脳内会議

第9回 うまくいかないことだって、あります ~その3~

2013.01.30更新

ビジネスには「経験効果」と呼ばれる「同一製品の生産量が多くなると、製品の生産するコストが一定の割合で低くなる」というセオリーがあると言われます。脳内会議でも同じように、年齢を重ねるうちに経験がつまれて、事前準備が効率化され、かつ失敗することも少なくなっていきます。一方、年齢を重ねて経験をつんでしまったがゆえの問題もあります。新しいビジネス領域や職種への対応ができなくなってくる、これまでの経験則と違うことを受け入れることができない、考え方が類型化されすぎて紋切型の対応をしてしまう、などなど。いわゆる"経験が邪魔をする"というヤツです。

僕は30代前半までは、編集者としてキャリアをつんでいましたが、35歳あたりから、組織マネージャーやビジネスプロデューサーの役割が増えていきます。編集者のときは「見えない読者の心の本音を読み解く」技術として脳内会議を主に活用しており、「面白い企画」を考えるための手段にしていました。組織マネージャーになってからは、主に会議でのファシリテーションに活用し、業務上の問題整理や解決手段の発見に役立ててきました。ビジネスプロデューサーとしても、財務目標なり来期戦略なりをつくるなかで、上司や経営とコミュニケーションしながら落とし所を見つけるときに脳内会議の技術は有効でした。

そうした経験を通じ、「つねに物事を俯瞰し、総論OK各論NGになりがちな議論のボトルネックがどこにあるのかを冷静に把握しつつ、取引先や会議参加者の"前提"を確認しながら適切に相手との擦り合わせを進めていく」という脳内会議の基礎技術が、経験の蓄積とともにどんどん磨かれていったのですが、あるときから、突然、うまくいかなくなりました。壁にぶちあたったのです。

今から振り返れば、大きく2つの要因がありました。1つは「インターネットの台頭によりメディアビジネスの前提が崩れた」こと、もう1つは「意思決定の難易度・責任度が増した」ことです。

まずは1つめの要因から。「インターネットがメディアビジネスをどう変えたのか」については、考察の難易度が高すぎるのとそれだけで一冊の本になるくらいのテーマなので、ここでは深く掘り下げることはしませんが、僕にとってインターネットは"機会"ではなく"脅威"の側面が大きいものでした。なぜなら、それまで自分のなかにあった考え方の"前提が崩れた"からです。僕と同世代のなかには、インターネットを"機会"として、大きなビジネスを生むことに成功した人たちがいますが、残念ながら僕はその立場にはなれませんでした。

インターネットの台頭する前と後で何が変わったか。僕の感覚的には、"基盤がなくなった"、もしくは"基盤をつくることから始めなければならない"という変化です。無理矢理わかりやすくするため、「家を建てること」に例えてみると、、、

<前>
土地も用意され基礎工事も終わっている状態で、「どんな家を建てるのか」の企画詳細(間取りや生活スタイルに合った住まいのあり方)を詰めていくことに仕事の90%以上が費やされていた

<後>
土地もなく基礎工事もされてないが、これまで考えもつかなかったところに土地を整備する技術が急速に発達し、しかも安く早くできるようになったので、もはや家を建てるというより「どんな都市計画をつくるのか」というスケールでの仕事が重要で、個々の「どんな家を建てるのか」は二の次になった


前後の違いをわかっていただけるでしょうか? 恥ずかしながら、僕はこの違いに気づくまでに、2年かかりました。逆に言えば、インターネットビジネスの担当になった2年間は、これまでの考え方の延長線上で、"脳内会議"を進めていたのです。おかげで、ずいぶんとんちんかんなジャッジをしてしまいました。その頃のメンバーには、ずいぶんと迷惑をかけたと思います。本当にごめんなさい。

恥を忍んでひとつだけ、その頃の事例をお話させていただきます。R25のwebサイトのリニューアルに際してのエピソードです。創刊以来R25はフリーマガジンと交通広告を組み合わせたクロスメディア広告を推進していましたが、若い世代のwebやモバイルメディアへの接触頻度が増加するにつれ、もっとデジタル投資をすべきだ、という意見が出てくるようになりました。当時R25には携帯向けのモバイルサイトとPC向けのwebサイトがありましたが、モバイルの方は別の責任者が取り仕切っていたので、僕はPC向けwebサイトの責任者をフリーマガジンの編集長との兼務で担当することになりました。

PC向けwebサイトは『R25.jp』という呼称で、フリーマガジンの創刊と同時にサービスインしていましたが、当初は配布場所のお知らせや次号予告レベルの情報しか提供しておらず、ユーザー数も月間20万UU(註)程度。もちろん売上はゼロです。僕のミッションは、「このサイトを収益が上がる状況にせよ」というものだったわけですが、まずはwebサイトとして「どんなサイトコンセプトにするのか」から議論を開始しました。

 註:ユニークユーザー(Unique User)の略。[インターネット広告用語辞典参照 

Webサービスを過去経験しているメンバーや、成功体験を持っている同僚に話を聞くと、
「大量のユーザーがいなければ勝負にならない。集客のために検索連動型広告に億単位の投資をすべき」
「ユーザーの満足度を上げ、かつページビューを稼ぐためにも記事コンテンツは大量に生産すべき。記事はユーザー投稿でもかまわない」
「広告型のビジネスだけでなく、ユーザー課金やEコマースなどの多様なビジネス展開をすべき」
といった声が上がってきました。「どんな記事コンテンツをつくるかを考えるのではなく、新しいビジネスモデルをどう構築するかを考えろ」と言っているわけです。まさに「家の間取りでなくて都市計画をつくれ」ということに近い。が、正直、当時の僕はほとんどピンときませんでした。それらの意見に対し、僕はこう反論したのです。

