ミシマ社の話

前々回前回とつづいた「あいだ世代のメディア論」は次回以降に。今回は、数週間前に私をおそった強烈な感覚に基づく実感を記しました)

第45回 いま、地方で働くということ

2012.12.03更新

京都の城陽市に引っ越して来てはや半年が経ちます。
これまで、自身の引っ越しのことは大々的には言ってきてません。私自身が引っ越してきたことを公に自身が書き記すのは(イベントなどで言うことはありましたが)、今日が初めてです。

東京・自由が丘と京都・城陽の二拠点体制はすでに去年(2011)の4月から始まっていたことなので、仕事の中身自体は大きく変わらないと考えていたからです。
しかし、半年経ったいま、その考えを否が応にも、大きくあらためなければならない。そのことを痛感しております。

場所が変われば、仕事のやり方も変わる。たとえ仕事の中身が大きく変化することはなくとも、そのやり方・進め方はまったく違う。同じサッカーでも、イギリスとスペインとイタリアとドイツのリーグで全然違うようなもので。まして南米とヨーロッパでは別の競技じゃないかというほどに異なりますよね。
もちろんどちらが優れていて、どちらが悪いという比較はできません。ただ、違うという事実は明らかです。

では、具体的にどう違うの、と問われると、たいへん難しいのですが・・・。
イタリアが守備的でドイツが組織的、というふうな単純化で語ることはできないように感じています。仮に、東京と関西で、そういう表面的な仕事の違いがあるとしても、その底面にある気質のようなものが、根本的に違う。そのように感じています。
それと、その気質の違いを言語化するには、現時点での私の力量をはるかに超えているのも事実です。ので、ここではあくまでも、個人的な体験にもとづく実感を述べるにとどめます。

大学を卒業するまで私は京都の市内で育ってきました。つまり、三方を山に囲まれた土地ゆえ、徒歩であれ、自転車であれ、外を歩けば必ず山が見える。そんな環境でした。
東京に出たのは出版社で働き出してからです。その意味でも、東京は私にとって徹頭徹尾、「働く」街でした。そこに「生活」が介在する余地はほとんどありませんでした。

知り合いも友人もほぼ皆無の地で、自分がこの土地につながる唯一の方法が「働く」こと。見渡せどビルばかりの土地で、私は「働くこと=生きること」という図式のなかで突っ走りつづけました。走りをやめれば、ジ・エンド。そんな恐怖感、誰に言われたわけでもない恐怖感を振り払うかのように、突っ走りつづけていました。消費社会の集積地とも言われる東京で、まさに自身をすり減らしながら。すり減らし、すり減らし、消耗し・・・そのたび何度でも這い上がり。そういう日々を10年も送るうちに、やがて、少々のことでは負けない強さが身についていったように思います。
言い換えれば、戦う身体になっていった。そうも言えるでしょう。
わずかの時間ができれば、すぐさま動く。生産的な活動へと身体が勝手にうごく。
まるでマシーンのように、動く。

会社をつくってからは、その動きに拍車がかかりました。実際的な余裕のなさからも、暇を一切つくることなく、ひたすら回転する日々を送るのが常態化していきました。
寸暇を惜しんで働く、というよりかは、寸暇があるのを恐れる。つくろうと思えばつくれるはずの寸暇を自ら潰していっていたのだと思います。

そんな時間を来る日も来る日も積み重ねるうちに、仕事をしている時間が自分にとってもっとも「楽」な状態になっていきました。逆に、そうしていないと落ち着かないという・・・。
しかし私が身につけてきた「仕事の身体」は、あくまでも「仕事の一面」にすぎなかった。
同じように「仕事」という言葉を使っても、こちら(関西)に越してきて半年たった今わたしが感じている仕事はどうやら「これまで」と大きく違う。
この地で自分に求められている仕事は、どうやらまったく違うものなのではないか?
そんな無言の声に身体が反応し出しています。

たとえば、東京・自由が丘の地で興したミシマ社という出版社は、創業時から「100年続いて初めて一人前」、「本に<賞味期限>などない。だから絶版はしない」といった方針を打ち出してきています。だが、この地に来てみると、「そんなん当たり前やん」にすぎません。むろん、誰かに言われたわけではない。それは、東京に行った当初、「走りつづけろ」と誰に言われたわけでもないのと同様です。ただ、わたしがそう感じているだけのことです。

ですが、そう感じている以上、その声を無視するわけにはいきません。
なぜなら、その声を無視するときは、現役を引退するとき、そのときを置いてほかにはありませんから。
結果――。
この数週間というもの私は、自身の身が強烈に引き裂かれるような感覚に襲われているのです。

