ミシマガ・スポーツ

前編では、『サッカー批評』の編集長・森哲也さんにワールドカップを振り返っていただきました。
後編では、サッカーを<読む>、<論ずる>面白さを存分に味わわせてくれる『サッカー批評』の面白さに迫ります。

(聞き手:萱原正嗣 8月11日取材)

前編はこちら

第4回 サッカーは<読む>と面白い―極・骨太サッカー誌『サッカー批評』編集長に訊く(後編)―

2010.09.13更新

サッカーから世界を論ずる面白さ

―― ここからは、『サッカー批評』について伺っていきたいと思います。
私が『サッカー批評』に初めて触れたのは5号(1999年11月13日発売)の「21世紀サッカー観戦ガイド」でした。

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『サッカー批評』5号(1999年11月13日発売):21世紀サッカー観戦ガイド 後藤健生氏の「国民国家とサッカー」を掲載。

その頃私はまだ学生で、法学部で国家とか民族みたいなことを勉強していました。サッカーは専らやるのが好きで、サッカーメディアとの関わりは、ごくごくたまに『サッカー・マガジン』や『サッカー・ダイジェスト』を読む程度でした。そんなときに『サッカー批評』を手にしてしまいまして・・・。

それはそれは衝撃を受けました。
5号には後藤健生(*)さんの「国民国家とサッカー」という記事があって、サッカーの歴史と国民国家の成り立ちの関係性、これからの国民国家とサッカーのあり方について論じていました。まさに政治学の世界です。サッカーで政治が学べるのかと、とにかく驚きました。気になって後藤さんのプロフィールを見てみたら、「慶應義塾大学博士課程(政治学)修了」とあるわけです。

サッカー誌は、Jリーグの結果と海外の情報とスター選手のインタビューが載っているものだと思い込んでいましたから、意味がわからなかったですね(笑)。

 * 後藤健生(ごとう・たけお):サッカージャーナリスト。1964年の東京オリンピックで初めてサッカーを観戦。以来サッカー観戦を続け、生観戦数3700を超える日本サッカー界切っての論客。74年西ドイツワールドカップ以来、ワールドカップは全て現地で観戦・取材。日本・世界のサッカー史への造詣は極めて深い。主著は『サッカーの世紀』(文藝春秋)、『日本サッカー史 代表篇―日本代表の85年』(サッカー批評叢書)など。

サッカーを切り口にすると、政治とか経済の話でも頭痛くならずに話せるのが面白いと思います。サッカーでいろいろなことが論じられるんです。

―― 本当に面白いですよね。最近のお気に入りは、サッカー選手の引退後を描いた、「Hard After Hard」(*)です。サッカー選手の人生が描かれていて、実に感慨深いです。

 * Hard After Hard:現役時代もHard。引退してからもHard。サッカー選手の人生に迫る連載記事。高校選手権で優勝を経験し、当時は同年代の中田英寿よりも注目を集めていた市立船橋の森崎嘉之(32号:2006年10月9日発売、33号:2007年1月9日発売)や、同じく中田と同世代で、1993年のU-17日本大会で中田とともに活躍した財前宣之(31号:2006年6月9日発売、41号:2008年12月10日発売)、Jリーグ初期の1990年代始め、「10年に1人の天才」と呼ばれた磯貝洋光(35号:2007年6月8日発売、36号:2007年9月10日発売)などが自身のサッカー人生とその後を語る。名を馳せたサッカー選手もひとりの人間であることがありありと浮かび上がってくる。(敬称略)。

それは、かなりコアなところを突いていますね(笑)。

―― ミシマガジンで執筆していただいている小田嶋さん(*)も、『サッカー批評』でコラムを書かれていますよね(*)。小田嶋さんはサッカーを論じても小田嶋さんでした。筆のタッチも、斬り方もとにかく面白いですね。

 * 小田嶋隆:1956年生まれ。東京・赤羽出身。早稲田大学卒業後、食品メーカーに入社。一年ほどで退社後、小学校事務員見習い、ラジオ局ADなどを経てテクニカルライターとなり、現在はひきこもり系コラムニストとして活躍中。日経ビジネスオンラインの連載「小田嶋隆の『ア・ピース・オブ・警句』 ~世間に転がる意味不明」は、同メディアで毎回月間アクセス数上位にランクインする人気コラム。ミシマガジンでは「コラム道」を連載中。サッカーコラム集『サッカーの上の雲』(駒草出版)など著書多数。

