ミシマ社通信オンライン

第16回 2010年6月 今月の一冊(前編)

2010.06.08更新

ミシマ社メンバーが月に一回、ちゃぶ台を囲んでおススメの本を紹介しあう「今月の一冊」。
今回はどんな本が出てくるでしょうか?


では順番を決めましょう。ジャンケンほい。

なにかキルケゴールの匂いがする

三島またすごいのを選びましたね。

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『不幸論』(中島義道、PHP新書)

星野編集した人(三島)の前で紹介するというのもつらいものがありますが・・・。今日は中島義道さんの『不幸論』(PHP新書)です。
まず出だしは、「これまで三度ほど「幸福の樹」を買ったが、なぜかみんな枯れてしまった。」というところから始まります。

木村重い・・・。

星野それからひたすらそう言うことばかり言ってるんです(笑)。

三島ずっと「不幸だ、不幸だ」って言ってるんだよね(笑)。

星野世の中の人はみんな不幸だと言っていて、「幸せ」と言ってる人は何かをごまかして、見ないふりしていると言っているんですね。

三島 鈍感だと言ってるんですね。「鈍感だ、鈍感だ」ということをずっと書き続けてらっしゃる。

星野そうなんですよ。あとがきも、「不幸論を書く約束をしてから5年が過ぎました。もっと不幸になったら書こうと思いつつも、あまりにも不幸になったらかえって気力がなくなって書けなくなるとも思いながら、ずるずる引き延ばしてきたのですが、放っておくうち...予定通り...この5年間で坂をころげ落ちるように、私はズンズン不幸になっていき、自然なかたちで抵抗なく不幸論を完成させることができました。ほんとうに不幸なことです」

木村なるほど~。

星野一方で、「じゃぁ、幸福とはなにか?」ということで、幸福の定義をするんですね。幸福とはまず、「特定の欲望がかなえられていること」。2つめは「その欲望が自分の一般的信念にかなっていること」。3つめに「その欲望が世間から承認されていること」。4つめに「その欲望の実現に関して、他人を不幸に陥れないこと」。

この4つのことを満たしていることを幸福と考えると、どんなに社会的に成功している人でも、社会的に成功しているということが、他の人に妬みとか嫉妬とかそういう意味で苦しみを与えている。だから絶対にみんな不幸なんだというんですね。

窪田ふーん。

星野けど、確かにそういう側面は気になりますよね。「幸福とは思考の停止であり、視野の切り捨てであり、感受性の麻痺である」と言ってるんですけど、こういう感覚って思春期の中高生の頃に、世の中に対して割とひりひりしている頃に読んだら、けっこう気持ちがいいんじゃないかなと思うんです。

ストックフレーズのような幸福観が流通する中で、それは違うんじゃないかと言い切ってもらえると、すっとするようなものがある気がしました。

三島なるほどね。

星野本文の中ではニーチェやカントがわりと多く引用されているのですが、私、卒論がキルケゴールだったので、読みながら「何かキルケゴールの香りがするな」と思っていたら、最後にキルケゴールの『あれかこれか』という著作からの引用があったんです。しかも、引用されている文章が、卒論で引用した文章とまったく同じだった。

三島へー。

星野だから、ちょっと怖いといいますか。すごい偶然だなと。

窪田なんか怖い感じで始まりましたね。

三島いい感性してますね。

星野こういう内容だと思ってなかったのでびっくりしました(笑)。
「不幸論の担当編集者は幸福であってはならないのです」

窪田呪いかけられてるじゃないですか(笑)。

三島たいへんですよ。本当に。懐かしいな・・・。

まぁーかっこいいです。

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『緋色の研究』(コナン・ドイル、新潮文庫)

木村私はシリーズものですが、シャーロック・ホームズシリーズの『緋色の研究』(コナン・ドイル、延原謙、新潮社)です。最近またこのシリーズを全部読みなおしました。
シャーロック・ホームズシリーズは小学校の図書館で初めて出会ったんですけど、そのときに読んだ衝撃というのはいまだに覚えています。久しぶりにもう一回読み返したら、また全然違ったシャーロック・ホームズが見えてきて新鮮でした。

コナン・ドイルは時代背景もしっかり描いています。シャーロック・ホームズが物語で誕生したのは1877年ごろなんですね。その頃というのは19世紀末の不況の時代、ヴィクトリア朝の終わりの時期でイギリスは不況の時代でした。だから、物乞いする子どもを探偵につかったりということをホームズはやるんですけど、思想的な部分でも転換期の間にありました。

聖書が信じられていた時代から、1859年にダーウィンの『種の起原』が出て、人間もひとつの自然の成り行きであるという考えが思想として出てきた。それでまぁ、神様を信じる人と心霊学者みたいな心霊を重んじる人と二通り出てくるんですね。

コナン・ドイルやルイス・キャロルという人たちは『種の起源』と同じ思想、心霊主義者の方だったんですね。事件を化学的な分野を駆使してひとつずつ冷静に事実を明らかにしていくところも、神智主義を抜けた思想が根本にあるからなのかなと感じました。初めて読んだときは子供だったけど、それでも印象にのこるくらい、何か他の読み物とは違っていた。それは、子供ながらに、信じられる事件の解決の仕方だったのだと思います。

なるほど。

木村やっぱりいいなと。まぁーかっこいいです。犯人を直感と冷徹までの観察力で追いこんでいく姿とか、けれどときどき失敗もする、という人間としての魅力や素敵さ満載です。ぜひ時代背景とともに読んでいただけたらなぁと思います。

なんて悲しいんだろうと思いました。

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『巡礼』(橋本治、新潮社)

