似合わない服 ミルコの六本木日記リターンズ

第4回 ギャンブルフィッシュ

2017.08.01更新

 私が六本木に住んでいた頃、<ギャンブルフィッシュ>という洋服屋さんが六本木にあった。六本木ヒルズのはしっこに、あった。前はあったが、いまはない。
 2003年春に出来た六本木ヒルズは、ヘンなかたちをしているなと、工事中から思っていた。
 ジャズ仲間が六本木ヒルズの仕事に携わっていた。一人は工事の設計士だったが、造るのにたいへん苦労していた。さらにもう一人、六本木ヒルズに出店されるファッションブランドの建築デザインをしていたので、ショップオープン直前に、出来立てホヤホヤの店内を見せてもらったことがある。入ってみると、中は真っ白で眩しく、天井は高く、店内はとてもステキな空間なのだが、六本木ヒルズ全体ということでいえば、どこかヘンだと感じた。磁場が狂っている? ここは魔界? 土地がヘンなのか、私がヘンなのか、よくわからないが、とにかくあのエリアに入ると平衡感覚がなくなるというか、ナゾのうずまきに巻き込まれていくような気がした。
 しばらく経ってそのお店はなくなってしまったのだが、あの中のどこにあったのか、私はいま思い出せない。じっさい私が行ったことさえも、すべてなかったことのような、幻のような、気がしてしまう。

 私はその後、<ギャンブルフィッシュ>という洋服屋さんによく通った。
 ほぼ毎週末、朝昼兼のごはんを食べに、家から歩いて5分の六本木ヒルズへ向かった。
 90年代はずっと土日関係なく働いていたが、ミレニアムを数年越えたあたりから、土日に仕事が入ることはしだいに減っていった気がする。私の会社の人たちはつねにやる気マンマンであったが、仕事相手や世の中全体が、「土日は休みましょうね」というムードに変わっていったのである。
 したがって、土日にひとりでごはんを食べることが増えた。
 かといって、とつぜん何かが入ることもあったし、土曜の朝から社長の電話があるので、常に気が休まらず、実家に帰ったり、友人と旅行したりといったことにもいまひとつ前向きになれない。
 何もない週末、ふら~っと、ナゾの磁場に吸い寄せられるように、六本木ヒルズに向かうことが多くなった。
 六本木ヒルズで方向感覚および平衡感覚を失い、うずまきに巻き込まれるようにして重力を失い、無機質な庭園やコンクリートの城の中をただよう――それに心地良さを感じていたかもしれない。

 <ギャンブルフィッシュ>は、ナゾのうずまきの入口にあった。
 そこに寄るのは楽しかった。かといってお店の人がチヤホヤ迎えてくれるわけでもなく、好きなブランドだったのかと聞かれれば、微妙なところだ。
 それでも南国のオウムのような色とりどりの模様の服や靴が並んだお店に足を踏み入れるとき、ロサンゼルスでショッピングの気分になる。もちろんときどき服も買ったので、気づけば私のクローゼットはギャンブルフィッシュだらけになっていたのである。
 そのほとんどが、ワンピース・ドレスだった。しかも南国のオウム風なのだから、会社員が平日着るには派手すぎると、まともな人なら思うだろう。
 そのうえ、ワンピース・ドレスはほぼ100%ポリエステルで出来ていた。キャノンボール・アダレイの『サムシン・エルス』やソニー・クラークの『クール・ストラッティン』などジャズの名盤で知られる「ブルーノートレーベル」を創ったアルフレッド・ライオン(1908~1987)は、自分のプロデュースするミュージシャンにはなるべく上質のスーツを着るようにはからい、ポリエステルの服は着せなかったという。当時のニューヨークでは貧しい人がポリエステルを着て、ポリエステル・ピープルと呼ばれ幾分差別されていた経緯がある。その話を本で読んだとき、ポリエステルにはポリエステルの良さがあるとはいえ、我がクローゼットを占領するポリエステルの服の山を思った。日替わりでそれらを身にまとっていた当時の私は、すでに狂った磁場のほうへ、導かれていたかもしれない。そこへ自らすすんで巻き込まれて行ったくらいなので、オウムだろうがポリエステル・ピープルだろうが、へっちゃらだった。
 私はいろいろ買うわりに、ブランドについてもよく知らなかった。
 それが自分に似合っているかどうかについても、さほど関心がなかった。いまさらながら、どうかと思う。

 「似合っていない」とは、誰も教えてくれない。
 似合わない服を似合う服だと思い過ごし、それがほんとうの自分だと思い込んでしまう状態は、<がん>にそっくりだ。
 似合っていないかも――?
 それをどこか心の奥底で気づき、問い合わせしたくなる時が、あるタイミングで訪れる。
 しかしそれは一瞬のことで、日常のマターをまわしているうちに見失う。
 また、訪れる。また見失う。
 それを繰り返すあいだに、<がん>はすすむ。

 その服が似合わない服であるかぎり、いくらでも服を欲しくなる。
 そのために散財し、家の中は似合わない服であふれてしまう。
 いらないものを買うために仕事をするようになる。
 消費できることが自由であると、思い込まされて、一生かかっても着られない量の服、一生かかっても使い切れない物、だらけの家に住むことになる。
 手で持てる以上のものがあっても持てない、所有から解放されることを望みながら、なかなかそこから出られない――この悪循環も、<がん>の行動パターンに似ている。
 近いうちに、うずまきの入口にもう一度、立ってみよう。

2015年9月~2016年2月までミシマガで連載されていた、「5年後、」に大幅に加筆・修正した書籍『似合わない服』が、今年8月後半に発刊になります!!本連載は、その発刊を記念した、期間限定連載です。

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山口ミルコ(やまぐち・みるこ)

1965年東京都生まれ。出版社で20年にわたり、さまざまな本をつくる。数々のベストセラーを世に送り出した末、2009年3月に退社。闘病を経て作家活動に入る。著書に『毛のない生活』(ミシマ社)、『毛の力 ロシア・ファーロードをゆく』(小学館)がある。

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