飲み食い世界一の大阪。

第20回 うどんにまみれる(@町田康)

2012.09.10更新

 大阪の食べ物で圧倒的なのは、だしの食べ物だ。
 「だしがうまい」「エエだし利いてる」などという言い方をするのは、大阪を中心とした関西の人間だけだ。
 大阪人はその「うまいだし」「エエだし」を「飲む」ではなくて、まさに「食べている」のであった。

 そういうことから最も大阪らしい食べ物は、と言及するならやはり「うどん」がその筆頭に上がってくる。

 大阪のうどんは確かに違う。
 道頓堀の名店[今井]やきつねうどん発祥の南船場[うさみ亭マツバヤ]、北新地の細うどん[黒門さかえ]といった名だたる店はもちろん、キタやミナミ、船場でふらっと入る何でもないうどん屋から、京橋や鶴橋駅前や新今宮駅構内などの1杯300円前後の立ち食いうどんまで「普通にうまい」。
 
 とかく東京の食べ物のことを大阪人はひどく言うが、とくにうどんについては顕著である。
 「だしが鬼ほど辛い」とか「あんな真っ黒けのだし、よう食べるわ」とか、その表現はほとんどボロクソの漫才の世界であり、東西の食文化の違いそっちのけでそういった「だし帝国主義」に浸っている。

 大阪が輩出した大作家・町田康さんの名作短編『本音街』の書き出しはこうである。


 久しぶりに本音街に行きたくなった。
 毎日、あほやうどんにまみれて生活しているとたまに本音街へ行きたくなる。


 確かに、まみれている、のである。

 『ミーツ・リージョナル』の編集をやってちょうど150号目くらいの時代、編集部が南船場に引っ越した。創業明治26年の[松葉家本舗](現[うさみ亭マツバヤ])の歩いて百数歩の場所である。

 引っ越し早々多くの編集部員は早速、当然のように松葉家に行く。
 松葉家さんはすでに何回か取材もさせてもらっているし、南船場に来た時は「必ず食べに行く店」である。「元祖きつねうどん」や「おじやうどん」はじめ、この老舗の店の味はどういうものかを知っているつもりだ。
 当初わたしたちは「やっぱり食べとかなあかんやろ」的感覚というか、「近所やしここでええやん」というよりも、その有名な店を自分の中で確認してやろう、といったいっぱしのわかった風で、皆は「松葉家って、こんな味やったかなあ」あるいは「大した味ちゃうな」などと感想を述べ合っていた。
 そこにはちょっと嫌なグルメ編集者的スタンスが見え隠れしていた。

 けれども引っ越して3カ月目くらいに、「これはやっぱりすごい店やなあ」と思うようになった。そしてその思い方は、「つくづく思う」というやつである。
 すでに編集部員の松葉家の話題については、「サブちゃん(三男さん)今日は機嫌悪かった」とか「あほなグルメ客がベンツを店の前に止めよった」とか、ほとんど味以外の話になっていた。

 うどんは気分や体調や天候や・・・で、というものを差っ引いても、大阪のどこの街どこの店でも食べる。当然である。
 松葉家では「細のおじやうどん大で」などと注文する常連さんも見るし、自分だって丼物にきつねうどんの揚げだけを注文したりもする。
 校正の忙しい最中、なんにも考えずに店に入って椅子に座るや、しまった昼もここでカレーうどんを食べたんや、などと思い出して、豚の天ぶら入りの「まつばうどん」を注文する待ち時間入れての10数分の夜食。
 ええい、今日は天丼を張り込んでビールや、ついでに締めに素うどんもいっといたろ。
 グルメ情報誌を見たのか、どちらもおじやうどんを食べている女子アナ風OL2人客には「キミら知らんちゃうんか」とお節介にも思うし、やっぱり「七味きかしたきつねが最高やな」とも思う。

