K氏の大阪ブンガク論

第16回 生きることがメジャーであることーー町田康ブンガク(3)

2017.12.17更新

 K氏は文芸誌をほとんど買わない。知り合いの作家やファンの文章が載ったりしたときは、「たまーぁに」書店やコンビニで買うことがあるが、芥川賞作品が発表される『文藝春秋』ですら、人のものを借りてきたり図書館で読んだりする。セコい大阪の編集者である。

 が、2017年9月号の『新潮』は書店で買った。それは表紙に題字と同じ大きさで、「町田康『湖畔の愛』(200枚)」「橋本治『草薙の剣昭和篇』(350枚)」と大書してあり、柴崎友香「トウモロコシ畑の七面鳥」と書いていたからだ。K氏は全員の熱心な読者だ。

 観音開きの目次のあと「新潮1352号」(凄いなあ)と記される大扉の次からいきなり町田さんの『湖畔の愛』が始まっていて、K氏はJR北新地駅から帰りの電車に乗るやいなや読み始めて、「これはおもろい」とその文章のグルーブ感にチューニングが合ったというか、そのまま尼崎で新快速に乗り換えずに、各駅停車の普通電車に座ったまま住居の最寄り駅まで、「読むために乗る」のだった。

 ほぼ1時間車内で読んで、途中でなぜか大阪弁が唐突に出てきて、漫才の芸の話になってきて、なんかホテルに3人のヤクザ者が「こら、鶴丘、ようも恥をかかしてくれたのぉ。どなしてくれるんじゃい」と闖入してきて、こらようでけた吉本新喜劇になってきたなぁ。
 駅で電車を下りたK氏は、一気に読みたくなって、ホームのベンチに腰掛けて続きを読んだ。

 起承転結がはっきりしているとか、全体のメッセージ性が強靱だとか、終わりのどんでん返しが凄いとか、今流でいうとコンテンツが良いとかそういうものではなく、「お、これはまるでオレ宛の、オレのための小説やんけ」と読みに読んだ。一気に最後まで読ませる町田さんのなんでもアリのとてつもない文章は、「結局、何の話やねん。この作品は」と訝ることを許さない。そういうドン臭い読者の頭上をスイとかすめてしまう強度がある。

 当代随一のコラムニスト・小田嶋隆さんが、「人に読まれる文章を書くこと、およびそのメカニズムとはどういうものか」を四苦八苦しつつ5年もかかって著した『コラム道』(ミシマ社)には、そのことをものの見事に捉えていて素晴らしい。

 原稿を書く作業は、誤解を恐れずにいうなら、その都度初めての経験だ。
 構成の立て方や話の運び方について、経験から学び得る部分がないわけではないし、言葉の選び方や結末の工夫についても、おそらく方程式の解法に似た手順が存在しているはずだ。が、それでも、結局のところ、空白の液晶画面にはじめての文字をタイプする書き手は、毎回、手探りからはじめなければならないものなのだ。
 本書が試みたのは、その「手探り」の結果を列挙することではない。「手探り」の方法について、そのメソッドやプロセスを公開するものでもない。
 私が本書を通じて目指したのは、コラムが毎回初めての経験であるということの楽しさを、読者とともに分かち合うところにある。  (まえがき p.2)

 コラムが運んでいるのは、「事実」や「研究結果」や「メッセージ」のような、「積荷」ではない。わたくしどもは、船そのものを運んでいる。つまるところ、コラムニストとは、積荷を運ぶために海を渡るのではなく、航海それ自体のために帆を上げる人間たちを指す言葉なのだ。
 ということはつまり、空っぽの船であっても、そのフォルムが美しく、あるいは航跡が鮮烈ならば、でなくても、最低限沈みっぷりが見事であるのなら、それはコラムとして成功しているのである。
 本書は、何の積荷も積んでいない。
 運ぶのは、今これを読んでいる諸君だ。
 それでは、よい航海を。  (まえがき p.4)



 有名新聞社の論説委員上がりの等々の書き手はともかく、敢えて、普通は、何かのジャンルや専門のプロの書き手である限り「人に読んでもらえる文章の書き方とはどういうものか」なんてものを書かない。「その都度初めての経験」であるからだ。