 * サッカー番組向上委員会:テレビ界の絶滅危惧種「サッカー番組」を救うべく、小田嶋チェアマンが、サッカー界とテレビ業界を痛快に論ずるコラム。

小田嶋さんの文章は「すごい」の一言です。サッカーに例えるならスペイン代表クラスです(笑)。とても真似できません。僕らも毎回楽しみにしています。「小田嶋チェアマン」は、こちらで勝手につけた肩書きなので、気を悪くされていないか心配ですが・・・(笑)。

『サッカー批評』の生い立ち

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『サッカー批評』創刊号(1998年5月発売):ワールドカップの真実 創刊から実に12年、4度のワールドカップを見守っている。

―― と、『サッカー批評』には本当にいろいろなコーナーがあるわけですが、サッカー誌としてはかなり異色な内容になっていると思います。サッカーを論ずるこういう雑誌をつくってみようというのは、そもそもどういう経緯からだったのでしょうか?

『サッカー批評』の創刊は12年前の1998年、僕が『サッカー批評』に関わるようになったのは2006年からで、初めてつくったのは33号(2007年1月9日発売)の「オシムを殺すな」です。

立ち上げ当初の詳しい経緯は僕も知らないのですが、双葉社の故・真井(まない)新さんと半田雄一さん(初代編集長)が中心となって立ち上げられたと聞いています。

真井さんは、2007年まで編集に関わってくださっていて、一緒に本誌をつくっていた時期があります。真井さんと雑誌づくりをする中で、真井さんのサッカーへの深い愛情をひしひしと感じていました。

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『サッカー批評』33号(2007年1月9日発売) 森さんが初めてつくったサッカー誌だ。

「すごい思いでつくっている雑誌なんだな」と。この思いを受け継いでいかなければいけないと思っています。とはいえ、商業誌ですから、思いの丈をぶつけて、やりたいことだけをやっていればいいわけではありません。商業ベースでやっている以上は、売れないと続けていけなくなってしまいます。

となると、やりたいことは山ほどありますが、やはり受け手のレベルにあったものしか出せないのが現実です。特に、僕が関わり始めた2006年頃は、サッカーメディアは縮小傾向にありました。以来その傾向は変わりません。

関わり始めてすぐに、サッカー雑誌を成立させることの難しさを痛感しました。しっかりした内容で、なおかつ売れるものを作るべく、毎回毎回、魂を注いでいます。

やりたいことと売れることのバランスを取るのが面白い

―― そこは産みの苦しみという感じでしょうか?

苦しみとは感じていません。やりたいことと売れることのバランスを取るのが面白くて仕方ありません。

例えば、商業だけに寄ってつくっていたら、それはもうサッカー誌ではありません。サッカーが好きな人間がサッカー誌をつくるから面白くなるのであって、サッカーが好きじゃない人が商売でつくったところで、面白くなるわけがありません。

ただ、好きな人は、どうしても理想を追う方向に走る傾向があります。そうすると、つくり手の考えや好みが前面に出過ぎてしまう。同人誌やミニコミ誌ならそれでもいいのでしょうが、やはり、それでは成り立たせるのは厳しいと思います。

選手だけではない。メディアも戦わなければならない

―― 「やりたいことは山ほど・・・」とのことですが、具体的にはどんな内容でしょうか?

いろいろあります。J2だけの特集とか、フォーメーションが一切出てこない戦術の話とか。ただ、どれも「売れないんじゃないか」という気がして・・・(笑)。
あとは、例えばドイツの『キッカー(*)のように、深い取材にもとづいたサッカーの記事が何面にも渡って載っている新聞を日本でつくってみたいですね。日本の現状で商売として成り立つかどうかは疑問ですが・・・。

 * キッカー:サッカーを中心に扱うドイツのスポーツ専門紙。月曜日と木曜日の週2回刊。1920年創刊と歴史は古く、ブンデスリーガ(ドイツのサッカーリーグ)ファンに親しまれている。日本にも、2004年創刊のサッカー専門紙『エルゴラッソ』がある。