 そういうふうなエトセトラ、エトセトラであったが、それは「おいしい。こんなの食べたことがない」ではない、あたり前に毎日うまい。水が合うとか合わないに似た、だしが合うというような、舌や身体そのものがこの店のだしに馴染む感覚なのだ。そして毎日編集部員の誰かが必ずこの店のうどんを啜っている。そのことが実はすごいことであると気づいたときには、まさしく松葉家のうどんにまみれているのであった。

 ちょうどその時代、天才うどん職人の名をほしいままにしていた二代目の宇佐美辰一さんは亡くなったのであるが、「うどんという食べもんは、百点満点やと窮屈でおいしない。百点満点の腕を持ちながら、どこかを引くことで、九十点か八十五点の味を出さんとあきません」ということが、どういうことなのかを身を以て知ったと思う。

 その大阪のうどんの主流はやはりきつねうどんや天ぷらうどんといった「だしをかける」うどんである。本来そのだしは「かけ汁」である。また釜揚げうどんやざるうどんは「だしにつける」もので、それは「つけ汁」である。
 その「汁」のどちらにも、それを構成するベースとして「昆布だし」や「鰹だし」が使われているのであるが、醤油や酒や味醂などなどを加えて完成した「汁」(味噌で仕上げたなら「味噌汁」と呼ぶはず)を区別せずに「だし」と呼んでいるのは、それだけ大阪人はだしを重要視しているからである。

 実際にうどん屋を取材するとわかるのだが、松葉家はもちろん(NHK新書『「うまいもん屋」からの大阪論』で詳しく書いたからここでは書かない)、どの店もだしへのこだわりはすさまじい。
 道頓堀[今井]は、きつねうどんが「日に600杯出る」店である。
 うどんのだしは昆布と鰹が使われている。
 昆布だしは一日に8升釜で40回作る。すさまじい量である。
 昆布は道南「黒口浜」産の最良のものに限り、1年間寝かせている。鰹節は枕崎産の鯖節とウルメ節のみ。だから実際には「鰹節」ではない。
 味の均一化を図るため、店長のみがだしをひく。昆布は1本1本微妙な個体差があり状態も違い、それが変わるとほかの調味料で調整してもうまくならない。
 経験と勘の世界であり、毎回真剣勝負である。だしはレシピではないのだ。
 
 その[今井]で、人気メニューとして「あんかけうどん」と「けいらん」がある。長年通うファン好みのうどんで、あんかけうどんは「だし」を葛粉で「あん」にし、具はネギすらなしで生姜のみが添えられるだけだ。「けいらん」は溶き卵とキクラゲをだしのあんに練り込まれているようにして仕上げられている。
 この2つのうどんはまさに「だしを食べる」うどんである。

 「うどん屋の丼、おでんはうまい」は常説であるが、それもだしのうまさあってのもので、万一そのうどん屋の「だしがあかん」となれば致命傷となる。
 また料理店や割烹では、造りや焼き物といったほかの料理がおいしくても、汁物や茶碗蒸しなどがおいしくないと、大きな減点対象にされる。
 大阪は、だしがうまくないと店が潰れる、そんな土地柄なのだ。

 関東や東北、あるいは海外旅行へ行って大阪に帰ってくると、なぜか食べたくなるものの最右翼が「うどん」である。そのうどんは家でつくってもおいしくない。断じて「外」の「うどん屋」のうどんである。
 
 その点、ラーメンは似ているようだか全然違う。
 わたしのまわりでは、大阪で外食としてのラーメン屋にはほとんど行かない人が多い。そのあたりの事情が[第一旭]や[新福菜館]が幅を利かせている、隣の隣の街・京都と大いに違うところだ。
 わたし自身も情報誌やテレビの人気ネタである「ラーメングランプリ」などといったものには、まったく興味がないし、そもそも店を知らないから、その手の仕事は遠慮させていただいている。