 「んなもん、いっつも心がけて書いてるやんけ。そやから食うていけてるんやんけ」というK氏も、ふだんから大阪のてっちりや串カツ、北新地の飲み屋について書いている(「沈みっぱなし」のことも多いが)。
 小田嶋さんの『コラム道』の「なんだかわからないけど、めちゃめちゃおもしろい! !」(@三島邦弘)、それでいて一気に読ませるところは、「書くことを書く」すなわち「生きていることを生きる」生身の深刻さがリアルだからだ、とK氏が卓見しているところはあながち外れではない。

 ロラン・バルトがしばしば言及するところのアレだ。

 私は書く。それが言語活動の第一度だ。それから、私は《私は書く》と書く。それが第二度だ。(すでにパスカルも言っている、「のがれ去った思考、私はそれを書きとめておきたかったのに。かわりに私は、それが私からのがれ去った、と書きとめる。」
           (『彼自身によるロラン・バルト』 p.90)



 200枚の小説を一気に読ませる技芸とは、長嶋茂雄が思いっきりスイングして(最後にヘルメットをトバして)三振しても、大喝采を受けてしまうことに近い。
 オリンピックの走り高跳びで、選手が直前に屈伸したりして、カッコええ助走に入って、「おっ、これは背面跳び。まさしくフォスベリー・フロップやんけ」となったあと、2メートル50センチのBarをポトリと落としても観客は満足する。
 良い文章とは最後まで読める文章なのである。200枚の原稿を仕上げる書き手の時間と読み手の時間は何の相関関係もないが、突然チューニングが合ったりスピードがシンクロしたりするのである。

 しっかし、この『湖畔の愛』の200枚小説はなんや!
 登場人物にかて「顕鴑梨菩美」よう読まん漢字使てるし、だいたい「鴑」ちゅう漢字、ATOKの手書き文字入力で書いてそれをコピペしてググるんやけど、どんな鳥やわからん。
 で、ググると「レファレンス協同データベース」にひっかかって「『大漢和辞典 巻12』p.13406によると、「ヌ」「ド」と読む。意味は「鳥の名前」とあり、種類についての記載なし。
 「尾鴑」の由来について、『全国名字大辞典』など名字辞典類にも記載がなく、ジャパンナレッジの百科系などにも記載がないため、読み方のみお伝えした。」

 「なんじゃそれは」とK氏はあきれているが、ストーリーというか「行が行を生んでいく」タイプアップの筆運びの音みたいなものすら感じられ、おもろすぎるのだ。
 
 「芸術とはなにか」とか「純文学を書くことの意味」とかを町田さんは退ける。というか一切関心を置いていない節がある。
 それに加えて、「好きなようなことをして(書いて)、メシを食う」という、「仕事へのひたむき」さ、すなわち「生きることへの真面目さ」について、トラディショナルな考えを持つK氏がしびれている。

 前話『関東戎夷焼煮袋』で、これはもうストレートに出てくる。

「此の度、大阪人という雑誌の編輯業務を担当することになった。付いては文章を寄せられたい。期日は幾日。稿料は幾ら。否か応か。存念を伺いたい」
 私は直ちに答えた。「諾」と。なぜなら文章を寄せるのは私の生業であったからである。 (p.60)


 そして「おもろいことを書く」ことについて、現にこれを書いている書き手として、必ずのたうちまわるシーンが多出する。
 「おもろいやつ」あるいは「おもろく生きているやつ」である。これはある種の大阪人にとっては、「人が人としてあるための値打ち」のようなものである。
 何回も言うが、もちろん「おもろい」は、単に「笑える」という吉本芸人的なこととは違う。
 
 これは、又吉直樹さんの『火花』で、大変よく似た言及が見られる。
 「弟子にして下さい」という主人公に「俺の伝記を書け。それが書けたら免許皆伝や」という神谷さんにこのように言わせている。冒頭のところだ。

「漫才師とはこうあるべきやと語る者は永遠に漫才師にはなられへん。長い時間をかけて漫才師に近づいて行く作業をしているだけで、本物の漫才師にはなられへん。憧れているだけやな。本当の漫才師というのは、極端な話、野菜を売ってても漫才師やねん」