ただ、それを言い訳にしてはいけないと思っていて、結局は「つくり手、書き手のひとりひとりがどれだけ戦っているか?」ということが問われていると思っています。環境の影響は大きいですが、その中でどれだけもがいて前に進もうとしているのかが大切です。選手や関係者だけではなく、メディアも戦わなければなりません。

残念ながら、既存のスポーツ新聞からは、そういう意気込みはあまり感じられません。もちろん、スポーツ新聞の中でも、個人レベルではきちんと取り組んでおられる方もいますが、総数としては少ないと思います。紙面から伝わってこないんですね。あれを「スポーツ新聞」と思うからいけない、という人もいますが・・・。

僕個人は、新聞にしろ雑誌にしろ、買いたいと思ったものしか買いません。『ナンバー』にしても『サッカー・マガジン』にしても、買いたいと思えない号は買いません。お金を出して買う、というところは非常に大事です。その感覚は自分もちゃんと持っていたくて、面白いと思えないものは本当に買わないんです。資料として買うことはありますが、その場合は会社の経費です(笑)。会社のお金なら買うけれど、自分のお金だったら買わない。その差は大きいですよ。

サッカーを伝えられる環境にいて、やろうと思えばできるはずなのにやっていない。それが、読んでいるこちらにまで伝わってくることがあります。そういうのを見ると、「薄っぺらい」と思ってしまいますね。

オールドファンが羨ましい

―― 森さんのサッカーとの関わりはいつごろからでしょうか?

僕が観るようになったのはドーハ(*)のときからです。ドーハの悲劇で衝撃を受けて、そこからサッカーに入った口です。

 * ドーハの悲劇:1994年アメリカワールドカップ出場に向けたアジア地区最終予選の最終戦(対戦相手はイラク)で、ロスタイムに奪われた同点ゴールにより、日本サッカー界、サッカーファン念願の、初のワールドカップ出場を逃した「事件」。選手はもちろん、多くの関係者、ファンが悲嘆に暮れた。

―― 私は当時高校生で、修学旅行先で観ていた記憶があります。ショックでした・・・。

ドーハ以前のサッカーについて熱く語られると嫉妬するんですよ(笑)。リアルタイムで観ていませんから、わからないんです。「何だ、そこから入ってきたんだ、お前」みたいな感じで見られるのが悔しいですね(笑)。

―― オールドファンはすごいですよね。不遇の時代からずっとサッカーを愛し続けていて・・・。

そういう方たちが、今回のワールドカップの結果をどう思われたのかな、と思います。

―― 長沼さんや岡野さん(*)はどう思われたんでしょうね。

 * 長沼さんや岡野さん:長沼健氏と岡野俊一郎氏。東京オリンピック(1964)、メキシコオリンピック(1968)でそれぞれ日本代表監督・コーチを務める。自国開催のオリンピックに向けて、日本サッカー強化のためにドイツからデッドマール・クラマー氏を招聘し、東京ではベスト8、メキシコでは銅メダルに輝いた。長沼氏は2008年6月2日逝去。

長沼さんには生きていてほしかったなぁ・・・(*)。きっと喜ばれただろうに・・・。

 * 『サッカー批評』では、32号(2006年9月9日発売)から34号(2007年3月10日発売)まで、長沼健氏の回顧録を、氏が亡くなった2008年には、40号(2008年9月10日発売)で追悼ドキュメントを掲載した。日本サッカーの歴史に迫るのは、『サッカー批評』の特徴であり魅力のひとつ。

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『サッカー批評』48号(2010年9月10日発売):勝因と敗因と未来 表紙の写真は日本代表新監督のアルベルト・ザッケローニ氏。新監督の企画記事も直前で差し込んだ。

『サッカー批評』のつくり方

―― 毎号の特集テーマは、具体的にどうやって決まっていくんでしょうか?

