ミシマ社の話

第59回 発見ほやほやレポート〜シリーズ第1期完結を迎えて

2017.03.26更新

 2015年2月に、「新シリーズ始めます」と宣言しました(「ミシマ社の話」にて)。
 このとき、私のなかで切実な動機がありました。
 切実な動機というのは、常にこういうものだと思います。
 「それを始めないと、どうかしてしまう」

 たとえば、2006年10月に私がミシマ社を起ち上げたときがそうでした。ある出版社に勤めていた私が、ある日、突然、そうか自分で会社をつくったらいいのか、という選択肢に目覚めます。その瞬間、内から湧き上がってくる力を抑えきれなくなり、その勢いのまま、ミシマ社をつくりました。あのとき、その思いを抑えていたら、文字通り「どうかしてしま」っていたかもしれません。

 もっとも、そのときの動機は、切実ではあったものの、あくまでもきわめて個人的といえます。
 それが、出版活動をつづけていくなかで、動機となる原動力が生まれる場所が、じょじょに広がっていきました。
 「コーヒーと一冊」というシリーズを創刊した2015年5月の時点で、ミシマ社は8年半の出版活動をつづけていたことになります。
 この間、個人の動機だけに止まっていてはいけない、という思いが高まっていったのは確かです。
 当然です。
 個人の切実な動機で始まったこの出版活動が存在しうるのも、出版という大きな足場、地盤があってこそ。それが、もしなくなってしまっても、活動が成り立つのか。と問われれば、なんともいえません。少なくとも創業の時点から現時点に至るまで、その足場ないし地盤のうえに自分たちがいるのは間違いありません。

 とすれば、その地盤が、今後も存続しつづけるために自分たちができること、を考えるのはきわめて自然なことです。
 「コーヒーと一冊」の創刊動機はまさに、そこに由来し、シリーズコンセプトへと直結していきました。
 いま、こうした動きを始めなかったら、間違いなく、将来、自分たちの(この場合、ミシマ社のというよりも、出版に関係する多くの人の、という捉え方でした)足元が危うくなる。あのとき、こういう思いから、次の三つを掲げました。
 
1 「かつての読み好き、カムバック!」
2 「これからの書き手の方がたへ」
3 「本屋さんに元気を」

 そして、実際に、このコンセプトを、「全ページ100ページ前後という薄い造本に」「新人の方々のデビューの場に」「買切にすることで本屋さんの利幅を通常の倍に」といった具体的なかたち、方法へと落とし込みました。
 こうして「コーヒーと一冊」シリーズは生まれ、2年間のうちに計11冊の薄い本がそろいました。
 

 ところで、先ほどから地盤、地盤といっていますが、いったい何のことでしょう?
 実は、地盤といっても固形物ではありません。どんどん変化していく足場、とでもいうべきでしょうか。
 読者、作家、書店、出版社・・・一冊をめぐるなかで生じる「関係性」のことを指します。

 と断言調で書きましたが、なにも私とて最初からわかっていたわけではありません。このシリーズを起こし、第1期を完結したいま、実感として感じていることが、これなのです。
 創刊時にはおそらく、出版という地盤がある、と思っていたのでしょう。その地盤を固めねば、あらたな地盤づくりをしなくては。そんなふうに多少の焦りも込みで、考えていたはずです。
 けれど、実際に、新しい試みを二年かけておこなってきた今、地盤といっても固形体じゃなくて流動体なのだ、と感じています。
 おそらく、出版界的にいえば、地盤がため、イコール、アスファルトの舗装およびメンテンナンスと捉えるのが、一般的ではないでしょうか。私の場合、それ以前だったようにも今は感じています。アスファルトのような固体と、微生物がいっぱいいて日々刻々と生態系のあり方を変える土壌と、地盤にも種類がある。そのことにすら意識がいっていなかった・・・。

 読者、作家、書店、出版社、そして、一冊の本。どれをとっても、すべてが「生き物」です。
 生き物であるということは、日々、生存活動をおこなうということです。呼吸をしたり、食物を摂り入れたり、移動をしたり、眠ったり、起きたり、をくりかえしながら。
 なかでも大切なのは、呼吸。それも深く、ふかく、吐いて、吸うことができること(空気が悪ければ当然無理ですし、どこかに押し込められるような環境でも身体が縮こまるために深い呼吸ができないでしょう)。