「これまでのやり方だけではいけないのですよ」
「これまでとまったく違う軸を持ちなさい」

この命題に挑むべきは、頭では十二分にわかっていても、身体レベルに落とし込むには実践がまったく足りていない。
したがって、無意識のうちに、すぐ「これまで」のやり方に戻ろうとする自分がひょこっと頭をもたげてくる。
それは、なんというか、地震という悲しい出来事を経てなお、昔ながらのやり方に、まるで何事もなかったかのように戻ろうとするこの国そのもののようでもある。そう思うとわが身ながら実に悲しくもなります。

いずれにせよ、上記の絶対的命題に対して、解を持ちあわせていない。
そのことをまずは受け入れ、「これまで」と違う流れを自身のなかに持たねばならない。
そのためには、膨大な時間と体力を要する。
当然のこととして。
ただ、その「当然」がなかなかにむずかしいのです。

一言でいえば、弱い。
かつて「少々のことでは負けない」と思って身につけた「強さ」は、動きつづける状態においてこそその効力を発揮した。
「ビジネス」と総称される以外のもの、金銭に還元しえないもの、生きる上で避けて通れないありとあらゆるもの・・・そうしたもろもろに対し、立ち止まり、向き合い、受け止め、練り上げ、深める。こうした行為において有効な強さではなかった。
そういうことなのでしょう。

7月5日に私はこんなメモ書きをしていました。

「私自身、東京という場を「主戦場」にしてきました。主戦場という言葉に象徴されるように、そこは明らかに戦いの場所でした。
戦いの種類を、戦いのレイアーを変えていく必要がきている。
その具体像はまだ自分にはわかりません。
そこで息をすることで、少しずつ感知していき、体感レベルを高めていきたいです。」

こちらに来てすぐにわかっていたのです。少なくとも、数カ月経った7月の時点では気づいていたわけです。
しかし、それから4カ月経ったいまも、「グズグズ」している自分がいます。
それでも変わることができないでいる私――。
これが自分という人間なのだということを痛感しました。
とはいえ、ひとつだけ7月時点と違うところがあります。
7月の時点では、「戦いのレイアーを変えていく必要がある」と書いていますが、「戦いの」は不要でレイアーそのもの、つまり別の次元を持ち合わさなければいけない。そう実感するようになりました。

それは先にも述べた、「ビジネス」と総称される以外のもの、金銭に還元しえないもの、生きる上で避けて通れないありとあらゆるもの・・・ということですが、その奥にはもっと深い問いがあるような気がしています。
しいていえば、こんな感じでしょうか。
大切な人といるときにさえふと首をもたげてくる絶対的な不安。

そうした不安といかに向き合い、共存するか。不安を無視するのでもなく、いったん見ないことにして過剰に動くのでもなく、その不安を抱えつつ、他者と豊かな関係を築いていく。
これは、経済至上主義一辺倒の経済行為だけではけっして解決しえない世界に軸足を置いていないと不可能な行為です。
つまり、地方で働くということは、この問いと切っても切り離せない。

・・・・・・。
ううん、いや、今気づたのですが、これは何も空間的な「地方」にかぎった話ではないはずです。東京にいてさえ、同じ問いに直面できるのは当たり前のことです。

とすると、私のばあい、地方に来て初めて、見ないで済んでいた問いと向き合わざるをえなくなった。それだけのことで、ここでいう「地方」は「やり方」を指すと捉えるほうがいいかもしれません。

いずれせによ、いま地方で働くということは、ビジネス的経済価値だけでは語りえない軸、損得では判断できない軸、消費社会とはまったく違う軸、それはとりもなおさず(おそらく)より本質的な経済活動の軸、をわが身に持つことを否が応でも要求してきます。

で、ここでいっきに現時点での確信へと飛躍します。

創業時より「ほがらかな出版社」と掲げて活動していますが、まずは、もっともっと、ほがらかに進もう。それ以外に方途はない。そう思っています。
根拠はありません。
ただ、こうすることは「これまで」を踏襲するという意味ではなく、より本質に、より原点に立ち返る行為だと直感しています。
対立軸に置かれがちな二者の両方を包み込むような形で、共存する。
その新たな道へと、ほがらかに歩を進めていこうと思うのです。

というわけでミシマ社は――。

これからますます「ほがらかな出版社」を目指します!

(2012年11月7日~15日に記す)

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三島邦弘(みしま・くにひろ)

1975年京都生まれ。1999年大学卒業後、PHP研究所に入社。単行本の編集者となる。2003年退社後、東欧などを旅する。同年10月、別の出版社で編集活動を再開。2006年10月株式会社ミシマ社を単身設立。「原点回帰」の出版社を標榜し、編集・営業・仕掛け屋などチームの枠を超え、「出版は全身運動である」という思いのもと、日々、奔走中。
「ミシマ社のblog」もがんばって書いてます。

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