「漫才師とはこうあるべきやと語ることと、漫才師を語ることは全
然違うねん。俺がしているのは漫才師の話やねん」

「自分が漫才師であることに気づかずに生まれてきて大人しく良質な野菜を売っている人間がいて、これがまず本物のボケやねん。ほんで、それに全部気づいている人間が一人で舞台へ上がって、僕の相方ね自分が漫才師やということ忘れて生まれてきましてね。阿呆やからいまだに気づかんと野菜売ってまんねん。なに野菜売っとんねん。っていうのが本物のツッコミやねん」



 本物の「小説家」である町田さんは、『湖畔の愛』においても本物のボケもツッコミも自在に見せる。
 「笑いのニルバーナ」などと表現しているが、まさに「俺が追い求めていた、話芸の三昧境の住み味はこれだったのか--」というところだ。

 言葉を繰り出しながら大野はきれぎれの意識の中で一瞬、これだったのか、と思った。もはや組み立ても間合いもなかった。計算も技巧もなかった。ただ言葉が口から流れ出ていった。勝手に身体が動いた。いつもならそれに対して大野の意識は焦ったり慌てたり、よしよしこの調子とか、いまのは少し間合いが遅れたな、などいちいち考え、その都度、言葉や動きをコントロールしていた。けれどもそれがなく、大野の意識はまるで存在しないようだった。それは大野の意識が発する言葉とぴったり同時に存在するからで、普段のように、事後的に、遅延して、または言葉を発する前に、先行して、言葉や動作を評価することがなかった。だから大野が、これだったのか、と思ったのも言うように一瞬のことだった。一瞬、一体化した言葉と動作の力の動きによって反対側に飛び散った飛沫のような意識で、すぐに飛び散って消えた。(p.62)



 富岡多惠子さんが『シリーズ いま、どうやって生きていますか?① わたしが書いてきたこと』(SURE)で、黒川創氏ほかの聞き手に答える、物書きとしての「身体性」も非常に近いものがある。
 このインタビュー本の始まりはこんな感じだ。

富岡 「私の考えてきたこと」? 考えてなんかきていませんよ。なんで、こんなあほくさい題にしたの?  (p.7)

富岡 「......大阪の庶民のコトバの強さと、詩のコトバの関係について」。くわーっ!  (p.13)



 しかしながら、こういう質問をされると、この手の大阪人は困惑してしまう。「表現者」である前に「都会人」としての「ハニカミ」があるからだ。

黒川 「創作の原動力は何ですか。『生きる』ことへの違和感のようなものが、創作の原動力であり得ますか。あるいは、『女である』ということは?」(p.15)

富岡 (略)わかってくれればいいし、わかってくれなくてもいいけど。
 生きるということへの違和感とか、そんな贅沢なこと言っている場合じゃなくて、とにかく、一人でめしを食って生きていきたいのね。そのためには自分でなにかするしかないでしょう? それには、自分の芸で食っていきたい。その時は芸なんていう言葉は思いつかなかったけど、ものを書いて食っていきたいと思ったんじゃない? 一人でできること、これ大事ね。編集者との付き合いとか、その後いろいろあるけど。  (p.18)


 大阪の作家作品の「身体性」とは「生きることがメジャーであること」そのものである。

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江 弘毅(こう・ひろき)

1958年岸和田市生まれ。神戸大学農学部卒。 1989年京阪神エルマガジン社にて『Meets Regional』誌をたちあげ、12年間編集長を務める。 2006年に編集集団140Bを大阪・中之島に設立、現在取締役編集部長。 著書に『だんじり若頭日記』(晶文社)、『「街的」ということ』(講談社現代新書)、『「うまいもん屋」からの大阪論』(NHK出版新書)、『有次と庖丁』(新潮社)、『濃い味、うす味、街のあじ。』『いっとかなあかん店 大阪』『いっとかなあかん神戸』(以上、140B)、『飲み食い世界一の大阪〜そして神戸。なのにあなたは京都へゆくの〜』『K氏の遠吠え 誰も言わへんから言うときます。』以上、ミシマ社)など。津村記久子さんとの共著『大阪的』(ミシマ社)も大好評発売中。

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