なめらかな会社が好き。

第9回 会社は「人」でできている

2014.01.16更新

 京都に帰ってきてからもうすぐ6年になろうとしています。
 2008年に京都に戻った時に20人ほどだった社員も、年々増え続けて今は70人近く、アルバイトのメンバーなどを含めると100名近い所帯になりました。この規模で企業が年々成長していくために、経営の仕事を洗練させていく必要がありました。

 どんな内容の仕事でもそうだと思いますが、「それじゃ今日から経営の仕事に力を入れよう」、と心に決めて、さっと切り替えられるほど経営は甘くはありませんでした。たくさんの失敗もし、いろいろな人や本から学び、今に至っています。
 今では社内にいくつもの組織ができ、それぞれのチームにはリーダーが置かれ、チームには年間の目標が設定されて、毎月目標の進捗を確認しながら、半期ごとに見直しや評価を行っています。現場のメンバーと社長の間には、1人から3人くらいの責任者が立ち、全体で3から5階層くらいの組織になっています。サービス開発を行うサービス開発本部以外にも、広告営業を行う営業部や、会社の土台を支えてくれるコーポレート本部など、それぞれの役割を担う組織ができ、その分野のプロフェッショナルが活躍しています。
 シリコンバレーやそれ以前のことを思い出すと、あれから随分と会社も変化したな、と感じます。日々の変化は少しでも、6年間進み続ければ、中学生くらいだった会社が、成人になったくらい、いや、もう少し大人になって、25歳くらいまで成長したように思います。

 6年もやっていますと、学んだことはこれです、と簡単に説明することも難しいほどいろいろなことがありました。まだまだこれからも成長していかなくてはいけない会社ですから、今も全力で前進中ですが、あえてここまで学んだことで一番大きなことをひとつ言うとすれば、「人」について一番学ぶことが多かったように思います。

 人。人間。

 人とコンピュータでは決定的な違いがあります。人には心があります。
 コンピュータであれば、「このように動作せよ」というプログラムを書いて実行すれば、半永久的にその動作をし続けます。自分で創意工夫してやり方を改善したりすることはありませんが、疲れたりすることもなく、毎日同じ動作をし続けます。
 ところが人間は違います。まさか人間もコンピュータのようにプログラムすれば動くと思っていたのか、と言われれば、もちろんそういうわけでもないのですが、人の集合である会社を経営していく際に一番重要になるのは「人」の理解である気がしてなりません。

 たとえば会社で「この事業をやろう」と決めて、それを実現したいとします。
 事業を実行するためのチームを作り、責任者を決め、責任者やメンバーと話し合って「こういう事業を行ってこれくらいの成長をしよう」と年間の事業計画を決めたとします。
 この段階で、コンピュータであればプログラムが完成した段階と同じですが、あとは放っておいても計画通りに物事が進む、ということは決してありません。

 実際にやってみると、予期しなかった問題が起こります。
 うまく開発が進まなかったり、いざサービスをリリースしてもなかなかユーザーさんが集まらなかったり。
 そもそも最初の段階で、「こういうことをやろう」という内容すらも、正確に共有するには工夫が要ります。いざ作ってみたら、最初に考えていたイメージが随分違ったことがようやく分かった、なんてこともよく起こります。
 そして何よりも、ある程度の頻度でコミュニケーションを繰り返さないと、だんだん仕事が進まなくなったりします。しかしこれはなぜでしょうか?そもそも人はなぜ仕事をするのでしょうか。

 繰り返すように、人間をコンピュータと同じだと思っていたということでは決してないのですが、それまでのプログラムを書く仕事と、経営の仕事で、なにが一番違ったかというとこの部分だったと思います。
 人間には心がある。コンピュータにプログラムを実行してもらうために、コンピュータのモチベーションについて思いを巡らせて、コンピュータがやる気になるように取り計らう必要はありませんが、人間の場合にはそれは必要になります。

 しかもややこしいことに、人はすべて違います。個人個人によって、仕事をする理由も違えば、やってみたいことも違います。ものの見方も違いますし、得意なことも違います。その違いを理解して、それぞれの人がなるべくやりたい事を実現できるような環境を作り、なるべくやりがいのある仕事をいかに用意できるか、考えなくてはなりません。

 経営の仕事をやるようになるまでは、それほど意識しなかったことなのですが、このコンピュータと人間の違いの中に人間の「心」があり、そこに人間の本質があるのではないか、と考えるようになりました。
 人をそのまま理解しようとするのではなく、コンピュータとの違いについて考えることで、より人間の本質が見えやすくなるように思います。

 人には心がある、ということは誰でも知っていることですが、それが何なのかはよく考えるとさっぱりわかっていません。

 僕たちは小学校から教育を受けて、中学、高校、大学と勉強をし、この世の中がどのように成り立っているかを学んできました。科学によって、世の中の基本的な原理のかなりの部分が解明され、人間は世界のことをだいたい知っているような錯覚を持つことがありますが、実は一番身近な自分のことや、となりにいる人のこともよくわかっていない。現に、これまでに受けた科学の授業で、「心」とは何か、をきちんと教えてもらったことは一度もありません。

