ミシマ社の話

第48回 あいだ人の危機

2013.08.01更新

 先日、15年ぶりに小豆島に行きました。新岡山港からフェリーに乗って1時間半。小豆島南西に位置する土庄(とのしょう)港に着きました。
 絵本『はやくはやくっていわないで』の原画展&ワークショップがあったのですが、絵本の絵を担当された平澤一平さんは、その日、高松からフェリーで土庄まで来られました。土庄には、豊島や直島など、近在する島々からも定期便が出ているようです。
 イベントには、知人が高松からフェリーで駆けつけてもくれました。ちなみに、主催者の一人であるサウダージブックスの浅野さんは、毎日、豊島から小豆島へ「通勤」しているとのことでした。
 フェリーは、島と島をつなぐ「足」であり、「情報」であり、「橋」でもありました。
 それなくしては、出会いも交流も生活の多様性も生まれない。
 それほどに重要な役割を、フェリーは担っているのを痛感しました。

 土庄には、誰が名付けたのかは知りませんが、「エンジェルロード」と呼ばれる「道」があります。道といっても、常に見えるわけではありません。
 それは、土庄町と小島を結ぶ砂の道。干潮時のみに現れる、砂の道なのです。
 私が行った日は、18時ごろ、ちょうど小島と本島とが、砂でつながっていました。多くの観光客が、その上を歩いて、小島へ渡ってました。
 翌日、16時半くらいに行くと、まだ完全には道になっておらず、海がふたつを隔てていました。なかには、膝上まで浸かりながら、小島まで歩いている人たちもいましたが。

 このエンジェルロードは、ひじょうに象徴的です。
 前回、誰もが「あいだ人」ではないか、と申しましたが、フェリーやエンジェルロードのような役割を担っていない人はいないように思います。

 その人がいるからこそ、何かと何かが、結びつく。

 営業職や編集の仕事は、もちろんそうです。
 何かを売る人たちは、むろん、全員です。
 ものをつくる人たちも、アイディア(あるいは、大自然)と形ある「もの」をつなぐ人々、というふうにも言い換えられます。
 政治家は民衆と現実を、アイドルはファンと夢(?)を、読者は作家とコンテンツを、もしくはコンテンツと現実を。赤ん坊は父と母を、家族と家族を・・・。そういうふうに、誰もが何かと何かを「媒介」している存在のはずです。
 それを、勝手に「あいだ人」と呼んでみたわけです。

 しかし、「あいだ人」が危機を迎えているようにも、感じることがあります。
 危機?
 そうなんです、本当に誰もが「あいだ人」であるのなら、それぞれの場でそれぞれが「あいだ」であってこそ、いろんなことが循環する。ところが、「あいだ」であることをやめてしまったら、つながるべきものも、つながらなくなる。
 滞りが生じるわけです。

 では、「あいだ人」であることをやめると、人は何になるのでしょう?
 最近では、「消費者」になることが多いのかもしれません。
 けど、たまに、というよりかは頻繁に、「神様」になるようです。
 絶対不可侵、絶対善の存在に。

 そのような、「あいだ人」であることをやめてしまった人々に、ときどき出会います。
 もちろん、ごくごく稀ですが、本屋さんでも。

 本屋さんは、本来、もっとも「あいだ人」でなければいけない存在のはずです。
 読者と本を媒介する、もっとも大きな存在ですから。
 橋でたとえると、ゴールデンゲートブリッジ級でしょう。
 本屋さんにおける「橋」とは、言うまでもなく、本と読者が行き来する「あいだ」です。
 その「あいだ」があることで、とてつもない出会いが、日々生まれているのです。

 ところが、橋をあげてしまったようなお店が、ごくたまにあるように思います。
 あがったままのロンドン橋。
 とでもいいましょうか。
 橋がかかっておらず、誰も渡ることができない。
 渡るときは、許可証がいる。
 橋が気にいった人のみ、通ることができる。
 ・・・そんな威丈高で、排他的な橋です。

 けれど、橋ってそういうものでしょうか?
 橋は、通行するひとやモノを選べるのでしょうか?
 (もしそうなら、ずいぶん移動が制限されますね。僕は小豆島に行けてなかったかもしれません)
 もちろん、なんでもかんでも通行させることはできません。
 物理的に不可能です。
 フェリーに乗船制限があるように、エンジェルロードの砂の道に数百人が押し寄せても歩けないように。
 しかし、物理的不可能と、選択的排除とは、まったく別次元のことです。
 選択的排除は、当然、意思をもって行われるわけです。
 「神様」の意思をもって。

