似合わない服 ミルコの六本木日記リターンズ

第10回 六本木サテンドール

2017.09.11更新

2015年9月〜2016年2月までミシマガで連載されていた、「5年後、」と本連載に、大幅に加筆・修正した書籍『似合わない服』が、8月20日に発刊になりました!!


 元モーレツ社員を自覚するも、じつは会社以外の活動(木管楽器の演奏)時間を私はキープしていた。
 仕事に慣れるまでの10年くらいは演奏活動を自粛していたが、会社での立場も少々良くなって、自分で時間配分を決められるようになってからちょっとずつ音楽に復帰していき、会社員時代の終わりのほうには、かなり本格的にやってしまっていた。
 港区の区民センターを活動拠点にしたビッグバンドを中心に、六本木サテンドールなどで自主ライブもおこなっていた。しかしいまこれを書きながら気づいたが、あの時期に私の人生の<次のこと>が始まっていたのかもしれない。
 もしも私が音楽にくわしくなければ、闘病中から原稿を書くことにはならなかったからだ。

 演奏をやりはじめると、がんばらずにおれない。
 本番でぜったいに後悔したくないという、まじめな性分が出る。
 ところが、いつどこで音楽をやっていても、会社がアタマから離れることはなかった。
 どんなに楽しい譜面が目の前にあっても――ロブ・マッコーネルだろうがボブ・フローレンスだろうがトム・キュビスだろうがダスコ・ゴイコヴィッチだろうが――音符より社長のカオがいつも浮かんで、生きた心地がしなかった。

 バンドの合宿に行っている最中、合宿所に連絡が入り、会社に引き返したこともある。
 私の担当する大作家・I先生と打ち合わせが入ったのだった。
 I先生は私にとって「トップエマージェンシー」だったのだ。
 「トップエマージェンシー」は社長の口ぐせだった、最優先・最重要マターのこと。
 また別の日には、締め切りから逃げるI先生を駅で待ち伏せるのに、ステージの本番に穴をあけたこともあった。I先生と演奏活動を両立させるのは至難だったが、「トップエマージェンシー」なのでいたしかたなかった。

 I先生は会社の名づけ親でもあり、社長にとっても「トップエマージェンシー」の一人であり続けた。
 社長が歳を重ね、どんなに立派になっても、I先生にしてみれば若い頃から知っている編集者だ。社長が駆け出し編集者の頃から情熱をもって追いかけまわした大切な作家であるI先生を私に任せてくれていたこともまた、私の「トップエマージェンシー」といえた。私はI先生の本を、どの作家の本よりもたくさん作り、残した。

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山口ミルコ(やまぐち・みるこ)

1965年東京都生まれ。出版社で20年にわたり、さまざまな本をつくる。数々のベストセラーを世に送り出した末、2009年3月に退社。闘病を経て作家活動に入る。著書に『毛のない生活』(ミシマ社)、『毛の力 ロシア・ファーロードをゆく』(小学館)がある。

毛のない生活

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