似合わない服 ミルコの六本木日記リターンズ

第9回 三菱東京UFJ銀行・六本木ATM

2017.09.04更新

2015年9月〜2016年2月までミシマガで連載されていた、「5年後、」と本連載に、大幅に加筆・修正した書籍『似合わない服』が、8月20日に発刊になりました!!


 私は会社をやめる直前まで給料明細をちゃんと見たことがなかった。
 自分がいくらもらっているか?
 私はそれを、三菱東京UFJ銀行の六本木駅ATMで、いつもカクニンしていた。
 そのATMコーナーはマクドナルド六本木東店のそばにあり、コンクリートの灰色に覆われた、ひんやりと冷たい空間だった。スペースは、広くはないが、天井が高い。
 仕事で結果を出せば、その後それなりの増量で入金になっていたので、そういうものだと思っていた。
 だいたいこれくらい、ということでしか、自分の仕事の報酬について知らなかった、いやあまりわかろうとしていなかった。
 仕事をすれば、お金はあとからついてくる。純粋に、単純に、そのことを信じていた。

 いまは変わってきているかもしれないが、たとえば私が編集者だった時代には、編集者と書き手のあいだに契約書はなかったのである。
 編集者は自分がいいと思った人に本の執筆を依頼し、頼まれた人がYesの場合、もうその日から仕事が始まっていた。ようは互いの信頼関係のみ、で動いていた。
 契約書なるものが登場するのは、原稿が完全に出来上がり、会社の会議で本の部数や価格を決めたあとであり、そこまでは、編集者と書き手のやり取りも取材もすべて「信頼」という名のもとに、進んでいたのである。
 おいおい、いったいいつの時代の話なんだと他の業界の方は思われるかもしれないし、もう私のいた会社も変わっているかもしれないが、私の時はそうだった。
 外のヒト(作家など)ともそんなものだから、ましてや社内のヒトにはどれだけ心を開いてしまっていたことか。
 ようはお金優先ではなかった。
 お金の前に、会社と人があった。
 縁あって、いまの場所にいる。
 いまいる場所でがんばっていれば、お金はぜったいだいじょうぶ。
 そのようにして、会社に全幅の信頼を、置いていたのである。
 そんな私の退社がお金の時代の終焉を指し示すときにあったとすればそれもまた、皮肉なものだ。同じ時代はもう二度と、やってこないだろう。

 というわけで、「働きかた」の問われるいまのよのなかに、私はあまりなじめない。
「働きかた」を語る前に、仕事への情熱、会社と仕事仲間への愛、会社の製品への愛、が優先していて、「働きかた」などというワードを思いつきもしない――私のかけだし時代から、ほぼ退社のときまで、そんなメンバーが、会社をつくっていった。
 仕事以外の時間をどう過ごすかなんて話題はありえなかった。
 当然ながら眠ったり、家族の世話をしたりされたりの時間は必要で、趣味やデートの時間が全くないことはなかったろうし、いつの時代も個々人の責任において必要なマターは果たしていたはずであるが、それでもつねに仕事(とそのプレッシャー)が全生活を覆っている人生というものがあった。そんな生き方を、いまのヒトたちは好まないのだろうか。モーレツ社員は幻なのか?

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山口ミルコ(やまぐち・みるこ)

1965年東京都生まれ。出版社で20年にわたり、さまざまな本をつくる。数々のベストセラーを世に送り出した末、2009年3月に退社。闘病を経て作家活動に入る。著書に『毛のない生活』(ミシマ社)、『毛の力 ロシア・ファーロードをゆく』(小学館)がある。

毛のない生活

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