最初は大体の方向性だけ決めます。

今回(48号:2010年9月10日発売)だったらワールドカップの総括で、その前(47号:2010年6月10日発売)だったらJリーグかなって。後は取材していく流れの中で。

取材を重ねて、いろんな人の話を聞いて、いろいろ調べて、その中で決めていきます。

どうやったら決まるかっていうのはそのときどきで、いきなり特集タイトルがパッと浮かぶこともあれば、考えに考えた末にやっと決まることもあります。

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『サッカー批評』47号(2010年6月10日発売):Jリーグを救う50のアイディア

傾向としては、取材を重ねて見えてくることが多いですね。

直接言葉で受け取らなくても、相手が感じていることって伝わってくるじゃないですか。

そういうのが積み重なって、方向性がはっきり決まって、タイトルも決まる。そんな感じです。

ただ、毎回毎回そういうやり方というわけでもありません。取材できないこともありますから。
特に海外の情報については、取材に同行するのは難しいので、そのときはまた違った形で決まることが多いです。

いずれにしても、毎回のように賛否両論で、批判の声も結構あります。

「『岡田武史』なんて、知らない」は必要だった。

―― 批判の声はハガキが届くんでしょうか?

今だとネットもありますね。「内容的にどうなんだ?」とか、「特集タイトルは何だ?」とか。「『岡田武史』なんて、知らない」(38号:2008年3月10日発売)のときは批判の声がかなり届きした。「失礼だ」と・・・。

―― 私もあの号を見たときはドキッとしました。

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『サッカー批評』38号(2008年3月10日発売):「岡田武史」なんて、知らない ドキリとするタイトルに批判の声も多く届いた。

ただ、あれを本当に「岡田武史なんて知らない」と読んだ人がいたとすると、それは読解力の問題ですよ。

38号の冒頭にも書きましたが、岡田さんが監督になったときに、「なぜ岡田さんを選んだのか」「なぜ岡田さんをいいと思ったのか」というところが、きちんと語られていないことを問題視しています。そこを議論せずに、岡田さんのことをこれからどう評価するのか? という問題提起です。岡田さんに限りませんが、「なぜ」の部分が語られないままに成果を云々言っても意味がない。そういうメッセージを伝えるために、あのタイトルが効果的だと思いました。

それまで、たまたま岡田さんのことを取り上げる機会がなかったので、「本当に岡田さんのこと知らないんじゃないか」と思った人も中にはいたみたいですが・・・(笑)。

それはさておき、あの号の中には岡田監督への批判記事はありません。そもそも、岡田監督自身については論じていませんから。「なぜ岡田監督だったのか」を論じてから、その次に岡田監督自身を論じられる。そういう筋なんじゃないか、という話です。
なので、失礼だとは全然思っていません。とはいえ、あまりに多くの声が来たので、自分の感覚がおかしいのかな、と自問自答もしましたが、やはり、ああいうメッセージを伝える必要があったと思っています。

そういうところは読み取ってほしいと思う一方で、それに傲慢になってはいけないとも思っています。「読解力の問題」と言いましたが、誤解されるのは、こちらの力不足で伝わっていない部分もあるはずです。そういう部分は、すべて編集者の責任だと感じています。報道の自由、表現の自由がある代わりに、伝える責任を果たさなければならない。誤解が生じないように気をつけなければ、と思っています。

思ったことを率直に語る~『サッカー批評』のポリシーその1

―― 誌面をつくるにあたって、特にどんなことを意識されているのでしょうか?

僕が言いたいことよりも、批評のコンセプトを大事にしたいと思っています。
一口に「批評」と言ってもいろいろな批評の仕方があると思いますが、できる限り公正中立な立場であることを心掛けています。読者に対しても、選手に対しても、監督に対しても。メディアやライターに対しても、です。迎合しない、偏らない。中立な立場で、思ったことを率直に言う。
根底にあるのは、「日本サッカーを強くしたい」という思いです。思ったことを率直に言い合って、議論してこそ日本サッカーは強くなると思っています。

僕が「オシムを殺すな」(33号の特集タイトル)と言ったのは、「オシムをクビにするな」ということではなくて、彼の思いや彼がやろうとしていることをきちんと評価しよう、ということです。彼が投げかけてくれたものはすごく大きかったはずです。
ですが、あちこち取材に行く中で、そこの部分を理解しようともせずに、ムードだけでオシムを語っている人が多かった。表面的なところだけを見て、オシムをネガティブに捉える空気も感じました。そういうムードに対して一石を投じる意味で、取材を通じて感じたことを率直に表現しました。

