ミシマ社通信オンライン

ちゃぶ台を囲んで、ミシマ社社員がそれぞれおススメの一冊を持ち寄る「今月の一冊」。
2月はどんな本が出てくるでしょうか。

第11回 2010年2月 今月の一冊

2010.02.24更新

大越それでは今月の一冊を始めたいと思います。最初は、木村さんから。

天真爛漫で、意地悪なところが魅力

木村私の今月のおススメは、森茉莉さんの『記憶の絵』です。ちくま文庫から出ています。先日、祖父が亡くなりまして遺品を整理していたら、本がたくさんあって、森茉莉さんの本が何冊か出てきたんですね。

『記憶の絵』(森茉莉、ちくま文庫)

森茉莉さんはいわずと知れた、文豪・森鴎外のお嬢さんで、鴎外にたいへんに可愛がられた人です。当時の人としてはたいへん珍しいことに、二度離婚しているのですけれど、この本は、小さな少女時代から、結婚を経てパリでの生活をして、離婚に至るまでの随筆集です。

耽美派として語られがちな森さんですが、この随筆集を読んでいると意外な一面が見えてきます。小説の面白みって、実は筆者の嫌なところが見えるところにあって、私はけっこうそれが好きなんですね。きれいごとだけを書いている小説は面白くない。意地悪なところとか、性悪なところが書かれているほうに魅力を感じて面白いなーと思うんです。

森さんはこれを読むと「そりゃあ離婚されるわなあ」(笑)という、わがままなエピソードが一杯出てくる。くだらないことでけんかしたときに言い負かさないと気がすまないとか。銀座のレストランでボーイさんに注文したら英語で聞き返してきたので腹が立った。それで「フランス語で言うとこうなんだけれど」と言い返したり(笑)。

そんな風に気性の荒いところがあって、それがすごくおかしい。乱暴で気性が荒いのに文章はすごくきれいでとても女性らしくて可愛いんです。

題も「お刺身とサイダー」とか「親子泥棒」とか、すごく昔の本なのに古びない感じで、興味をそそられる。「本というものはそんなに売れるものと思わないほうがいい。だけど最近の本屋の本は、『私はこんなに面白い本よ』というアナウンスがうるさすぎる」なんてことも書いている。

我がままでお嬢さん育ちの森茉莉さんですが、それゆえの天真爛漫さが満載で、好き嫌いはあると思いますが、私はこれで森さんが好きになった一冊でした。

三島ありがとうございました。この見返しの写真すごくいいですね。

木村森茉莉さんのお母さまはエッセイにも書いてあるんですが、すっごい美人だったそうです。まさにすごみを感じるぐらいの美女だったそうですね。

三島組み方や活字もきれいな本ですね。1968年の単行本か。

木村中野碧さんの解説も面白いです。では次は、クボタン。

生きているだけで光っている

窪田ボクは青木新門さんの『納棺夫日記』です。アカデミー賞を受賞した映画『おくりびと』が創られるきっかけとなった本ですね。15年前に本木雅弘さんがこの本と出合い、読んで感動し、あの映画が誕生した、と帯に大きく謳っています。

『納棺夫日記』(青木新門、文春文庫)

渡辺世間からだいぶ遅れて、その情報がくぼやんにやってきた、と。

窪田そうそうそう、そうなんですよ。今更ですけど。もともと僕はモックンファンなんですけれど、映画の『おくりびと』がすごく良くて、この本も読んでみたいと思って買ってみたんです。読んでびっくりしたのが、「納棺夫」「納棺師」という言葉や職業も、この本が出るまではなくて、この方がその言葉を作ったということでした。

お葬式のときの遺体のお清めは、亡くなった人の家族や近所の人が、「誰かがやんなきゃいけない」ということでやることが多かったんですって。「お前やれよ」「いやお前が」なんて言って、怖いから酒の勢いでやっていたりした。

でも筆者が、冠婚葬祭の会社に就職したところから、その地域で葬式があるたびに「あいつを呼べ」ということになって、「納棺夫」として仕事をするようになる。この本はその日々の仕事の日記なんですが、色んな死んだ人を見ていくうちに、だんだん生きている人が光を放っているように見え始めたんだそうです。

