひと』はノンフィクションとしての面白さに圧倒されました。そして作者の自分を晒し出す加減に頭がまったくあがらなくなりました。これは、自分にはできない。はっきりそう思えたのがよかったです。その上で、大野さんのような経験はなくとても、自分がやってきたことを背伸びせずに書くのだ。そもそもそれしかできないし。という腹のくくり方ができました。つまり、『困ってるひと』という絶対的な作品が先に出たことで、かえって肩の力が抜けたというか、すごいものを書かねばいけないといった一抹のプレッシャーから解放されました」

ーー なるほど。『困ってるひと』が出ていなかったら、また違う作風になってしたかもしれないと。

「わかりませんが、多少はそうかもしれないですね。それと、もう一冊、『阪急電車』を読んだのは、本当によかったです。文のリズムがとにかく良く、そして展開も読み出したら止まらない。短編の集まりなのに、ちゃんと長編としてのまとまりもある。この本のもっている『流れて行く感じ』を少しでも出すことができたらな。恐れ多くも、そう考えました。もちろん、何かを真似したり、そういうことは全くありませんが、こうした作品に近づきたい。そう意識したのはけっこう大きかったと思っています」

発刊後の発見

ーー では、最後の質問です。

「お、もう最後ですか。なんだか、いつもと勝手が違うなあ」

ーー そりゃそうです。通り一遍の質問はしませんし、これまでなかった質問に限るというのが今日の取材条件ですからね。とすると、実はそもそもそんなに質問はないわけです。

「なるほど。じゃあ、さっそく、最後の質問をお願いします」

ーー はい。単刀直入に聞きます。発刊後、2カ月が経ちましたが、いまになって気づいたことはありますか。この本には書いてないけど、書いてあってもおかしくない「気づき」は?

「・・・。うん、たしかに、今になって気づいたこともありますね。それもかなり重要なことを。
たとえば、原点回帰の原点という意味について。
この本では、「原点回帰の出版社」「原点回帰の活動を」というふうに、特にその中身を具体的に説明したわけではありません。それは、とてもむずかしいことだし、あの段階の自分には荷が重すぎました。ただ、最近、なんとなく感じていることがある。それは、原点あるいは原点的を考えるとき、原理あるいは原理的との違いから考えたらいいのでは、ということです。

残念ながらその違いはまだ説明するには、言葉足らず過ぎるのですが、きっとそこが重要な気がしています。
だから、さっき、編集の仕事をバレーボールにたとえたとき、一人でアタックしレシーブし、という行為を不可能だと言うのに、あえて「原理的に無理」と言いました」

ーー たしかに、ちょっと不自然だと思っていたのですが、意図的だったのですね。

「ええ、まあ。
裏を返せば、「原点的」には不可能ではないということです。
むしろ、原点的にいえば、一人バレーボール、一人編集・執筆は、「ふつう」とも言えるかもしれない。なにせ、原点回帰の出版社では、「つくる・送る・届ける」まで全てやるわけですから。「つくる」のうちに、「書く」が入ってきたとしてもなんら不思議ではない。その人の感覚次第で、「どうとでもなる」ということです。

ところが、「原理的」に考えると、そうはいかない。先の結論通り、「不可能」となってしまう。なぜかというと、「原理的」に考えるということは例外を一切ゆるさない極論を前提とするからです。たとえば、「一人で書く・編集する」といった場合、一切の例外なく全てを一人で行う、というものでなければいけません。なぜ、ダメかといえば、それだと徹底できないからです。プロの仕事に必要な緊張感が徹底されなかったり、クオリティが徹底されなかったり。中途半端は原理的な考え方では「絶対に」許されないことなのです。

ところが「原点的」に考えると、「一人で」といった場合も必ずしも「全て一人」である必要はありません。「一人がすべての責任をとる形で」誰かに手伝ってもらうことだって、「あり」でしょう。あるいは、なにも、全日本の女子チームのように高速バレーを展開しなくてもいいわけです。アタックしたボールを「一時停止」して、ゆっくりとコートを移動してもいい。その間にユニフォームを着替えたりなんかも「あり」なわけです。そうして、万全の態勢を整え、自分の得意な形でアタックを打つ。
要は、最終のパフォーマンスがいいものであることが重要で、そこさえ満たされていればいい」

ーー つまり、「原理的」に考えると無理なことでも、「原点的」に考えると可能になりうる。

「そうなんです。
で、話を元に戻せば、それこそが発刊後の気づきにつながってくるのですが、何気なく使っていた「原点」という言葉は、本書のタイトル『計画と無計画のあいだ』とイコールではないか、と思い至ったのです。

