ミシマ社の話

第41回 自分という邪魔者(2)

2012.05.22更新

前回の最後に、「大きな壁を前にして途方にくれた」と述べた。
それはつまり、「自分の技術を磨けば事足りる」という段階ではなくなったことを意味する。

で、ここであらためて考えてみたい。

自分の技術を磨けば事足りる、
この仮定が成り立つような状況はどういうときだろう?

考えると、それがかなり限定的なものであることに思い至る。
たとえば、個人業として完結する職人さん。それも気心の知れた人たちからの発注しか受けないという類の。
あるいは、前回述べたように、初心者、初級の段階にある者。自分のことだけ考えていればいいという段階、言い換えれば、周りを見る余裕がまだないから、と周りからも大目に見られているときだ。
そして、もうひとつ。
自分と同レベル、もしくは、チームが同じところを目指している人たちだけで組織されたとき。

ただし、三番目に述べたふたつの状況は、似て非なるものである。

というのも、こうも言い換えることができるからだ。
「自分の技術を磨けば事足りるという状況はどんなメンバーで組織が成立しているときか。
それは、エリート集団もしくは、同志たちで組織されたとき」
このように。
もちろん、エリート集団と同志は、同義であるはずもない。

自分と同じレベルで構成された組織というのは、たとえばそれが「優秀」な人たちの集まりで構成されたとすると、それは「エリート集団」となる。
しかし、チームが同じところを目指している人たちで構成されたチームが必ずしもエリート集団にはなるわけではない。そのチームにおける共通点は、「目指すところ」であって「レベル」ではないからだ。
「優秀な人材を確保するため」という言葉をリクルーティングなぞで頻繁に耳にするが、結局は、そのほうが「楽」だからだろう。
優秀な人たちだけで組織されれば、他者の仕事に煩われることなく、自分のことだけ、あるいは(会社であれば)会社のことだけを考えておけば事足りる率が高くなる。
もちろん、こうしたネガティブな理由からだけではない。
実際は、ポジティブな理由で「優秀な人材」は求められている。

たとえば。
150キロのスピードボールを投げるピッチャーがいるとする。彼は本能的に、自身の速球を確実に受け止めてくれるキャッチャーを欲する。のみならず、その球を打ち返す力をもった打者をも求めるだろう。
自身の球がいかほどかを試すために、そしてその結果、より速い球を磨くきっかけを得るためにも。
少しでも高いレベルで戦いたいというのはトップ選手の本能なのだ。
だからといって必ずしも選手の自己満足というわけではない。
あくまでも、選手の本能であると同時に、お客のニーズに反応した結果でもある。高いレベルの試合を見たいというのは客側が欲することでもある。
つまり、レベルを自己満足的に追求した結果、周り(お客さん)もより満足を得る、そういう事態が起こる。

GoogleをはじめとするシリコンバレーのIT企業も、同じ発想をしている。
シリコンバレーの格言に、「Aクラスの人は、Aクラスの人と一緒に仕事をしたがる」というものがあるらしい。梅田望夫さんは、シリコンバレーの重鎮、ウィリアム・ハンブレクトを紹介するなかで、「優秀な連中は優秀な連中と一緒に働くこと以外に耐えられないのだ、というのが彼の経験から来る言葉でした」と述べている(『ウェブ時代5つの定理』文藝春秋)。
事実、その通りなのだろう。
かく言う自分のなかにも、こうした感覚がないわけではない。
同レベルの人たちと仕事をすれば、余計なストレスがかからず、いろんなことがスムーズに進行する。必然、うまくもいくだろう。
いろんなことがうまくいき、いい結果が出れば、当然楽しい。
ひいては、お客さんにもより満足してもらえる「サービス」を提供できる。

だが。
「優秀な連中は優秀な連中としか働かない」という発想にはどうしても違和感を覚えてしまう。
企業である以上、結果は大事だ。
結果が出ない理想など、虚言妄言の類と大差ないとさえ思う。
だけど、だからといって、優秀な人たちとだけ、という発想はいかがなものか、と思ってしまう。
どう思ってしまうかといえば、「そんなの、おもんない!」と思ってしまうのだ。
理由はいくつも考えうる。
仕事はプロスポーツと違う、というのがひとつ。会社を生産だけの場と考えることへの違和感でもある。仕事と生活はそもそも表裏一体。切り離してすすめてきたことで今、いろんな限界やひずみが出てきているのだと思っている。
本稿の論旨に沿えば、このエリート思考は、いつまでたっても、「自分の技術を磨くだけで事足り」てしまう。
つまるところ、究極は他者なしでも成り立つ。
あるいは、他者がいるとしても、競争者であったり、対話ができる「チームメイト」としての他者である。
しかしここでいう他者とは、自分の経験や発想で処理できる範囲を超えたところに存在する者をさす。
そう。
無法者たちがいるかどうか、だ。
無法者とはその名のとおり、ルールが違う、少なくとも自分のルールとはかけはなれた人たちのことであり、ときに「対話」すら成り立たない。
そのような無法者たちが周りにいてこそ、他者との共存は始まるのだ。

