ミシマ社の話

前回、「あいだ世代」という言葉を使って、これからのメディアのあり方は自分たち世代が担っているというお話をしました。
簡単におさらいしますと――。
「バブル・猛烈・ハイテク」な40歳代と、「低成長・ゆとり・ネット」が当たり前の20代半ば前後世代の「あいだ」にあたるのが、「あいだ世代」。その「あいだ世代」は、これまで「ロスジェネ」「フリーター世代」「漂流世代」などの負のレッテルを貼られがちだった。しかし、実体はさにあらず。これまでメディアを通して肥大化した「一部」とは違う側面に光を当てる。メディアに属するひとりとして、現在の世代論とメディア論の両方に広がる違和感を引き受け、実体に近づく。まずはそこから始め、メディア本来の役割を取り戻していきたい。

・・・と、なんだか宣言みたいな文になりましたが、ざっくりいえばこういうことを述べました。
で、今回は、その「実体」のところに迫っていきたいと思います。
そうすることで、あいだ世代には何ができるか、どういう可能性があるのか、がおぼろげにもわかってくる。そんな期待を寄せつつ。

第44回 1975の人々~「あいだ世代」の実体を探る

2012.11.01更新

いきなりですが、下記をご覧くださいませ。

①2006年の言葉
「出版社でものづくりをやっている会社は何社いるんですかっていっても、ほとんどない。」
「本人がもうかるかどうかじゃなくって、社会に対してプラスを提供したのとマイナスを取った差が利益だと思うんですよ。それが会社の存在価値で、その最大化をやるべきであって、手元のキャッシュを最大化したって、別に100年後に何の評価もされないですよね。で、マイナスは何だって思うと、今は電気」

②2007年の言葉
「爾来、内田氏を師と仰ぎ、手前勝手に先生と呼ばせていただいて今日に至るわけですけれど、先生を知る前までの僕は頭でっかちの口達者な編集者だったように思います」

③2010年の言葉
『出版メディアについて勉強したいのですが、まず何を読めばいいですか?』と質問されたら、答えに窮し、あれこれ逡巡しながら結局・・・。
出版の内側から、なるべくニュートラルに、そして平明に、その魅力、楽しさ、ときには凛とした厳しさを、しかも一人称で伝える本がそろそろあってもよいのではと思いこのような形にまとめることが出来ました」

④2011年の言葉
「いまの本は本質的な部分に向かってないものが圧倒的に多い。単にその商品の良さを素直に伝えるのではなく、他のまったく違うアイディアを持ってきて、その商品を持ち上げようとしていることが多い。あとは、その商品を過剰に良く見せるために煽りまくっている・・・それをくりかえせば誰もモノに対して信頼しなくなるし、どんどん次のものと入れ替わっていくだけで無駄な生産をくりかえし、本当に良いモノかどうかもわからなくなってしまう」

⑤2011年の言葉
「近年、過剰に『わかりやすさ』というものが求められている。・・・しかし、踏みとどまって問い直したい。『わかりやすさ』は『単純化』なのかということを。・・・『わかりやすさ』とは、丁寧に事実を積み重ね、複雑な事象をじっくりと解きほぐすところからしか生まれない」


ミシマ社のことをご存じの方や拙著『計画の無計画のあいだ』を読んでくださった方は、ピンと来られたかもしれません。

「こいつ、時系列で自分の発言を並べやがったな」

たしかに、おっしゃる通り。
へんな言い方ですが、私もそう思います(笑)。
①の発言をした2006年はミシマ社創業の年で、創業直前の「意気込み」そのもの。
③は、2011年刊行の拙著『計画と無計画のあいだ』を書く前の執筆動機について語ったもの。
④は、ミシマ社が掲げる「原点回帰の出版社」に関して説明を。
⑤は、前回からまさに問題にしている「メディア」についてのコメント・・・。

と言えるでしょう。
ここに並べた発言、文章は私自身の考えといってまったくさしつかえありません。
が、ただし。
私の考えといってもいいのですが、けっして、私の書いたものや、私が述べたものではありません。
すべて、他人の著書からの引用です。
それも私と同年(1975年)に生まれた人たちの言葉。
上記の太字箇所を、自身が身をおく世界のタームに変えたにすぎません。

たとえば、①の太字「出版社」は、原文では「ネット」。
②の「編集者」は「ラガーマン」、③の「出版メディア」と「出版」はそれぞれ「お茶」と「茶の湯」、④の「本」は「デザイン」に置き換えると原文そのままになります。
それぞれの発言者と引用した著書を原文とともに並べてみますと――