生きているだけですごいエネルギーを放っているのが見えるようになって、これは何だと思っていたら、ある日、親鸞の書いたものにたどり着く。そこに自分が感じていたことと、まったく同じこと、人の放つ光について書いてあって驚いた。

親鸞の研究者は、その光についていろいろ解釈するんですが、そうじゃなくて本当に生き物は光を放っていると青木さんは感じたそうです。専門家はいろんな意味づけをするけれど、そうじゃないんじゃないかと。

三島へー。読んでみたいな。

渡辺これは文春文庫でしょ。もともと最初に出たのは富山県の桂書房っていう出版社なんだよね。今では文春文庫になって日本どこでも手に入るけれど、桂書房さんの流通は「地方小出版流通センター」扱いなので、当時は富山県以外では手に入れるのもけっこう難しかったはず。モックンが何でまたこの本を手にとって読んだのかということも気になるところですね。

窪田腐乱死体に湧いた蛆虫を見て、「蛆も生命なのだ。そう思うと蛆たちが光って見えた」という言葉がとても印象的でした。『おくりびと』を観た人は一杯いると思いますが、映画とはぜんぜん違う感動があるので、ぜひこの本も読まれるといいと思います。職業への向き合い方、という点でも教えられるところが多かったです。

あらゆることを先回りして心配するタイプの人へ

 次は私です。岸本佐知子さん『ねにもつタイプ』(ちくま文庫)です。有隣堂AKIBA店の門脇さんにすすめられて読んだのですが、すっごく面白いです。

『ねにもつタイプ』(岸本佐知子、ちくま文庫)

短いエッセイがいくつか入っていて、クラフト・エヴィングさんの挿絵も可愛い本です。これを読むと、岸本さんが「日常を旅している」感じが伝わってきます。何と言うか、突然いま、私が行ったことのないタイに行って暮らしたとして、そのときに味わうのと同じような緊張感をもって、岸本さんが日本で暮らしているのがわかるんです。

自分のふつうが、他人のふつうと常に違う。なんでもないことで誤解が生じる。その勘違いから始まった発想の豊かさが、平凡な日常を大冒険に変えてしまっているのが面白いんです。
「心の準備」というエッセイでは、岸本さんはあらゆることを準備してると書いています。すごく私にも通じる部分があるのですが、街中でちょっと怪しい人を見かけたら「これが事件につながるんじゃないか」と思って服装を覚えておいたり、車のナンバーを覚えたり、メモに書き残したり・・・。そんな感じで、一見無駄に見える緊張感が毎日をワクワクさせているところが、とってもわかるんです。

窪田・・・わからん(笑)。

うーん、ぜんぜん面白さが伝えられないのですが、とにかくこの感覚は他人事じゃないんです(笑)。
「気がつかない星人」の話にもすごく共感しまして、「自分が持っている言葉」と「相手の言葉」、この二つがいかに前提が違っていて、話が通じないかについて書いてるんですが、そういう客観的なところがすごく面白いんです。面白いというか、自分も客観的に見れてナルホド、と思います。

渡辺題名が『ねにもつタイプ』ですが、林さんも根に持つタイプなんですか。

あんまり持たないですね。ぜんぶ忘れます。とにかく面白いので、ぜひ読んでみてください。

劣等生に贈る、人生の教科書

渡辺私が今日ご紹介するのは、色川武大の『うらおもて人生録』(新潮文庫)です。これ読んだ方はいらっしゃいますか?

『うらおもて人生録』(色川武大、新潮文庫)

大越私、二十歳前後のときに読みました。大好きな本です。

渡辺色川武大といえば阿佐田哲也名義の『麻雀放浪記』が有名ですが、本書はある種の自伝とも言える一冊ですね。小学生の頃の思い出から、16,7で賭博場に出入りするようになって、会社勤めもしてみて作家にいたる道筋をたどりながら、その中で自分が体験してきたことを、「劣等生」向けに語った、まあ教育書みたいな本なんですね。

