なめらかな会社が好き。

第2回 2つの勘違い

2013.06.11更新

 まず何が苦手かって、組織が苦手です。組織と言いますか、おかしな上下関係が嫌いです。意味もなく上な人とか、意味もなく形式的なルールとかが。そんな人間が組織を作っているのですから、皮肉なものです。

 中学校に入るといろんなクラブがあります。なんのクラブに入ろうか、と説明を聞いていると、「テニス部に入ると一年生の間は基本的にボール拾いだよ」と言われて、えっ!?と思いました。どうして全員がテニスできるだけコートを作らないの?と考えてしまう人間です。

 結局僕は陸上部で長距離を走っていました。よーいドン、したら、先輩も後輩もないですからね。速ければ先輩を追い越せば良いし、遅ければ抜かれていきます。そんだけです。フラットでした。

 高校は山に登るワンダーフォーゲル部に入り、大学はサイクリング部でした。サイクリング部は体育会でしたが、いわゆる体育会的な上下関係はなく、敬語の使えない新入生が入ってきても、2年生くらいになって後輩もできた頃に緩やかに矯正されていき、それでも敬語を使わない人はそれはそれでそのまま大人になれるという、とても寛容な体育会クラブでした。いまだにタメ口で話しかけてくれる後輩がいます。

 そして就活もまともにせず、起業です。組織経験が圧倒的に足りません。

 組織を作ってみて、13年もかけて数々の失敗を繰り返しながら、今改めて考えてみると、会社を作った頃に2つくらい大きな勘違いをしていたと思います。

 まず1つは、組織はフラットであるべきだ、という理想像です。よーいドン、でスタートする陸上部はフラットでした。

 高校時代にワンゲルのリーダーになって、4人くらいで毎日トレーニングしていました。放課後にメンバーが集まってから、今日はあそこに行ってみよう、と出かけて行ってトレーニングというか、遊ぶというか、丘を走ったりバスケをしたり、好きなことをやって過ごしていました。雨の日は部室で大富豪をしていました。一応トレーニングはしていますが、組織の形態としては小学校の時の放課後の遊びに近いものでした。

 そうそう、小学校の時の放課後の遊びは本当に楽しかったです。毎日誰かの家に集まって、冒険をしたり、家を作ったり、野球をしたり、ファミコンをしたり。マネジメントとか、リーダーシップとか、全くありませんが、自然発生的にその日にやることが決まっていく。今思えば、僕はそういう遊びを考えて、よく提案していました。

 高校のクラブもそういうノリでしたし、会社を作ってしばらくの間もそうでした。2001年に妻の令子さんと、高校のワンゲル部で一緒だった大西くんと会社を作り、大学の友だちの檀上くんが入って、2004年まで、4人でやっている間はほぼ同じやり方でした。やっていることは仕事で、お金が動いていたり、相手も大人だったりするのですが、組織の動き方は小学校の放課後状態。毎日朝に全員で集まって、さて、今日はこんな感じでいってみようか、という具合です。このくらいの人数だとそれで十分回ります。

 それが、2004年に会社を東京に移し、一人、また一人と社員が増え、20人近くになってくるとうまくいかなくなってきました。うまくいかないというか、毎日それなりにみんな楽しそうにやっているんですが、成果が上がらないんです。4人であれだけできていたんだから、20人にもなればめちゃくちゃすごい事ができるぞ! と思っていたのですが、なかなかそうはならない。

 その時もまだ、会社には部署とか上司とか何もありませんでした。毎日全員で集まって、じゃあこれをやってみよう、と進めていました。一応担当っぽいものはあるのですが、それも日々変化していきます。

 2004,5年くらいの当時、「Web 2.0」ブームというものがありました。アメリカのティム・オライリーという方が、「Webは1.0から2.0に変化しているのであるぞよ」、と宣言したことによって、全世界的にインターネットがバージョンアップしてしまいました。面白いですよね。世界がバージョンアップするんです。インターネットの世界にいると、たまにそういう事が起きます。

 最近の同様の言葉だと「クラウド」でしょうか。インターネットはそもそもの最初からクラウドですが、Googleのエリック・シュミットという偉い方が「これからはクラウドである」、と仰ったので、クラウドと言えば未来の証です。控え控え~、この紋所が目に入らぬか~! ははぁ~、クラウドさまぁ~。