① はてな代表・近藤淳也さん『「へんな会社」のつくり方』(2006年2月刊)より

「『ものづくり』ですよ、はてながやることは。・・・じゃあ、ネットでものづくりをやっている会社は何社いるんですかっていっても、ほとんどない。そういうところを伸ばしたいし、日本から出て行って海外でつくることもやりたい」(p163)
「本人がもうかるかどうかじゃなくって、社会に対してプラスを提供したのとマイナスを取った差が利益だと思うんですよ。それが会社の存在価値で、その最大化をやるべきであって、手元のキャッシュを最大化したって、別に100年後に何の評価もされないですよね。で、マイナスは何だって思うと、今は電気」(p170)

② 平尾剛さん『合気道とラグビーを貫くもの』(内田樹氏との共著、2007年9月刊)

「爾来、内田氏を師と仰ぎ、手前勝手に先生と呼ばせていただいて今日に至るわけですけれど、先生を知る前までの僕は頭でっかちの口達者なラガーマンだったように思います」(あとがきより)

③ 千宗屋さん『茶 利休と今をつなぐ』(2010年11月刊)

「『お茶について勉強したいのですが、まず何を読めばいいですか?』と質問されたら、答えに窮し、あれこれ逡巡しながら結局、岡倉天心の『茶の本』と答えるのが常でした。・・・百年以上経ってなお、茶の湯の外どころか、日本の外から、しかも元々は英文で欧米人に向けて発信された本しか紹介できない現状に内心忸怩たるものがありました。
もちろんお手に取ってくださった本書が、これから『茶の本』にとって代わるものだなどという大それた気持ちは毛頭ありません。ただ、茶の湯の内側から、なるべくニュートラルに、そして平明に、お茶の魅力、楽しさ、ときには凛とした厳しさを、しかも一人称で伝える本がそろそろあってもよいのではと思い、今回ご縁を頂いてこのような形にまとめることが出来ました」(あとがきより)

④ 尾原史和さん『逆行』(2011年1月刊)

「いまのデザインは本質的な部分に向かってないものが圧倒的に多い。単にその商品の良さを素直に伝えるのではなく、他のまったく違うアイディアを持ってきて、その商品を持ち上げようとしていることが多い。あとは、その商品を過剰に良く見せるために煽りまくっている・・・。それをくりかえせば誰もモノに対して信頼しなくなるし、どんどん次のものと入れ替わっていくだけで無駄な生産をくりかえし、本当に良いモノかどうかもわからなくなってしまう。」(p148-149)

⑤ 中島岳志さん『秋葉原事件 加藤智大の軌跡』(2011年3月)

これは「あとがき」の原文ママ(あとがきより)です。


とまあ、私自身、大いに驚いたわけです。
以前からここに挙げた方々は尊敬していましたし、大いに共感も寄せておりました。
とはいえ、ここまで自分と考えが同じとは・・・。というより、無意識のうちにこれほど影響を受けていたとは・・・。

同時に、もうひとつの驚きを感じずにはいられません。
それはこういうことです。
ネット、スポーツ(教育)、茶道、デザイン、学問・ジャーナリズム・・・それぞれまったく違う分野を職業としながらも、同時代を生きる人たちの言葉がこれほど通底しているなんて、と。
おそらく、私が自分の発言のことのように上記の言葉をとらえたように、引用させていただいた各人も同じ感想を抱くのではないでしょうか。

このことはとりもなおさず、「今を生きる」ということの根っこは同じであることの証し(と私は受け取りました)。現象面では、いろんな物事が細分化、分断化されているかのごとく映るものの、根の部分ではつながっている。裏を返せば、その根本、つまり普遍的なところでつながっていないことには、どうにもこうにも立ち行かない。現代に向き合い、今を新たな生命力をもちあわせた形で歩んでいこうというとき、一度、「これまで」とは訣別せざるをえない。
記号的なるもの、消費社会、大量生産、身体性なきもの、わかりやすさ、単純化したもの・・・
このような「これまで」価値とされてきたものと一線を画す。
そして、より「本質」へ。
各発言に共通しているのは、このような精神といえます。

では、なぜこうした発想になるのか。というと、皆どこかしら遠くを見ている人たちだからではないでしょうか。

「手元のキャッシュを最大化したって、別に100年後に何の評価もされないですよね。で、マイナスは何だって思うと、今は電気」
と2006年時点で言ってのけた近藤さんは、この発言の前にこうも述べています。「会社をやっていて、罪悪感が唯一あるのはバカみたいに電気を使っていること」で、自力調達したい、と。
「別に風じゃなくてもいいんですよ。太陽光でもいいし。地球外太陽光っていうのが一番いいと思う」