これまで打ち出した特集でも、特別変なことは言っていません。感じたことを素直に言っているだけです。「こう言ったらどうなるか?」とか「これを言ったらどんな見方をされるか?」とか、そんなことは関係ありません。
繰り返しになりますが、「自分の気持ちを正直に書く」ことこそが「批評」だと考えています。自分の気持ちに嘘をついていたら、相手に対して失礼だし、批評にならいと思っています。そもそも、そんな書き手、つくり手は信用できません。

僕は、これまで書いた、つくってきたものに対してどんな批判を受けても構いません。そこに対しての批判は真摯に受け止めます。
ですが、「こういうことを言ったから謝罪しろ」というような論調は、よく理解できません。もちろん、間違った情報を伝えた場合は、関係者や読者に対して謝罪をしなければなりませんが、信念を持って伝えた考えは、そう簡単に変わるわけではありませんから。

もちろん、毎号毎号反省はあります。「こういう企画を入れておけば・・・」「こういう視点を盛り込んでおくべきだった」と、毎回そんなことを思っています。なので、つくったあとで満足感を得られたことはまだ一度もありません。つくったものを後で見るのが辛いときもあります。
怖いのは、そういう反省の気持ちを忘れてしまうことです。経験は蓄積していかないと意味がないですから。そういう反省があるからこそ頑張れるのかもしれません。それはサッカーと同じことだと思います。

言いたいこと、言うべきことが言えないサッカー界

僕がいまの立場になってすぐに、今のサッカーメディアの世界は、思ったことを率直に言えない環境にあるということを強く感じました。「言わない」のをいいと思っているのか、「言えない」のかはわかりませんが・・・。

―― 具体的にはどういうことでしょうか?

おかしいと思っていても誰も何も言わない現状があります。
本音と違うことを書いている人がかなりいます。楽屋トークというのか、記者席では批判的なことを喋っているのに、原稿には全然違うことを書いている。
そこには、日本のサッカー界、社会が抱える内輪意識の問題が潜んでいると思います。反対意見を言いづらい空気が確かにありますが、議論や対立を恐れて、おかしいと思ったことをおかしいと言えないようなら、それはメディアではありません。

「こんなこと言うと飯食えなくなっちゃう」「取材パスがもらえなくなっちゃう」という理由で発言を避けている人が多いように思いますが、リスクをとって発言しないメディアに、「日本のサッカーはリスクをとらない」と語る資格はないように思います。
実際、我那覇の冤罪事件(*)があったときも、驚くほどみんな声を上げませんでした。あれには本当にがっかりしました。

 * 我那覇のドーピング冤罪事件。2007年4月、川崎フロンターレ所属(当時)の我那覇選手の正当な医療行為がドーピング禁止規定違反であるとして、我那覇選手に対して6試合の出場停止と、所属チームの川崎に制裁金1000万円の処分が課された。その後、我那覇選手が処分取消を求めてスポーツ仲裁裁判所(CAS)に提訴。我那覇選手の訴えが全面的に認められる。一連の協会、Jリーグの対応には不可解な点が多い。39号(2008年6月10日発売)、41号(2008年12月10日発売)に、事件についての記事を掲載。

事件云々もそうですが、ああいうことが起きたときに、なんでみんなもっと深く調べて、伝えようとしないのかが不思議でした。サッカーを冒涜するような行為が行われているのに、なんでみんな見て見ぬふりするんだと・・・。声を上げている人もいましたが、どう見ても少数派でした。

それにはやはり内輪意識の問題もあって、一連の取材の中で、関係者から「ファミリーなんだから、事を荒立てないで・・・」というようなことも言われました。日本のサッカーに関わっているという意味では確かにファミリーですが、家族なら何をやっても許されるわけではありません。家族であっても、正すべきは正す姿勢が必要です。

あれ以来、あの事件にきちんと取り組まなかった媒体が、サッカーへの愛情を謳っているのを見ると寒々しい気がします。本当にサッカーを愛しているなら、そこで使命感が出てくるはずです。やろうとしてできなかったのかもしれないですが、環境のせいにして済む話ではありません。おかしいことが起こったら、それを検証して世に問う。それはメディアの重要な役割です。