ほー。

渡辺いちいちぐっと来るフレーズがあってですね、できれば私はこの本を紹介したくなかった。

窪田何でですか(笑)。

渡辺特に窪田、林には読んで欲しくない。そうすると同じ土俵に立たれてしまうから。

窪田ははは。

渡辺例えば、色川さんは小学生ぐらいのときに一つ上の学年の子どもが相撲をとっていたのをずっと眺めていた。引っ込み思案なところがあって、混ざれないからなんだけれど、眺めるのが好きで、飽きもせず毎日観察するわけです。そうすると、いろいろなことが見えてくる。ばくち打ちになっても、お金がないから大人たちが打っているのをずっと見てる。会社に入っても自分を白紙にして周囲をやっぱり眺めてる。まわりだけじゃなくて、自分のことも眺めて、自意識をよく知っていらっしゃる。

色川さんは、自分で「眺める」ことを認識の立脚点にして、そこから人生のセオリーを学んでいくんですね。そこから得た、マリアナ海峡並みに深い「気づき」を劣等生向けに語っている。その口調が優しくて、これがまたいいんだなァ。

「運」についても何回か語っているんですが、「今言ったのは、まだ上辺だけなんだよね。」とか、「で、この話はまだ続くよ。」といった具合に、何度も言い換えたりする。
「いいかい。ここいらへんの俺のいいかたは棒のように受けとらないでおくれよ。言葉を受けるキャッチャーの方にセンスが要求されるよ。くりかえすけれども、実力の部分では毅然と、運の部分では用心ぶかく、手さぐりでおずおずと。」といった具合です。

自分自身が不良で劣等生だった、という思いがあるからか、「世の中はこうなんだ!」という風にバーンと断定しておしまい、という文章ではないんです。受け手にちゃんと伝えておきたい、という優しさが溢れている。賭博とか勝負の世界に身を投げた人ならではの、深い洞察が知れる一冊ですね。

うーん、上手く言えないな。僕は本当に好きな本はうまく説明できないんです。ともかく窪田には読んで欲しくない一冊です。

窪田ある意味でぐっと読みたくなりましたね。

何で私たちに読んで欲しくないんですか?

渡辺えっとねえ、僕は二人に読んで欲しい本をたまに探していることがあるんですよ。林さんの机の上が書類で乱れていたら、「あの整理整頓の本を読めばいいのにな・・・」とか思っちゃうの。

(笑)。

窪田やさしいっすね。

渡辺この本を知ったのは実は最近で、きっかけは、二人が読んだらいいんじゃないか、ってことで。でもね、読んでみたら自分に響いてしまった。この本からフレーズをぱくって二人にわかったようなことを言えるんじゃないか、と(笑)。

窪田(ぱらぱらめくりながら)これ、ぱっと見でめっちゃ面白いっすね。文体がいい。

渡辺でしょ。とにかくおススメです。

椎名さんが撮った、辺境の人々の生活

大越えー、私は椎名誠さんの『いいかげんな青い空』(朝日新聞出版)です。出たばっかりの写真と文章の本です。雑誌のアサヒカメラで椎名さんが19年ぐらい連載している「シーナの写真日記」をまとめたもので、世界中を旅しながら撮った写真と文章を楽しめます。

『いいかげんな青い空』(椎名誠、朝日新聞出版)

本書の魅力は、まずなんといっても椎名さんの写真が素晴らしいんですよ。人物写真が多いんですけれど、子どもや老人や女の人が本当にいい顔をしている。こういう人物写真って、撮影している人と、被写体の人の間の、その場の人間関係というか交流が、自然に出てくるんですよね。「この子どもたち、楽しそうだなー」って、本当にいい表情の写真が何枚もあります。

あと、今はインターネットとかテレビがあるので、世界中の情報がいろいろ入ってくるじゃないですか。だから何となく世界のことは大体知っているような気になるけれど、実は僕らの想像がまったく及ばない、とんでもないところに住んでいる人たちが沢山いる。アラスカのイヌイットの村とか、チベットの高地とか、辺境の地域を椎名さんは旅しているので、写真を通して、世界のいろんな人の生活が見えてくるんです。

これは椎名さんに本書の取材で伺ったんですが、この本に出てくるパラグアイの奥地の「毒蛇村」というところに住んでいる人たちは、数年前までは裸族だったそうです。政府が裸だとあんまりだからということで、タダで洋服を配ったそうなんですよ。でも着方がわからないから、サイズだけで決めちゃう。上がタキシードで、下はふんどしの人とか、ロングドレスに裸足のおばさんとか、シュールな光景だったそうです。貨幣経済もほとんどなくて、普段はワニとかアルマジロとかを食べている。でも仕事に追われている人は一人もいないから、「ワニうめーなー」とか言いながら、基本的にはみんなハッピーに暮らしている。