 話をもどしてWeb 2.0ですが、さすがになにも中身がないのに、全世界でバージョンが上がったりはしません。大雑把に言えば、この時に言われた変化というのは、権威のある人が作ったコンテンツを多くの人が見る、という1.0の状態から、誰でも参加でき、コンテンツを生み出すことができる2.0の状態への遷移が語られたわけです。
 要するに、Yahoo!トピックスも面白いけど、はてなブックマークも面白いよね、という話です(笑)。そして、権威も良いけど、フラットも良いよね、という話です。誰でも発信者側に回れるんだ。無名のあなたも作家になれるし、ジャーナリストにもなれるんだ。Webは新しいバージョンに突入したんだ、というわけです。ワクワクしますよね。ネットの陸上部です。よーいドン!

 はてなは当時からブログとブックマークが人気サービスでした。最初から陸上部をやってたわけです。権威なし。フラット。誰にでも平等にチャンスがある。(逆に人気が出てもあまり権威付けをしないから、人気が出た方の中には物足りなさを感じていた方もいらっしゃったようです。もったいないことをしました)

 それではてなは日本のWeb 2.0の旗手である、ということになって、毎月のように新聞や雑誌、テレビなどなど取材が殺到するようになりました。

 村上龍さんと小池栄子さんの『カンブリア宮殿』というテレビ番組があります。今でも、登場する社長さんは皆さんすごいなあ、と思って熱心に観ている大好きな番組なのですが、このカンブリア宮殿にも出演させて頂きました。
 さすがに一人では間が持たないと判断されたのだと思いますが(笑)、mixiの笠原社長と二人で、Web 2.0の代表企業、76(ななろく)世代の起業家コンビ、ということで取り上げて頂きました。いやいや、大変な事です。まだ組織のその字も分かってないような若者を捕まえてきて、あの村上さんから、話を聞かせてください、と仰って頂ける。とても光栄でした。

 そうやって共演させて頂いた笠原さんは、mixiを上場され、すごい時価総額を付けられ、そして今年新しい経営陣に経営をバトンタッチされて会長になられました。ほんとうにお疲れ様です。8年も時間があると、同い年の社長さんが上場企業の社長になって、引退して会長になるくらいの出来事が起こります。めまぐるしいです。
 そんな時間が過ぎている間、自分は何をしていたのかというと、なんともぼちぼちと進んでいます。自転車旅行みたいな進み具合です。しかしまあ、あの時になんの力もないまま無理をして上場をしていたら、僕はたくさんの株主の方からお叱りを受けたでしょうし、今頃は社長をやっていないでしょう。何が正解かはいつまで経っても分かりません。

 たくさん取材を頂いて、興味をお持ち頂ける事が多かったのが、組織のフラットさでした。ちゃんとした組織構造がない。毎朝全員で集まってきて、立ったまま今日は何しようかと話し合っている。自分の席が決まっていなくて、好きな席に座って仕事をする。これが新しい会社のあり方か! ってなもんです。みんな本当は小学校に戻りたいのかもしれません。

 そこばかりがたくさんの方に取り沙汰されて、さすがに勘違いしました。なにかすごいものを発明したつもりになっていました。
 しかしさすがに、結果がそれほど伸びていないのは明らかでしたし、少し経って、これはなんか違うな、と思うようになりました。

 これはなんか違う、と思いつつも、その代替策を僕は全く持ち合わせていませんでした。じゃあどうしたら良いのか、さっぱり分かりません。このままだとろくなことにならないのは分かっている。だけどどうして良いかも分からない。アメリカに行ったのは、そんな2006年の頃でした。

 2つの勘違いどころか、最初の勘違いすら回収できませんでしたが(笑)、次回に続きます。

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近藤淳也(こんどう・じゅんや)

1975年三重県生まれ。京都大学理学部卒。2000年同大学院中退後、2001年7月に「人力検索はてな」を開始し、有限会社はてなを京都で設立。2003年「はてなダイアリー」サービス開始、2004年2月に株式会社はてなに改組。現在、京都に本社、東京に本店がある。著書に『「へんな会社」のつくり方』(翔泳社)。

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