 具体的にどういうことかといいますと、「いい本しか置きません」「いい読者しか要りません」といったようなことを平気でおっしゃる本屋さん。
 僕は、いつも違和感をおぼえるのです。
 「いい本」「いい読者」といいますが、「いい」ってそんなに固定的なものなんでしょうか? と。

 「いい本」といっても、その人にとって「いい」本でしかないはずです。
 そのいい本は、ある人にとっては、さしていい本でない。逆に、ある人にとって全然「いい本」でない本が、別の人にはとてつもなく「いい本」である。そんなことは、多々あります。

 むしろ、本というのは、そうした世界の多様性・多面性を「一冊」に詰め込んだものたちのはず。
 どれだけ単純化したことがテレビで放映されても、たとえ学校の先生が理不尽なことを言っても、本の世界だけは自分を支えてくれる。そこに行けば、自分は救われる。
 本とは、「いい」「悪い」の二者択一から離れた、もっと豊かな世界を体現したものだと僕は思います。
 『超訳 古事記』の著者・鎌田東二先生は、あとがきで『古事記』との出会いをこう綴ってます。

 「長い間『古事記』は、わたしにとって、救いの書でした。何をおおげさな、と思われるかもしれませんが、ほんと、です。(略)小さい頃から、「オニを見た」とかと言って、家族や周りのものをとても困らせ、変な奴だと思われてました。(略)十歳のとき、小学校の図書館で何気なく手に取った本が、少年少女用に書かれた『古事記』でした。その第一行目を読んだ瞬間から、磁石のような力に引き込まれ、無我夢中になって、ページを繰るのがもどかしいほど熱中して読み進めました。」

 こういう出会いをつなぐのが、本屋さんやわたしたちはじめ、「あいだ人」の役割です。
 自分ひとりの「いい・わるい」の基準で、橋を狭くしたり、橋を上げたりするのは、どうかと思うのは、そういう理由です。

 先日、恵文社バンビオ店で、恵文社一乗寺店の店長・堀部さんと対談しました。
 そのとき堀部さんの言葉がとても印象的で、感激しました。
 「セレクトショップと言われるのは、不本意というか、本屋が、本をセレクトして置くのは当たり前です。セレクトはするんですが、自分の好みのものだけ置いているわけではありません。ここに来るお客さんが、読むだろうというのを置いています。自分の好みや価値基準を押し付けてはいません」
 正確ではありませんが、ざっくりこのようなことを述べられました。
 恵文社の「風通し」のよさは、こういうところに理由があるんだな、と思いました。

 いずれにせよ、「(自分は)いいことをしている」と言いだした時点で、その人は「あいだ人」でなくなっている。
 自戒を込めて、そう思うようにしています。
 「いいことしてるなんて、思い上がりも甚だしい。神様じゃあるまいに!」

 ちなみに、日本初にして日本唯一の酒場ライター・バッキー井上さんは、僕のいう「神様」のような人たち(へんに、こだわりの強い人たち)のことを、「ヘンコマスター」と呼んでいるそうです。

 では、「いい」を自称しないためには、どうすればいいのでしょう?

 そこで登場するのが、「おもしろい」です。

 ミシマ社では、創業以来、「おもしろい」を一冊入魂する、といった表現をしています。
 もちろん、「おもしろい」は千差万別、多種多様。
 そして、どっちが「おもしろい」といったふうに、競いあったり、数値化することができない基準です。

 ですから、「あいだ人」たる僕たちがすべきことは、「いい・悪い」を離れ、「おもしろい」に耳を澄ますことだろうと思います。
 なぜなら、おもしろいの種は、大自然のなかにしかないと思われるからです。

 小林秀雄は、「モオツァルト」でこう書いています。

 「彼は、大自然の広大な雑音のなかから、何とも言えぬ嫋やかな素早い手付きで、最小の楽音を拾う。彼は何もわざわざ主題を短くしたわけではない。自然は長い主題を提供する事が稀だからに過ぎない。」

 大自然と音楽の「あいだ」にい続けたモオツァルト。
 おそらく、「あいだ人」たることは、このモオツァルトの態度に立ち返ることからしか始まらない。僕はそう思っています。

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三島邦弘(みしま・くにひろ)

1975年京都生まれ。1999年大学卒業後、PHP研究所に入社。単行本の編集者となる。2003年退社後、東欧などを旅する。同年10月、別の出版社で編集活動を再開。2006年10月株式会社ミシマ社を単身設立。「原点回帰」の出版社を標榜し、編集・営業・仕掛け屋などチームの枠を超え、「出版は全身運動である」という思いのもと、日々、奔走中。
「ミシマ社のblog」もがんばって書いてます。

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