なめらかな会社が好き。

第3回 自分と他人の関係性

2013.07.16更新

 こんにちは。前回、会社を作るにあたって大きな勘違いをふたつしていた、という話を始めましたが、そのひとつめの、組織はフラットな方が良い、と思っていたことから続けようと思います。

 月に1回の連載で、二つある、と書いておいて、ひとつめの結論を書かず、ふたつめを紹介もせずに次回に続きます、とやると、1カ月後に何の話だったか思い出すのに時間がかかることがよくわかりましたし、読者の方も何の話だったか思い出せないと思いましたので、できるだけ毎回完結させていこうという所存でございます。今月もおつきあいください。

 それで、組織はフラットな方が良い、と思っていたのに、やってみたらなかなかうまくいかなかった、という話ですが、結論を言いますと、やはり組織には階層構造や、非対称性が必要だと最近は感じています。

 それから、忘れないうちにふたつめの勘違いをご紹介しておくと、情報はなるべく共有した方が良い、と思っていました。こちらについても、時と場合による、と今は感じています。

 両方とも、かつて書きました『「へんな会社」のつくり方』では、基本テーマのような形で書いていましたので、その後いろいろやるうちに、少し考え方が変わってきています。

 ふたつともに関係があることなのですが、僕は大学が理系の学部でしたので、理系研究室的な議論の仕方に慣れ親しんできました。たとえば数学の問題を誰かが前で解いていて、間違いを見つけたらなるべく言ってあげる。みんなの前でも、手をあげて指摘してあげる。議論が始まったら、なるべく自分の意見やアイデアを述べて、全体が早く正解に辿り着けるように貢献する。科学的な議論をする場所では、なるべくオープンでフラットな議論ができた方が、より良い解に辿り着ける、という信念のようなものが根底にあるように思います。

 プログラマの世界もそれと同じような雰囲気があって、コードもオープンソースで公開されているし、コードにミスがあったらお互いに指摘してあげたほうが良いし、アイデアがあればコードで書いて相手に送ってあげることが貢献である、という文化です。ミスを指摘するときも、みんなの前で指摘をすると相手が傷つくのではないか、といった気遣いのようなものはなく、むしろそんな自分の感情のようなちっぽけなものを超越して、正しいことは正しいと受け入れられることが、一流の証です、という風情です。

 このやり方は、数学やプログラムのような、論理的に正解が導きやすい分野で有効だと思います。出された意見が正しいかどうかが、客観的に判断しやすい場合です。たくさんの人の知恵を結集して、一人では気づかないことを指摘しあったり、アイデアを出しあったり。

 ところが、これと同じことを、仕事でそのまま実践しようとすると、うまくいくところもあるのですが、なかなかうまくいかない部分も多いように思います。なかなか何が正しいか、なんて、どこまでいってもわからないことのほうが多いです。

 そんなの当たり前だろう、と思われるようなことかもしれませんが、僕はとにかくここに納得というか、諦めというか、腑に落ちるのに時間がかかりました。

 それじゃあ何がきっかけで、今は考えが変わったのか、と言われると、理由もたくさんあって、これだ、とひとつ取り出すことも難しいのですが、一つあるのは、元のやり方ではうまくいかなかった、ということです。

 会社にビジネス経験の豊富な、僕よりもずっと社会経験や、大きな組織のご経験のある方が加わってくださって、お任せしたチームがどんどんまとまり始めて、成果が出るようになる。決めた目標を、いつもちゃんと達成して、チームの統制が取れている。なんだか見ていて気持ちが良い。一方で、これまで通りのやり方でやっているチームは、なかなか目標を達成できない。さすがに、何か別のやり方を考えないといけないのではないか、と思いました。足らないものは何なんだろう、とずっと考えてきました。

 仕事をしているのはみんな、心を持った人間です。だから、みんなの前で自分の仕事を批判されたら落ち込むし、ひどいときには怖くて動けなくなります。どれだけ正しいと思っていても、伝え方というものがある。相手の心がある。人間の心のことを考えられなければ、組織は成功しないのではないか、と考えるようになりました。

 フラットな議論にしても、いつも民主的に、全員参加で議論をしていても、なかなか結論が決まらない。全員が納得するまで議論をしよう、とやっている横で、リーダーが熟考の末に「これで行きましょう」、と明確な指示を出して、素早く仕事の手を動かしたチームが成果を上げたりする。確かにメンバーが一度自分の意見を聞いてもらえたことで、たとえ思い通りの結論にならなかったとしても、納得して仕事に打ち込める、という場合も多いのですが、行きすぎたフラット化も考えものだな、と感じています。

 ただ、ちゃんと他人の心を気遣いましょう、といきなり言われても、そう簡単に「はい、そうですか」とできないのも人間なわけで、もはやこういう話になってくると、組織のマネジメント手法がどうこう、というよりも、人として、他人とどういうスタンスでつきあっているのか、自分と他人の関係性という、それぞれの人間の本質的な部分に関わる話で、そこが難しくもあり、面白い部分でもあるように思います。

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近藤淳也(こんどう・じゅんや)

1975年三重県生まれ。京都大学理学部卒。2000年同大学院中退後、2001年7月に「人力検索はてな」を開始し、有限会社はてなを京都で設立。2003年「はてなダイアリー」サービス開始、2004年2月に株式会社はてなに改組。現在、京都に本社、東京に本店がある。著書に『「へんな会社」のつくり方』(翔泳社)。

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