ミシマ社の話

第40回 自分という邪魔者(1)

2012.03.30更新

「他人と比べてはいけません。問題は自分自身です。自分自身をいかに高めるかです」
人はこういうし、ときどき自分でも他者にこんなことを語っているときがある。

わかっている。頭では十分わかっている。
仕事も人生も何事も、競争ではない。
他者と競争しているかぎり永久に、競争地獄という名の蟻地獄から抜け出られない。

――誰かに勝った。しかし、その瞬間から誰かに抜かれる心配が始まる。と思う間に、抜いたはずの相手に抜かれる。それどころか、ずっと後ろにいたはずの者にまで抜かれる。くそっ! そんなはずはない! 俺のほうが年齢も上だし、キャリアも上。なのに、どうしてあいつに。しかも、評価もやつのほうが上だなんて!?――

こんな問いをたてたが最後・・・。とは言わないまでも、この蟻地獄に一度陥ると、しばらく、もしくは長期にわたって、苦しい日々がつづくだろう。
他者に打ち負かされる、あるい他者より優位に立っている。この二者択一の相対的な関係のなかからしか自分を保てない。しかも、この関係は常に流動的。他者より優位に立った、という自信は、一瞬にして崩壊してしまう虚構の土台の上にしかない。
とすれば、永久に自分という存在は不安のままだ。
この蟻地獄を「自分地獄」とぼくは呼んでいる。

わかっている。そうはわかっているつもりだが、当の自分も例外ではない。
たとえば、ミシマ社とさして変わらない規模の出版社からベストセラーが出たとき。
「うわー、すごいなぁ」と嬉しくなりつつも、気持ちの片隅では、「どうして自社からは出ないの?」と、全体の気持ちの1%ほどは悔しさを感じている。確実に。
まして、仕事以外のところでは、そういう悔しさはしょっちゅうだ。
合気道では入門して三年たつものの後輩たちがぼくをおいて、次々に昇級・昇段していく。
まるで、「動く座禅」と言われる合気道にあって、ひとり「動かざる座禅」をしているように一点に鎮座している。もとより涅槃に至ることのない似非座禅である。
最近でこそ、いちいち動揺しなくなったが、それは抜かれることに慣れたからかもしれない。だが当初、その事態を受け入れるのを拒否しようとする自分がいた。
どうして自分より先に??
と。

なんとも情けない話である。
考えてみれば、というより、考えるまでもなく、実際は当然の結果にすぎない。
入門はしたものの、稽古にも行けてないし、怪我で長期離脱したときもあった。
それに、明らかに熱心さが違う。結局は、取り組む姿勢が違うから、稽古数もちがって来たのだろう。
そういう「事実」を棚にあげ、「どうして自分じゃなく?」と思うなんて、理不尽きわまりない。いいがかり、といってもいい。
では、なぜときに人は「いいがかり」をつける存在であるのか。
なんてふうに大上段に出るつもりはない。ただ、いいがかりをつけんとする自分はどうして生まれるのか、その理由をちゃんと把握しておくことは大切であろう。

簡単なことだ。
すでに、上で書いているとおり、「事実」を直視してなかったということである。
つまりは、客観視できていなかった(本当は直視したくなかった)、そういうことに尽きる。
「自分を客観視できない人はダメでしょ」
尾原さんが『逆行』制作時、ぼくたちに語った言葉だが、その通りだと思う。
自分を見ずして他人を語ることなかれ、だ。

が。
ここまで読まれて、「ちょっと、矛盾してんじゃないの?」と思われたかたもいるにちがいない。

というのも、本稿の冒頭はこの一文で始まった。
「他人と比べてはいけません」
にもかかわらず、自分を客観視することが大事、というひとつの結論を提示した。
これって、やはり矛盾では?

たしかに、野球選手に対し、こう言っているようなものだろう。
「ピッチャーの投げる、ボール(の球種やスピードばかり)を気にしてはいけません。けれど、ボールをしっかりと見極めなければいけません」
おいおい、どっちだよ。
ボールを見なくていいのか、それともしっかり見たほうがいいのか?
いったいどっち!?
苛立ちとともに、そう言いたくなるのもごもっとも。
けど、それでいいのだ。
というか、そういう言い方しかできない。
なぜなら。

現実は矛盾を包摂する形で進行する。

そういうことだから。

ともっともらしいことを述べたところで、視点を変えてみたい。
「他人と比べてはいけません」
この目的をいったん崩して考えてみようと思う。手始めとして、こんなふうに。
「他人と比べよう」

