なめらかな会社が好き。

第4回 それでも夢を追い求める 〜映画『風立ちぬ』を観て

2013.08.13更新

 宮崎駿さんの『風立ちぬ』を観てきました。映画公開後、ネット上でも随分と話題になり、連日はてなブックマークの人気記事コーナーも感想や批評ブログで賑わっています。皆さんの感想を拝見していると、宮崎アニメにしては主人公二郎と菜穂子との愛情表現がストレートで新鮮だ、とか、昭和の日本の情景が描かれていて豊かな日常があったことを実感できる、といった方がいて、うん、そうそう、などと頷きながら読んでいます。ブログはその方その方の解釈が現れていて、いろいろな視点を吸収できておもしろいですね。

 さて、そういう僕は、『風立ちぬ』を見終わったあとに、なんとなく興奮と哀しさが共存したような気持ちがありました。あえて言葉にすると「一人の技術者が国の運命を背負うような仕事ができるのは幸せだな」と思うと同時に、「しかしそんなことが起こるのはとても稀なことだな」という気持ちです。

『風立ちぬ』で一番わくわくしたのは、「一人の技術者がものづくりに没頭しているうちに、国の運命を背負ってしまった」という点でした。主人公の堀越二郎は、世界的にも評価の高い零戦を設計した優秀な設計士です。作っているのは戦闘機です。だから、おのずと自分の生み出したものが戦争に加担していくことになりますし、特攻隊のような悲劇的な出来事も起こります。そんな仕事を「幸せだ」などと簡単にくくるのは不謹慎でしょうし、とくに対戦国をはじめとする日本以外の方からすれば、「何を言っているんだ」と腹を立てても仕方がない話でしょう。

 それはその通りなのですが、それでもなお、一人のものを作る人間がいて、自分が作りたいものを作っているうちに、世界の運命を背負ってしまうような体験ができた、というなかに、ある種の幸せを感じざるをえません。自分が飛行機を設計したなら、なるべくたくさんの人に乗ってほしいし、なるべく世の中に大きな影響を与えるようなものが作りたい、と思うのは、ものを作る人間の根源的な欲求だと思います。

 宮崎さんもまた、一人のアニメ作家として、登場人物と情景を考え、物語を考え、映画作りに没頭するうちに世界に大きな影響を与えるようになった方です。そこに二人の共通点がありますし、宮崎さんの堀越さんに対する共感や憧れがあるのではないでしょうか。

 堀越二郎さん自身、とても優秀な方だったのだと思います。単に技術的に優れていただけでなく、独創性があり、美しいものへのこだわりがあった、天才的な方だったのだろうと想像します。しかし、もし仮にその堀越さんが今の日本に生まれていたら、同じようなことは起こらなかったのではないでしょうか。航空会社で新型飛行機の設計に携わるようなことはできるとしても、世界の歴史に名を残すようなことはなかなか難しいかもしれません。

 どうしても本人の能力とは関係なく、世の中の環境が関係してきます。それはもう、運命としか言いようがなく、個人でどれだけ望んでもどうしようもない要素があると思います。「その時にしかできない」という時代に、時代に要請された才能を持って生まれることの幸せを感じざるをえません。

 インターネットが出てきてからのこの20年もまた、同じような幸せな時期にあるのだと思います。技術的なインフラとしてのインターネットが着実に普及していくなかで、その上にどういう仕組みがあれば人々に使われるのか。最初はよくわからない。よくわからないから、いろいろな人がものを作って試していく。そうすると、そうか、検索エンジンというものが必要だったのか、とか、ブログが必要なんだ、SNSが必要なんだ、ということが徐々にわかっていく。

 新しいサービスが出て淘汰されていく裏には、必ず技術者がいて、創意工夫をしています。こんな仕組みがあると世の中は変わるのではないか、と考え、ものづくりに没頭している人がいます。

 Google創業者のラリーとサーゲイしかり、Facebook創業者のマーク・ザッカーバーグしかり。それとは随分規模が違いますが、自分たちもまた、ブログが日本で普及を始める瞬間に、開発者として歴史のなかにいました。はてなダイアリーという、国内では最初の本格的なブログサービスを開発して、次々に新機能を追加してきました。一体どれだけの人が、日記のようなものをネットに公開するのか、誰もわからないところから、今のようにブログがネットの基本サービスの一つになるところまで来ました。それが今のはてなにつながっています。

 Facebookの創業ストーリーをモデルにした映画、『ソーシャル・ネットワーク』が公開された2010年頃から、日本でもまたスタートアップベンチャーがブームとなり、次々に新しいサービスが考案されています。資金調達の環境が整備されたりといった環境面の影響もあると思いますが、起業家のなかには、同様の夢を抱いて自分のアイデアを世に問おうとしている人も多いと思います。

 しかし、その中から本当に大きなヒットサービスとなり、社会を変えるような仕事ができる人は一握りです。作ったものが的外れかもしれないし、そもそも時代的に、そういう時期ではないかもしれません。大きな夢があるぶん、悲哀があります。

 それでも、新しいものづくりに賭ける人たちの原動力は、きっと根源的には、自分が作ったもので、世界の運命に関わりたいという願望だと思います。僕自身も、はてなも。

 そんなに簡単にいくことでもないし、残念な結果に終わることも多いですが、「それでも夢を追い求めよ」という、宮崎さんからのメッセージを僕は受け取りました。

お便りはこちら

みんなのミシマガジンはサポーターの皆さんと運営しております。

近藤淳也(こんどう・じゅんや)

1975年三重県生まれ。京都大学理学部卒。2000年同大学院中退後、2001年7月に「人力検索はてな」を開始し、有限会社はてなを京都で設立。2003年「はてなダイアリー」サービス開始、2004年2月に株式会社はてなに改組。現在、京都に本社、東京に本店がある。著書に『「へんな会社」のつくり方』(翔泳社)。

バックナンバー