K氏の大阪ブンガク論

第3回 大阪(関西)弁への厄介な執着

2016.10.04更新

 大阪(関西)人は似非大阪(関西)弁をすごく嫌う。
 テレビや映画で「しばくぞ!」とか「あかんやん」という台詞があって、俳優が「ば」や「か」が強く発音されるイントネーションで言われると、速攻「なんやそれ」とツッコミが入り、「ちゃうやんけ」と腹が立つ。
 関東出身の高校の先生が、大阪ネイティブの生徒に親しむうちに「〜ねん」と語尾を覚え、「ちがうねん」と「が」を高くあげたりすると、生徒たちは一斉に「きっしょ〜」と思い、なかにはわざと大げさに「ちがうねん」と先生の口真似をしてみんなの笑いを取ったりする、K氏のような酷い生徒もいる。

 けれどもこのところテレビに露出する関西系お笑いタレントの影響か、東京方面で「めっちゃ、かっこいい」などと関西弁を使う中高生が多くなってきている。
が、「めっちゃ」の「め」にアクセントがくるのを聞くと、違う!「ちゃ」にアクセントや、と即座に反応する。この「めっちゃ」のように、地元関西以外でしゃべられる関西弁について、変なイントネーションのしゃべり方が増えてきたなあとK氏は思っている。

「それ、全然かっこええことないやんけ」である。
 イントネーションすなわちメロディが音痴なのがいかんのだ。

 それだけでなくK氏は「マクド」のことを「マック」というヤツも許せない。「マクドはマクドやろ。『マック』て、そら食いもん違ごてパソコンやろ。食われへん」というツッコミもおまけについてくる。
 とくに「っ」という促音便的な音が入る言葉を耳にすると神経を逆撫でされイラッとするようで、「『マクド』みたいな品のない言葉はしゃべらないよね」などと、上から目線で言われているような気すらして、「なーにをエラそうに」と思ってしまう。
 こうなればもう大阪弁ナショナリストばりばりである。困ったものだ。

 K氏にかぎらず大阪人の特有の大阪弁いや大阪語に対してのイントネーション、リズム、音韻などなどへの執着は、身体的、感覚的なものゆえ、微妙であり結構厄介だ。
 そのあたりのことを、川上未映子さんは芥川賞のインタビューで、「文藝春秋」(08年3月号)でこう語っている。
「自分が大阪弁なのは変える理由が無いからですね。標準語で喋ると、脳味噌の一部がすごく硬くなっている気がするんです。イントネーションが分からんまま、探りながら喋っているから、すごい疲れてしまう」

 それにしても川上さん、東京に住んでいても、大阪弁を「変える理由がない」というのは、エラい言い方やな。
 西加奈子さんも東京住まいが長いはずだが、たまたまテレビで観ていると、自分のことを「うち」と言い、「そんなん」「なんやろ」とミナミで地元の友だちとしゃべっているような感じで、「めっちゃ〜」は正調大阪語イントネーションだった。

 田辺聖子さんの『大阪弁おもしろ草子』(講談社現代新書)には、戦前の大阪弁について興味深いことが次のように書かれている。
 「明治政府が唱導強制した標準語・共通語はいち早く上方にも広まって、私などが小学生のころ(昭和十年代はじめ)は、もう大阪弁を使うのは品がわるく無学なあかしのように思う気風が、大阪の若いインテリの間にあったように思う」

 田辺さんはその頃、岡山出身者の「若きインテリ」の母から、「そうやしィ」「あかんしィ」というと、下品だと叱られた。
 しかし「大阪弁の語尾を東京風にするというのは、むつかしい以上に、首をくくりたくなるような恥かしさがある」とのことで、「芝居のセリフをしゃべらされているようになり、言葉の生命力が失われてしまう」と書いてる。
 その顛末は、祖父が「じゃらじゃらした怪っ態なコトバ使うもんやない!」と一喝して、田辺家の言語近代化方言矯正運動は立ち消えになったとのことだ。

 この大阪弁=無学、下品。標準語=インテリ、上品という図式は、K氏の学生時代だった昭和50年代ぐらいまでは引き継がれていたと思う。
 神戸市にあった大学で、ちょっとアカデミックな話題になったり形而上な話になると、急に標準語(的イントネーションだけかもしれない)になるのだ。

 K氏はそんなとき、「なんでキミらそんな話になると、東京弁になるねん。変やなあ」と思った。
 だいぶんたって、哲学者の鷲田清一せんせと懇意になって、いつも「フッサールは、語りえないものについて、言葉にせなあかん」とか、「自我なんてない、あるのは経験だけやろ」と京都弁でフツーに言うてるのを聞いて、「この人こそ、本もんの哲学者や」とK氏は快哉を叫んだ。

 このように関西弁に「ぐっと」くるのは、やはり会話の際の「生身」の言葉だ。
 このところ直木賞をみても、西加奈子さんや朝井まかてさんや黒川博行さんといった「関西語話者」による小説が連発で受賞しているが、彼らの書く登場人物の大阪弁〜関西語コミュニケーションの技法こそ、その魅力にほかならない、とK氏は激しく思っている。

 そのあたりの現在進行形を、次回から展開する。

お便りはこちら

みんなのミシマガジンはサポーターの皆さんと運営しております。

江 弘毅(こう・ひろき)

1958年岸和田市生まれ。神戸大学農学部卒。
1989年京阪神エルマガジン社にて『Meets Regional』誌をたちあげ、12年間編集長を務める。
2006年に編集集団140Bを大阪・中之島に設立、現在取締役編集部長。
著書に『だんじり若頭日記』(晶文社)、『「街的」ということ』(講談社現代新書)、『「うまいもん屋」からの大阪論』(NHK出版新書)、『有次と庖丁』(新潮社)、『飲み食い世界一の大阪〜そして神戸。なのにあなたは京都へゆくの〜』『K氏の遠吠え 誰も言わへんから言うときます。』(以上、ミシマ社)など。近著に『濃い味、うす味、街のあじ。』(140B)がある。

バックナンバー