あら。文字面だけみると、身も蓋もないセリフですね。自分の感覚がはっきりと「ノー」と言ってくる。

実際、身も蓋もないのだと思う。だから、結論としては、「他人と比べてはいけません」。となるのだろうが、いったん、「他人と比べること」の効用を見てみたい。
ちょっと辛抱していただきたい。

あの人よりうまくなりたい!
こう思う気持ちはけっして悪いものではないだろう。
特に、最初の段階、その道の初心者であるときは、ある程度有効であるとも思う。
そのとき重要なのは、その「あの人」が誰であるかということだ。
会社でいえば、一番よくないのが、同期(や同世代)との比較ってやつだ。
「あいつ、営業成績、俺の倍いってるよ」と打ちひしがれるほうも情けないが、「ふっ、今月も俺のほうが上だよ」と同期よりも自分のほうが優秀だと鼻を高くする男はもっとたちが悪い。なぜたちが悪いかはここでは言わない。
「やな奴」を分析するだけで「やな気分」になるから。

以下、自身をふりかえって考えてみたい。
おそらく、これから述べるほとんどは、古今の書籍を開けばすでに書いてあることばかりかもしれない。だが、たとえ結論が同じであっても、いや、同じであるからこそ、自身の経験を通して得た言葉でなければいけないと思う。なぜなら、そうでないと言葉に血が通わないからだ。血が通わない言葉は、生きた言葉とはいえまい。生きてない言葉を人前に見せるようなことだけは断じて慎まなければいけない。

話を戻す。

比較すべき対象は、「近くにいる」圧倒的にすごい人にかぎる。とぼくは思う。
――圧倒的にすごいその人と、自分の距離はいかほどか。それが正確にわかれば、自分の位置が見えてくる。自分の位置がわかれば、やるべきことも見えてくる。「空間的な距離は近くにいるから気づかなかったが、仕事という面での距離はあんなに離れている。こりゃ、半端なく努力しないと追いつけないな」というふうになる。そうなれば、おのずと謙虚になる。同期くんと比べ、「俺が上」「俺が下」と思っていること事態がどんぐりの背比べあることが見えてくるからだ。

自分よりも圧倒的にすごい人が見つかったら、その人を師匠と思うのがいいだろう。
ぼくも、編集者になりたての頃、上司のコギタさんを師と仰いだ。彼女が会社を辞めてからは、その対象は、当時一緒に仕事をさせていただいていた糸井重里さんだったり、齋藤孝先生だったりした。
「糸井さんだったら、ここでどんなアイディアを出すだろう」
「齋藤先生だったら、この一時間を3時間分の濃い時間に変えるだろう」
とか。
あらゆる場面で、こうした方々の思考や行動をなぞるようにした。たぶん、そういう時間が、当時の自分をかなり鍛えてくれたと思う。

そうして気づけば、周りの人と自分を比較することがなくなっていた。
近くにいる「圧倒的」な他者を据えることで自分の実力がわかる。そうすることで、すぐ近くにいる他者と比べずにすむ。つまり、自分地獄にはまらないですむ。

こうしてぼくは自由に仕事ができるようになったのでした、パチパチ。

・・・なんてふうになるわけがない。
上記のやり方が決定的な解決策でないことは、すでにおわかりだろう。
このやり方は、暫定措置として有効であるにすぎない。
有効なのは、ある段階まででしかないのだ。

実際、ぼくはその後すごく大きな壁にぶち当たった。

押しても押しても動かぬ壁が目の前にたちはだかったのだ。
その壁は、皮肉なことに、身近な他者という名の壁だった。
そう。
「近くにいる」すごい人を見ることで、「身近な」他者を気にしなくなった。いってみれば、いったん「いない」ことにしていた。 そうして自分の技を磨くことに専念したわけだ。
しかし、自分の技を磨くことだけを許されるような段階は、いいかえれば、いつまでたっても初心者であるということと同義である。
もちろん、「いない」ことにした他者は、実際にいなくなったわけではなかった。便宜上、初心者が上達するための一時的な特別措置にすぎなかったのだ。

身近な他者は、当然のこととして、周りにいた。

ぼくは大きな壁を前にして、途方にくれた。
自分のやり方がまったく通じない。この事実を受け入れることすらできないままに。

次回につづく)

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三島邦弘(みしま・くにひろ)

1975年京都生まれ。1999年大学卒業後、PHP研究所に入社。単行本の編集者となる。2003年退社後、東欧などを旅する。同年10月、別の出版社で編集活動を再開。2006年10月株式会社ミシマ社を単身設立。「原点回帰」の出版社を標榜し、編集・営業・仕掛け屋などチームの枠を超え、「出版は全身運動である」という思いのもと、日々、奔走中。
「ミシマ社のblog」もがんばって書いてます。

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