元ラガーマンの平尾さんのことを、共著者である内田樹先生は同著の「はじめに」でこう書かれました。

「わたし自身がそうであったような「自分には身体能力がない」と思い込まされている子どもたちに、彼らが蔵している可能性がどれほど豊かなものかを気づかせることが私の夢です。日本の子どもたちすべてが自分が「身体を有していること」それ自体を快楽として享受できるような教育プログラムを作り上げたい、というわたしの(法外な)志を平尾剛さんが必ずや引き継いで、さらに豊かに展開してくれるだろうと、わたしは信じています。」(p7ー8)

千さんは、「(岡倉)天心は、茶の湯そのものを『茶の本』で語ろうとはしていない・・・百年以上経ってなお、茶の湯の外どころか、日本の外から、しかも元々は英文で欧米人に向けて発信された本しか紹介できない現状にいつも内心忸怩たるものがありました」とも、先の引用中に書いています。

尾原さんほど、この例で象徴的な人はいないかもしれません。

「会いたい人はダ・ヴィンチとガリレオだ。 本当に会いたいねえ。タイムマシンでもあれば飛んでくよ」(『逆行』より)


現在という時点に生を享け、現在というときを生きながら、思考は常に現在に流されない。ひとりの人間が自由自在に飛行することができる時空間はおそらく無限。現にダ・ヴィンチやガリレオは当時の人々とまったく異なる次元の時空間を旅していたはず。そのことを全身で感じ、自身もその広大な時空間を目一杯に飛び回ることをやめようとしない。また、そのために必要な胆力と柔軟性をけっして失わない。

尾原さんはじめ、これまで取り上げてきた方々に共通して感じるのは、このようなスケールの大きさです。自分の現在地点を俯瞰的に見つつも、歴史上の人物と対峙している。
とはいえ、けっして「時代をつくってやろう」といった野心ではありません。また、「これが正しいことだから」という正義感でもない。もちろんそうした要素はあるものの、「こうするほうが面白そうだから」という純粋な好奇心や、誰に頼まれたわけでもないのに「やらねば」という根拠なき使命感が先に立っているような気がします。
その結果、遠くを見るほかなくなる。
むろん、だからといって、観念的で、無鉄砲なわけでもない。
逆に、本質であれ、原点であれ、そういう目に見えないようなものを信じ、そこに全身全霊で向かおうとするとき、その言葉には人を揺さぶる熱量が生じ、そこに必ず血が通う。
上記にあげた方々はみな実践者であり、その言葉には概念的なものを超えた体温を感じます。

あえていえば、以上述べたような特徴は「あいだ世代」の特徴でもあるといっていいのかもしれません(これを「1975」と表現してしまうと、それこそ記号的になり、矛盾してしまいます)。

1975的なるものは、より本質的でありたい、ということの裏返しで、その必然として常に「わかりにくさ」を伴うものでもあります(⑤の中島先生の引用の通り)。
「わかりにくい」けど、直感的にこうなのだ。
「わかってもらえない」かもしれないけど、自分が信じるところを進むのだ。
そういう傾向が今回とりあげた人たちを筆頭に、これまでメディアが取りこぼした「あいだ世代」の実体として挙げられると思います。

ともあれ、今回私はほとんど自説を述べておりません。
いや、正確に言えば、自説を引用という形で、同じ1975年生まれの方々に代弁いただきました。

奇しくも、最後に引用した中島岳志先生から先日うかがったお話を思い出すことになりました。
「親鸞の『教行信証』、小林秀雄の『本居宣長』など、膨大な引用によって本ができているのは、そういう形でしか何かを伝えることは叶わないことを、二人とも知っていたからだろう」
こういった主旨のお話をうかがいましたが、そのことを今回痛感した次第です。


引用でしか伝えられない――
これまでメディアで取り上げられることのなかった、今回述べたような「あいだ世代」の実体――

これからのメディアを考えていくヒントはここに潜んでいるように感じています。
次回、いよいよ「あいだ世代のメディア論」を締めくくりへ向かいます(がんばるぞ!)

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三島邦弘(みしま・くにひろ)

1975年京都生まれ。1999年大学卒業後、PHP研究所に入社。単行本の編集者となる。2003年退社後、東欧などを旅する。同年10月、別の出版社で編集活動を再開。2006年10月株式会社ミシマ社を単身設立。「原点回帰」の出版社を標榜し、編集・営業・仕掛け屋などチームの枠を超え、「出版は全身運動である」という思いのもと、日々、奔走中。
「ミシマ社のblog」もがんばって書いてます。

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