当事者にぶつかっていく~『サッカー批評』のポリシーその2

―― そういう書き手の覚悟が伝わってくるから、読み手としては面白いと思えるんだと思います。

『サッカー批評』では、当事者に話を聞くスタンスを大切にしています。
「批評」というと、遠巻きで吠えている感じにどうしてもなってしまいがちですが、そうではなくて、言いたいことは、まず当事者にぶつけるようにしています。当事者に取材して、当事者の声を聞いて、その上で検証する。取材拒否されるかもしれないですが、まずはアタックする。そういう姿勢がないと、逃げ腰で薄っぺらな感じが出てしまうように思います。

先程、既存のメディアに物足りなさを感じていると言いましたが、問題に対して向き合おうとしない、切り込んでいかない、掘り下げようとしない姿勢が、そう感じさせるんだと思います。
そういうことを考えると、編集者の責任はとても大きいと思います。サッカーという同じ素材を扱っていて、ここまで違うものになるわけですから。素材をどう料理して、どう面白く伝えるか。すべては編集者の腕にかかっています。面白い仕事ですが、責任重大です。

「1対1」が苦手な日本人

この本を編集・批評していて難しいと思うのは、「チームや選手が自信をなくしているときにネガティブなことを言うな」と言われることです。その気持ちもわかりますが、「批評」の精神に照らすと、ダメだと思っていることをいいとは言えません。ダメなことはダメと言わないと、批評として成立しません。それを言うことで嫌われるかもしれませんが、それは仕方がないと思っています。

―― そこで言ってこそ愛だと思います。厳しいことを言う方が大変です。

「愛」と言うと恥ずかしいですが、「愛情」ですね(笑)。サッカーを好きでやっているわけですから。
ただ、ひとつ気をつけなければいけないのは、サッカーの中だけで考えてしまうことです。内輪意識の問題然り、物事は、サッカー界の中だけで動いているわけではありません。サッカーのことをサッカーの外から考える必要があると思います。

例えば、岡田監督を批判した人は、自分に照らし合わせたらどうなるのか?「選手が戦ってない」と言う人は、その人自身がどこまで戦っているのか?「もっとリスクを冒して攻めろ」と言う人が、社会の中でどれだけリスクを冒しているのか?「選手が主張しない」と言う人が、社会の中でどれだけ主張しているのか?

つくづく思うのは、日本人は「1対1」の勝負が本当に苦手だな、ということです。サッカーに限らず、議論や対談を見ていてもそう思います。今の選手が意見を言わない、自分の考えを主張しないというのもそうですし、記者も同じです。おかしいと思うことがあるなら会見で聞けばいいのに、言わないんです。口で言わずに原稿に書くのも表現の方法ですが、本当におかしいと思っているなら直接言ったほうがいい。それなのに、それを避けるんです。
自分や社会に投影して目の前の出来事を見ると、今のサッカー界が抱えている問題の本質も見えてくると思います。

先が読めないのが面白い

―― 『サッカー批評』の今後の展望をお聞かせください。

この本は日本のサッカーが中心になっていくと思います。代表とかJリーグとか。テーマはそのときどきです。前もって特集の内容を決めているわけではありません。

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『サッカー批評』編集部の様子。魂のサッカー誌はここでつくられている。

ただ、雑誌の面白さはそういうところにあると思います。狙っていたわけではないけれども、後から振り返るとそのときどきの世相を表している。空気に流されるということではありませんが、先のことはどうなるかわかりません。その中で世の中の流れにどう向き合って、どう批評していくか。そこに挑み続けていきたいと思います。
そして批評の真剣勝負を通じて、日本サッカーの足取りを、選手や関係者、ファンとともに見守っていきたいと思います。

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森哲也(もり・てつや)

1978年8月14日、兵庫県淡路島生まれ。四天王寺国際仏教大学(現・四天王寺大学)を卒業後、上京。2006年に編集プロダクション・レッカ社に入社し、同年末の『サッカー批評issue33』(双葉社)より編集長を務める。サッカー書籍としては『大和魂のモダンサッカー』(双葉社)、『世界のサッカー応援スタイル』(カンゼン)などの編集に携わる。8月に2号目が発売された『欧州サッカー批評』の編集長も兼任する。

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