 ところが、いざ仕事をしてみると、この人間とやらがとても重要になってくる。
 科学では解明できていない人間について知らなければ、経営はできない。

 そんな事を漠然と感じながら、次第に「科学ではまだわかっていない」部分に興味を持つようになりました。

 そのひとつが礼儀です。

 礼儀正しくしなさい、と言われればどういう事を想像するでしょうか。
 人と出会ったら挨拶をしましょう、とか、人の話はちゃんと聞きましょう、とか。

 これって、全然科学的ではありません。なぜそうしないといけないか説明せよ、と言われても困ってしまいます。少なくとも理科の時間に礼儀については習いません。
 そして、説明が難しいために、取るべき行動だけが示され、それが権力のある人から発せられると胡散臭く聞こえたりもします。
 なぜそうしなければいけないのか、強いて理由を言うならば、相手の気持ちをよくするため、というところでしょうか。
 挨拶をきちんとしなければ相手の気持ちを害しますし、話を聞かないのも同様です。

 ところが、なぜ相手が気持ちを害するのか、と問い始めると、これまた難しい。
 人が挨拶してもらえないと気分を害するのはなぜでしょうか。
 というよりも、相手が丁寧に挨拶をしてくれると嬉しいのはなぜでしょうか。

 こんなことを考えるうちに、僕は礼儀の本質は「相手に自分の持っているものを捧げること」だと感じるようになりました。
 挨拶するということは、ちょっとした気持ちや時間やエネルギーを相手に捧げます。
 話をきちんと聞くのも、自分の時間や力を相手の話を聞くことに捧げます。
 受け取る側からすると、そこに何かしらの喜びがある。
 相手から何かをもらえた、大切にしてもらえた、という小さな感動がある。
 そういうものを捧げあうことで、相手を大切に思っていることを伝え合い、お互いに大切だと感じあえる関係を作るのが礼儀のように思います。
 そして人が動くのは礼儀があるときではないでしょうか。

 人がなぜ仕事をするのか、を考えると、これまた結構複雑だと思います。
 給料をもらって生活をするため、とか、上司が指示を出したから、とか、自分の夢を叶えるため、とか、世の中の役に立ちたいから、などなど・・・。
 どれか一つでもなく、それらが混ざっているうえに、人によって比率はさまざまです。
 ただ、ひとつ言えることは、会社として成果を出していくためには、チームワークが必要であり、チームワークを行うにはコミュニケーションを行って、人と連携して仕事をする必要があるということです。

 そして、人が人と連携して仕事をする際に、たとえば相手と話し合って結論を導いたり、その結論にしたがって仕事を進めるためには、ある程度相手との信頼関係が必要になります。相手と「こうやって進めよう」と決めたんだから、一緒に決めたことを守ろう、と思うのは、何もお金をもらっているから、とか、就業規則で決まっているから、というだけでもないですし、そこにはやはり、「この人と決めたんだから守ろう」という人と人との関係が基本に存在してくると思います。
 そして、そういう信頼のおける人間関係はどのように発生するかといえば、日頃の積み重ねの結果である、と感じます。

 会社というのは、こういう一つ一つの信頼関係で結ばれた、大きな生命体のようなものではないでしょうか。全員が全員と関係を結ぶのは難しいとしても、それぞれの点と点が、いくつかの線で結ばれ、それぞれの線を辿って行くと、全体が網のようにつながった人間のネットワークです。

 もちろん別の側面から見れば、ある資本やお金の流れをもとにしてできた経済的な存在であるという見方もできますし、あるいは組織図や指示系統を使って組織構造から見ることもできますが、そうしたお金の流れや、組織図は、いざ会社に出社して目の前に物理的に存在しているものではりません。

 目の前に存在するのは人間の集団であり、そうした集団が何によって結びついているのか、その集団と、それ以外の人を分けているものは何なのか、と考えると、「一緒に仕事をする」という意志でつながった人間関係の連鎖の総体としての会社の像があるように思います。

 そして、この網のような構造をしたネットワークをつなげているものが何であるか、と考えると、個々の点と点、人と人をつなげている人間関係であり、その人間関係は礼儀などを通じて強化される信頼と呼ばれるような力によってつながっている、と感じます。

 ですから、人と人をつなぐ力を強化する行為がとても重要になりますし、そのためにはその法則を知りたい、ということで、あれこれ考えを巡らせ、例えば礼儀についてはそのように考えたのですが、そこまでいったところで、人間がなぜ何かをもらうと嬉しいのか、ということはよくわからないままです。
 がしかし、それ以降はもう科学研究の分野だと思いますから、さらなる探求は他の人に任せるとして、ひとまずの理解として、人は何かをもらえると嬉しいし、礼儀の本質がそこにある、と考えると礼儀はとても理にかなったものに思えてきます。偉そうな人が押し付けてくる胡散臭いものから、人が喜びを与え合い、関係を強化し、一緒に仕事を進めていくうえで非常に重要な行為に思えてきます。

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近藤淳也(こんどう・じゅんや)

1975年三重県生まれ。京都大学理学部卒。2000年同大学院中退後、2001年7月に「人力検索はてな」を開始し、有限会社はてなを京都で設立。2003年「はてなダイアリー」サービス開始、2004年2月に株式会社はてなに改組。現在、京都に本社、東京に本店がある。著書に『「へんな会社」のつくり方』(翔泳社)。

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