原点というと、「点」という単語がある以上、それが空間的な広がりに欠けるものとして捉えがちです。ところが実際は、原点というのは、計画線(決まりや常識など)と無計画線(感覚)のあいだにある。「決まりごとだけ」と「感覚だけ」という両極端を排した真ん中の空間をさすのだと思います。

だから、原点的に考えていくと、「絶対にこうでなければいけない」というような狭量なものにはなりません」

ーー なるほど。「原点回帰の出版社」という表現は、「計画と無計画のあいだで揺れ動く出版社」であるということ、そのものであったと。

「はい。そうなんじゃないかな、と。
だからこそ、ミシマ社の本はノージャンルとなるわけです。「おもしろい」かどうかが重要で、けど、おもしろいって何?と問われれば、おもしろいものはおもしろい、としか言いようがない。そういう「ゆるやかさ」が、原点的であるということなんだろうと思います。けっして「主義」にはならない。そしてとにかく窮屈じゃない」

ーー ただしいか、ただしくないか、ではないと。

「そうです。逆にいえば、「ただしい・ただしくない」論にいかないことが原点的には重要だと思います。
というのも、「ただしい・ただしくない」論をつきつめていくと、なんだか不自然なことになります。何が不自然かというと、「本当にやりたかったこと」「大切に思っていること」と実際の行動が乖離してしまうのです。つまり、自分の身体性が自分自身から離れてしまう(身体性から離れるということは、原点から遠ざかるということです)。
そりゃそうですよね。

行動の主体は、自分にはなく、「ただしさ」にあるわけですから。
自分の意思で動いているようでいて、実際には「ただしさ」にひきずられている。「ただしい」からやる。それが「おもしろい」からやるわけでない。そういう主客転倒が起きている。たぶん、その状態を身体性の薄れた状態というのだと思います。
これはぼく自身も自戒をこめて言っていることです。
ともすると、自分たちも、出版活動のもろもろを、「ただしいから」と思って活動をしかねないからです。
いや、冗談じゃなく、ほんとうに。

「原点回帰」と思ってやっていることが、たんに「ただしさ」を求めてやっているだけ。
そういうことが、ちょっと気を抜くと、すぐに起こります。
で、だいたい、そういうときはうまく行きません。当たり前のことです。
どだい、「無理」しているわけですから。ありもしない「ただしさ」に向かって、原点を忘れ、自分の内なる声に耳を閉ざし、不自然きわまりない行動をとっているわけですから。

うまくいくことなど決してありません。
それにそもそも、「ただしい・ただしくない」という両端を問うても、そこからは対立しか生まれませんからね」

ーー 「ただしい・ただしくない」論には向かわない。で、その真ん中をいく。そうすることで、どうなるのでしょう?

「ほっこりするんです(笑)」

 ーー ほ、ほっこり?

「はい。ほっこり。
対立には向かうことなく、逆にほっこりが生まれる」

ーー それはなぜでしょう?

「主体が、こちらにあるからだと思います。行動の主体が、「ただしさ」とか「主義」とか、自分の身体性を離れたところにあるのではなく、自分の内にある。だからこそ、必然的に、安心も生まれ、かかわる人たちのあいだに「ほっこり」も生まれる」

ーー ・・・

「それこそが、原点回帰なのだと思います。
言葉も表現も、もう一度自分たちのもとへ」

―― お、なんだか当初のタイトル通り「ほっこり革命」になってきましたね。

「わ、ばれた?
実は、そういうことを、すごく笑えるストーリーの流れに乗せて、次の本で書いてみたいと思っています」

ーー お、次の予定がもうあるんですか?

「いえ、まったく(笑)。全てはまだ妄想の中の話です」

―― では来年も、「計画と無計画のあいだ」ならぬ、「妄想と現実のあいだ」で、がんばってください。

「は、はい・・・」


今年の残りと来年が、皆様にとりまして、「ほっこり」した日々でありますように。

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三島邦弘(みしま・くにひろ)

1975年京都生まれ。1999年大学卒業後、PHP研究所に入社。単行本の編集者となる。2003年退社後、東欧などを旅する。同年10月、別の出版社で編集活動を再開。2006年10月株式会社ミシマ社を単身設立。「原点回帰」の出版社を標榜し、編集・営業・仕掛け屋などチームの枠を超え、「出版は全身運動である」という思いのもと、日々、奔走中。
「ミシマ社のblog」もがんばって書いてます。

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