 ラーメンは中華料理店で、蒸し鶏や唐揚げや酢豚やあれやこれやを(別にフカヒレや鮑やナマコでもいいけど)食べた後の締めとして食べるか、普段は家で袋入りの(カップ入りではない)チキンラーメンやマルちゃんの「正麺」とかを食べている。
 大阪が生んだ偉大な即席麺であるチキンラーメンは、ラーメン鉢に熱湯を入れて蓋をしたりラップをかけたりしてつくるのだが、生卵を入れて青ネギとコショウのみ。マルちゃんの正麺は、焼豚やもやしがあればそれらを入れたり、豚とキャベツや白菜などあり合わせのものを炒めて入れたりしていて、この2つの袋麺は結構うまいと思っている。

 けれどもその店、その袋麺の銘柄でおのおの特徴のあるラーメンのスープと、大阪弁で育ったように長年慣れ親しんだ街場のうどん屋のだしの味は比較対象にならない。

 家でつくるうどんは、だしが全く店のものとは違う。
 うまいうどんを作ろうと思って、名の通った昆布や高価な鰹節を買い集めて、男の厨房よろしくあれこれやったことがあるが(これは「そば道」みたいで恥ずかしいな)、会社近くのドージマ地下センターの[都由]の290円の天ぷらうどんや、地下鉄四ツ橋線難波駅から南海へ向かう道すがらにある立ち食いうどんと比べても、1回コールドゲーム負けだった。

 肉うどんの肉は「外では食べられない」とばかり、はり込んで黒毛和牛の切れ端を入れても何だかうまくいかないし、街場のうどん屋のそれこそ倍の肉を入れたりして、怪態なうどんになったりするし、カレーうどんともなれば店のそれとは似ても似つかぬものになったりする。
 うどんそれもとりわけだしがらみになると、プロアマのレベルが違うのだから、ハナからあきらめた方がよいようだ。

 この「家でうどんをつくること」については、町田康さんも『大阪人』の連載「関東戎夷焼煮袋」で4回にわたって書いていた。
 話のほとんどがだしをつくることであった。


 三十分間、昆布を水につけ、その水を沸騰させたところへ鰹節を投入し、ひと呼吸で火から下ろし、そこへ酒と味醂のよい部分を併せ持つという酒味醂と薄口醤油を投入した。
 見た感じは完璧、そして馥郁たる出汁の香りが私方の厨房に漂った。
 私はかつて私がいた場所へ確実に戻りつつあった。

 といった感じで、大阪のうどんを食べることができない関東で、真剣にうどんの命であるだしをつくろうとするのだが、結末はこの通り。

 全存在を賭して拵えたうどんがなぜまずいのか。
 わけがわからない。
(中略)
 最大の問題はそれが、大坂のうどん、になっていないという点である。
 そしていま私は、全存在を賭して、このうどんを拵えたと云った。
 それが失敗に終わったということは私は全存在を失った、ということになる。


 すごく大袈裟であるが、そういうことになる。そうしてこの物語の主人公はとうとう切れてしまう。

 そのように心得た私は、うどん鉢を持ったまま裸足で庭へ走り出て、おおおおおおおおおっ、と彷徨しながら、ぶちまけうどん、庭石に鉢ごとうどんを叩き付けた。
 鉢は粉々に砕け、岩にうどんが見苦しく垂れた。あたりに出汁の香りが漂った。

 いやはや、わかるなあ。麺に重点を置かれる当世流行りの讃岐うどんとは違って、真っ当な大阪のうどんのだしは、やっぱし絶対的に難しいのである。

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江 弘毅(こう・ひろき)

1958年、大阪・岸和田生まれの岸和田育ち。
『ミーツ・リージョナル』(京阪神エルマガジン社)の創刊に携わり12年間編集長を務める。現在、編集集団「140B」取締役編集責任者、神戸女学院大学非常勤講師。2011年4月より『大阪人』編集を担当。
著書に『「街的」ということ』(講談社現代新書)、『岸和田だんじり祭り だんじり若頭日記』(晶文社)、『ミーツへの道』(本の雑誌社)、『街場の大阪論』(新潮文庫)、『「うまいもん屋」からの大阪論』(NHK出版新書)など。

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