これを読んでると、「自分を効率化する」とか「日経平均株価」とかって、極めて限定的な思想というか概念なんだな、ということをすごく感じます。実は、本書に出てくるような人たちが世界の9割ぐらいを占めている。多くの人々が、政治的な理由や経済環境のために、自由に旅をすることすらできず、その生活から逃れられないんだけれど、「そういう人生を、そういうもの」として受け入れて生きている。今僕らが、日本で過ごしている生活を当たり前と思うのは、まったく違うということを、改めて突きつけられる一冊でした。

渡辺効率化とは違うでしょうけれど、ワニとかガラガラヘビの捕まえ方も、かなり洗練されてるんでしょうね。

大越それは間違いないですね。生活のディテールの描写がすごく面白くて、椎名さんのSF小説にも通じるものがあります。

愛のある仕事をしよう

三島 今日のすべてを踏まえて、僕は、中沢新一先生の『カイエ・ソバージュ』第三巻、『愛と経済のロゴス』(講談社選書メチエ)をフィーチャーしたいと思います。今の椎名さんの本でも、野生に生きる人間についての話があったわけですが、中沢新一さんの本はそうしたすべてを踏まえているんじゃないか、と思います。ある意味でミシマ社が目指すべき方向の詰まった一冊といいますか。

『カイエ・ソバージュ』第三巻、『愛と経済のロゴス』(中沢新一、講談社選書メチエ)

と言うのは、僕はよく無意識のうちに「野生」という言葉を使ってるんですが、この本を読んで「なるほど!」と思ったんですね。もともと人間社会において、権力や富の源泉は自然の側にあって、社会(や人間)の側にはありませんでした。何万年もそれが続いていたわけです。

カイエ・ソバージュの第二巻はそれをテーマにしていて、自然を象徴する「熊」から人間の「王」へと権力の源泉が移っていったことを描いた。「王」が登場するまでの人間社会では、一人の首長が富や財産をまとめることはあったけれど、それを自分ひとりのものとはしなかった。しかしそれらを集中させることで「王」が生まれ、そこから国家が生まれていき、やがて資本主義へとつながっていった。

かつてアメリカインディアンに、ジェロニモという首長がいて、次々にアメリカ人を破っていき、ついには諸部族のリーダーになることを欲した。けれど、他部族首長たちから反対された。それは「王」という存在を誕生させてしまえば、自然界との贈与の循環関係が崩れてしまうことになるから。

もともとの根本は自然の側にあった富を贈与されて、畏敬の念を持ちつつ生きてきたのが人間の原点だったわけです。商品というのは何か、僕たちの経済とは何かについて考えることについて、この本は多大なヒントをくれます。

僕たちがお金を出して物を買う、モノを手に入れて嬉しいと思う、ということの背後にはそうした自然からの「愛」に基づく贈与があるのではないか。それは現代で言うとクラフトマンシップ、職人仕事的なものに形を変えて残っているけれど、それすらも原初的な贈与の原理を維持するのがむずかしくなっている。

昔の人々は愛にもとづく贈与が行われなければ、宇宙の力の流動が止まると考えていたんですね。さっきの椎名さんの話に出てきた辺境に住んでいる人々の生活は、貨幣経済の感覚でいえば貧しいかもしれない。しかし価値の基準を変えて、自然との交流を通じて感じる、愛の深さで見たら、すごく豊かな社会とも言える。

資本主義というのはそうした「魂の豊かさ」を無視したところで社会を成り立たせようという思想だったけれど、それも最近、限界が見えてきた。
僕らが本作りをする上での根本も、「自然の流れ」といかにつながっていくかにあるんじゃないか、と改めて感じさせてくれた一冊でしたね。

木村おもしろそう~。ここで知らなかったら、自分からはぜったい読まない本だけど、これは読みたい。

大越なるほどな。今回も、どれも面白そうな本が集まりました。読者の皆様も、ご興味が湧いた本がありましたら、ぜひ読んでいただけると嬉しいです。

一同ありがとうございました~。 

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