窪田僕の今月の一冊は、橋本治さんの『巡礼』(新潮社)です。ジュンク堂書店さんのホームページに「編集者の棚」というコーナーがあるのですが、そこで掲載されていた『考える人』『芸術新潮』の松家仁之編集長のインタビューで紹介されていて、読もうと思った一冊です。なんとなく難しそうなイメージがあったんですが、開いてみたらすごく読みやすい文章でびっくりしました。

どんな話かといいますと、よくワイドショーで取り上げられているようなゴミ屋敷に住む男をテーマにした小説です。最初は、ゴミ屋敷を取材するテレビのリポーターや近所に住む主婦たちの目線で話が始まります。そして、急に過去に話が切り替わって、今度はゴミ屋敷の主人公の若かりし頃とその家族の話になるんです。

木村ふーん。

窪田そうすると、その人はとても普通な、若者だったということがわかる。ちょうど戦争が終わった頃、彼は金物屋の息子で、丁稚奉公に出てそこで真面目に働いていくんです。

木村うん。

窪田途中、恋をしたり、結婚をしたりと、淡々とドラマが進んでいくのですが、あくまでとても普通な青年として生きて行くんですね。でもそんな彼がなんでゴミ屋敷でワイドショーに取り上げられないといけないような人間になったのか、ということが若い頃を辿ることによって書かれていくんです。

普通の人なんだけど、何かを少し間違えてしまったが故に、家族もばらばらになってしまって・・・。読むとすごく切なくなるんです。

三島おもしろそうですね。

木村そういう本だったんだ。

窪田やっぱり、ゴミ屋敷になるっていうことは、家族がばらばらになるということなんですよね。家族っていうチームがちゃんとしていたら、ゴミ屋敷にはなかなかなりにくいと思うんですよ。けど、兄弟も音信不通になり、父親も母親も死に、結婚した奥さんもいなくなる。そして誰も止める人がいなくなる。

ゴミを集めるということも本人としては理由があるんです。理由があって、それが意味のないことだと気づきつつ、でもそれを認めたら自分が崩壊してしまうから気づかないでずっとやりつづける。頭がおかしくなっているわけでもないというか。

なんて悲しいんだろうと思いました。話はワイドショーのところからはじまるので、割と軽い感じの印象を受けたんですけど、そこから日本人の戦後から来る昭和史みたいなものと照らし合わせて語られているのが、すごいなと思いました。

渡辺読んで『巡礼』というタイトルはぴったりですか。

窪田これはぴったりですね。最後の方に関わってくるんですが。

三島ゴミ屋敷をテーマにするっておもしろいね。そもそも最初からゴミ屋敷ってあるわけじゃないですからね。

窪田そうなんですよ。まわりの人から見たらただのゴミ屋敷かもしれないですけど、その家族からするとやっぱり、自分の親とか祖父とかみんなの家っていう思い入れもありますし。それがゴミ屋敷になっていくというのがすごい悲しいんです。ぜひ読んでみてください。

木村はい。読みます。

三島ありがとうございました。

自分たちと変わらない人たちが戦った戦争

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『零戦 最後の証言』(神立尚樹、光人社)

大越私がおススメしたいのは、『零戦 最後の証言―海軍戦闘機と共に生きた男たちの肖像』(神立尚紀、光人社)です。パート2も出ていまして、これが1冊目です。かつて日中戦争から太平洋戦争にかけて、日本が誇った戦闘機である零戦に乗っていた搭乗員の方々は、現在も数百人が存命なんです。この本の著者の神立さんは、そのうちの二百数十名に会い、120人以上にインタビューされて当時の話を聞いた、唯一の方なんですね。

木村それはすごいですね。

大越それで、話を聞く前には、「零戦の話や本はこれまでさんざん書かれているし、今から自分が書けることなんてあるのだろうか」と思われていたらしいんです。けれど、実際に取材を始めたら、生き残った人たちの中には、誤解されたり分かってもらえないと感じて、戦争について何も語ってこなかった人が沢山いたそうなんです。

本の中に載っている写真を見ると、本当にみんな若くて、かっこいい青年たちなんですよ。私もかつて日本がアメリカと戦った、ということをもちろん知識としては知っていましたが、この本を読んで、写真をじっくり見て、はじめて、みんな僕らと変わらない青年たちだったというか、なんというか実感を込めて「あぁ・・・この人たちが戦ったんだな・・・」と感じたんですよね。

あるとき前線の基地で、演会をやっているときの写真があるんですが、屈強な若者たち20人ぐらいが、ビールや料理が並んだテーブルの前で、みんないい笑顔で微笑んで写真に納まっていて。中にはカツラをかぶったり白粉を塗って女装してる人なんかもいて、本当に楽しそうなんですよ。でもその写真を撮った1カ月後には、2人残して全員死んだそうです。

パート1、2を通して20数名の元零戦の搭乗員の方々が登場しますが、当然、皆さん80代のおじいさんです。いまは幼稚園の園長先生をやっている方が、じつは肩に米軍のグラマンの機銃で撃たれたものすごい傷をもっていたりする。戦争が終わって65年経ちましたが、いま戦争を経験している人たちの話をちゃんと聞いて残しておかないと、本当に取り返しがつかないな、ということをしみじみ思いました。

また零戦って当時は世界一の飛行機だったそうで、初戦のときは本当に無敵だったらしいんですね。優美でありながら切れ味のするどい、日本刀のような飛行機だったとのことで、読んでいると「男の子心」が刺激されて仕方ありません。ぜひ読んでいただければなと思います。というところで、次は渡辺さん。

(後編に続きます!)

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