 そういえば、ある大企業のトップが、「社員は石垣です」と言うのをたまたまテレビで見ましたが、ここで働くのはしんどいな、と率直に思いました。「人石」。これを積み上げていけば、生きた石垣が完成するわけで、そりゃあ、「最強」の会社になるでしょう。けれど、そこに生きながらにして積み上げられる「一人」にとっては・・・。
 地盤を固めるというのは、武道的にいえば「居着く」ということになるでしょうか。足が地に固定されて動けなくなる状態。これを、武道では、もっとも忌避すべき事態ととらえます。万一実戦の場で居着いてしまったら、刹那、死が待っているわけですから。
 
 「コーヒーと一冊」を始めてみてわかったのは、くりかえしますが、地盤と捉えていたものが、固体ではなく、流動体だった、ということ。
 つまり、地盤をかためるというよりは、むしろ、地盤を緩め、アスファルトだった道をいったんあぜ道のような状態に戻す。そうすることで、風が通り、微生物のような他者も住みだし、自身の呼吸も深くなる。
 読者、作家、書店、出版社・・・それぞれが、それぞれの時代の風を受けながら、日々、自らの命を高めていく。その「動きつづけること」を前提にした関係づくりが、これからの自分たちに欠かせないことなのだと思います。がちがちに固めたりするのではなく。

 「コーヒーと一冊」を始めたのは、こういうことをやりたかったからだ、ということに、今さらながらに気づいたわけです。
 地盤づくりであるのは間違いないが、かためるよりも、ゆるめる。そして、もっともっと動く地盤や足場を増やしていきたい。
 きっと、私が出版の仕事に関わって以来、出版界全体がアスファルトの地盤ばかりをつくってきたことに、直感的な違和感をもっていたのだと思います。それで、よくわからないなりに、会社をおこしたり、シリーズを始めたりしたのだと。ただし、そもそものところで、自分たちの足場に、アスファルトの足場や土の足場といった違いがあることすらわかっていなかった。土だけでなく、砂や石や岩や石灰岩や珪藻やなんや、といくらでもある。
 それがはっきりとわかったことが、「コーヒーと一冊」第1期の最大の成果といっていい。そう思っています。
 
 ですから、これからは、無理に、地盤づくりと息む必要はありません。
 
 すでにある、いろんな土壌を生かしていっていけばいい。関係の築き方も、固めるだけじゃない。いろんな足場を築いていければいい。
 もちろん、大局的にみれば、ときに必要だし、便利だけれど、ずっとその中に押し込められていては窮屈で、窒息しかねないアスファルトの比率を減らしていくこと。これは、避けて通れないと思います。
 ただ、もうその動きは各所で(出版の世界にかぎらず、まさに各所で)起こっている。そんな実感があります。ですから、無理なく、そうした動きに歩調を合わせていけばいい。
 ただひとつ気をつけたいことがあるとすれば、この問いを忘れないことでしょうか。
 そこに「幸せ」があるか。
 幸せになるための足場づくりをつづけていこうと思います。
 
 今回は、抽象的な表現が多くなり申し訳ないかぎりです。
 けど、最前線でつかんだ感覚をお伝えしようとすれば、どうしてもこうなります。WBC(ワールドベースボールクラシック)試合終了直後に選手から出てくる感想が、1年後にあらゆる分析を経て出される具体的「対策」でないのと同様に。けれど、「想像以上に球が揺れて打ちづらかった」、そんな試合直後の生な実感が、1年後の対策に直結するわけです(そうして出た具体策は、データ分析だけから出てくる対策より、生きた説得力をもつはずです)。
 ですから、シリーズ第1期を経て私が得た感覚が、「かたち」に落とし込まれ、皆さんの前に触れて感じていただける状態になるには、ときの成熟が必要です。
 私のなかでも、どんな「かたち」になって出てくるのか、現段階では想像も尽きません。私自身、とても楽しみです。
 というわけで----
 シリーズ「コーヒーと一冊」、第2期でお会いしましょう。
 そのときまで、しずかに、大切に、温めてまいります。
 まずは、シリーズ第1期の11冊をぞんぶんにお楽しみいただけましたら幸いです(ボックスもありますから!)。

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三島邦弘(みしま・くにひろ)

1975年京都生まれ。1999年大学卒業後、PHP研究所に入社。単行本の編集者となる。2003年退社後、東欧などを旅する。同年10月、別の出版社で編集活動を再開。2006年10月株式会社ミシマ社を単身設立。「原点回帰」の出版社を標榜し、編集・営業・仕掛け屋などチームの枠を超え、「出版は全身運動である」という思いのもと、日々、奔走中。
「ミシマ社のblog」もがんばって書いてます。

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