長くなったが、前回の最後に私がぶつかった課題にようやくたどり着いた。

計画と無計画のあいだ』に書いたとおり、ミシマ社にはなぜかいつも、無法者たちが跋扈している。なにも創業期だけの現象ではない。いまも似たりよったりである。
つい先ほども休日の誰もいないはずのオフィスに鍵を開けて入ったのだが、トイレの入り口前には、赤色の室内スリッパが脱ぎ捨てられてあった。社員のひとりのものだ。
明らかにそのスリッパの状態からして、なかにまだ人がいる。
でないと、おかしい。
人は用を足したあと、「こんなふうに」スリッパを脱ぎ捨てたままにはしないものだ。
とすると、この脱ぎ捨てられたスリッパが物語るものは、唯一。
「エマージェンシー(緊急事態)」――。
そういうことになるだろう。
スリッパを眺めつつ、しばし待つ。恐る恐る声をかける。
「誰かいるぅ??」
(・・・・)
返事はない。
一歩トイレに近づき、軽くノック。
・・・。物音ひとつしない。
勇気を振りしぼって、扉を開ける。
そろり。
・・・・。
半分わかっていたことだが、ああ、やっぱり。
先に「人は『こんなふうに』スリッパを脱ぎ捨てたりしない」と言ったが、そういう常識が日々覆される。「こんなふうに」脱ぎ捨てたまま、どこかへ行ってしまうことだってある。それがミシマ社なのだ。代表であるぼくでさえ、予想できないことはまだまだ多い。

こういうメンバーと、日々仕事をするわけだ。

当然、自分の技術を磨いていればいいというのでは済まされない。
それじゃ、会社というひとつのチームのなかで運営する意味がなくなる。
押しても押しても動かぬ壁。身近な他者という名の壁をどう乗り越えるか。
それは、編集者としての腕を磨くというだけでは、解決不能な課題であった。

この課題を克服するにはどうすればいいか。
結局のところ、ふたつの選択肢しかないことに思い至った。

壁そのものをなくす。
あるいは、壁を包み込むほどに自分のキャパを広げる。
そのどちらかしかなさそうだ。
そう痛感した。

いずれにせよ、どちらの場合も自分が邪魔になる。

壁をなくすもっとも有効なやり方は、自分自身をなくすこと。これは間違いないだろう。
自分がなくなれば、壁が壁として機能しなくなる。
まるで透明人間のように行き来ができるようになるだろうから。

あるいは、壁をも飲み込むほど自分のキャパを大きくする。
そうなるには、またしても自分が邪魔になる。
自分の現状のキャパを大幅に超えるには、いったん、「自分」そのものをないことにできないかぎり、大きく広げられないのではないだろうか。

どちらにしても自分はないほうがいい。

では、それはどうすれば自分をなくせるか。
実用書ふうにいえば、「自分をなくす方法」とは――。

もちろん、わかっているわけではない。
わかっていれば、たぶん、ミシマ社はとっくにこんな「へなちょこ」な会社ではなくなっているだろう。
ちなみに、『超訳 古事記』の鎌田東二先生は、バクテンを毎週しているそうだ。
宙を一回転することで、文字通り、まっしろになるらしい。
さすがは鎌田先生・・・けれど、そうそう凡人には真似できぬ技であろう。

そんな大技は無理とすれば、第一段階としてこんなところから始めてはどうか、というアイディアをミシマ社内限定ではあるが、思いついた。

ミシマ社メンバーの場合、ミシマ社Tシャツを着る。

実はこれはけっこう有効だと思う。
面白いことに、この5年間、どのメンバーであれ、ミシマ社Tシャツを着ているとき、それぞれにおけるもっとも高いパフォーマンスを発揮している。
ほんとうに。
なにか、ふっきれたような大胆で、きれのいい動きを見せるのだ。

ほっこりキャラのミシマ社ロゴが前面に出ることで、暫定的に「自分」でなくなっているのかもしれない。
あるいは、ミシマ社Tシャツが、自分のキャパを超えさせ、会社のキャパをもたせているのかもしれない。

ミシマ社メンバー全員に効くのだから、このTシャツには「何か」があるのかも。

というわけで、「ミシマ社Tシャツ」はこちらからお買い求めできます(笑)。
というオチはあまりにアコギですよね。すみません。

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三島邦弘(みしま・くにひろ)

1975年京都生まれ。1999年大学卒業後、PHP研究所に入社。単行本の編集者となる。2003年退社後、東欧などを旅する。同年10月、別の出版社で編集活動を再開。2006年10月株式会社ミシマ社を単身設立。「原点回帰」の出版社を標榜し、編集・営業・仕掛け屋などチームの枠を超え、「出版は全身運動である」という思いのもと、日々、奔走中。
「ミシマ社のblog」もがんばって書いてます。

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