■集客について
そもそも『R25』という若い世代に大量リーチできるメディアがあるのに、わざわざwebサービスのために追加の検索広告を投下するなんて。。。まったくゼロから立ち上げるならまだしも、自分たちの強みがあるのだから、それを有効活用すべきだ

■記事の大量生産について
R25の記事は、毎週300本のネタから会議で20本に厳選し、しかも独自の取材もして制作しているので大量生産なんて不可能。もし週に100本の記事をつくるとなると、R25のコラム記事の質が下がることとなり、R25のブランド価値すら下がってしまうことになりかねない。ユーザー投稿なんてさらに質を下げるだけ

■多様なビジネス展開について
クロスメディア広告がうまくいっているのであれば、それに追加してセールスする方が手っとり早いはず。帰りの通勤電車のなか→フリーマガジンと中吊り広告、家に帰ってから→フリーマガジンとR25.jp、という新たなクロスメディア広告の展開ができれば広告費も拡張するはず。そもそもweb独自のビジネス展開なんて考えている時間も人材もない


僕の意見は、「コンテンツ(=家の間取り)をつくる技術こそが我々の強みなんだから、それを最大限活かすべきでしょう」というものです。この意見は、これまでフリーマガジンを苦労の末なんとかビジネス化してきた編集部や代理店の声を代弁したものでもありました。当然ながら会議でも賛成多数となり、僕の意見が前提となって議論は進められることとなり、結果webR25のリニューアルは、「これまで」の成功体験の延長線上のコンテンツ中心で考えられることになったのです。

リニューアルのコンセプトは以下となりました。
・ビジネスマンの帰宅後の"夜"に楽しんでもらえるサイトにする
・R25のキャラクターのフラッシュアニメーションを活用して、TVのように"ながら見"できるサイトにする
・記事の量は、R25の過去記事で担保する
・広告がサイト画面に映えるような仕掛けを導入。画面が広告でジャックできることも可能にする
・サイトへの集客は、フリーマガジンや中吊りで徹底的に告知する

リニューアルしたwebR25は、「見た目も仕掛けも面白いサイト」「雑誌のような楽しさを味わえるコンテンツ重視のサイト」として一部で評価を受けることとなりましたが、ことごとくwebの常識を無視していた(というか無知だった)ため、ほとんど成果を上げることはできませんでした。なかでも致命的だったのは、見た目の楽しさを優先するため、情報のほとんどを画像またはフラッシュでつくってしまったこと。これによって、
「Googleなどの検索エンジンにひっかからないので、検索順位が上がらない」
「フラッシュが重くて画面が表示されるのに1秒以上かかる」
「サーバー負荷がかかってしまい新たなサーバーを追加しなければならない」
などの事象が起きました。

webサービスの担当であれば、「検索から流入するユーザーを増やすために、どれだけ検索順位の上位に上げるか」「ユーザー離れを防ぐために、0.1秒でも早く表示させるにはどうすればいいか」「サーバーや通信ネットワークのコストを少しでも下げるためにどうすればいいか」を考えてしかるべきなのですが、そのときの僕は失敗するまでフリーマガジン的な思考でwebサービスを成功させることができる、と思い込んでいたのです。まさに経験に縛られ、誤った判断をしてしまった典型的な苦い事例です。

次に、脳内会議が通用しなくなった要因のもう1つ、「意思決定の難易度・責任度が増した」ことでの失敗談ですが、こちらは手短にいきます。

僕の得意な脳内会議は、"相手の頭のなかにある意思や心の奥底にある欲求を引き出し、その情報を整理していくことで落とし所を見つける"ようなパターンになります。合気道的と言いましょうか、相手の意思や欲求の"力"を利用するやり方です。これはいろんな意見や事象がありすぎて、「問題がどこにあるのかわからない」「問題はわかっているがベストな解決方法がわからない」などといった場合には強いのですが、一方、骨太な戦略方針の策定であったり大局的な視点での決断・英断だったりには、あまり役に立ちません。前者には、僕自身の意思は必要ない(むしろなくてよい)けれども、後者には意思や強い決意が不可欠です。

経営ボードに近くなるにつれ、解決すべき問題・課題の難易度は上がっていくのですが、個人的には難易度は「時間軸が長くなる」「関心の領域が広くなる」の2つに集約されると思っています。たとえば、時間軸はせいぜい1年先程度だったものが、3年、5年、10年となり(孫正義氏は300年先を見据えているとか)、関心の領域も自分の関わるサービスが儲かるか程度だったものが、社会的貢献や日本やアジア、世界をどう変えていくのかといった視点まで広がることになっていく。そうなると、もはや誰かの意見や欲求を整理するレベルでは太刀打ちできません。

意思決定のレベルが高くなった会議では、自分自身の意思や決意の強さの勝負が行われており、「どんな困難があろうと自分はこれを成し遂げるのだ」といった信念をぶつけあう場になっているのです。ちょっと大袈裟な表現だったかもしれませんが、僕はそういった会議の末席に参加したときに、これまでの自分の"脳内会議"が通用しないことをはっきりと感じてしまい、無力感というか、敗北感というか、自分がなんて小さな人間なんだと思い知らされ、悲しくなったものです。。。

ということで、「うまくいかないケーススタディ」を綴ってきましたが、結局何が言いたのか―――僕自身、"脳内会議の技術"はまだまだ未完成だということです。経験をつむことで磨かれるが、逆に経験をつむことで紋切型となり柔軟な対応ができなくなる欠点もある。
そういったことを踏まえた上で、日々、成功と失敗を重ねながら、"脳内会議"を思考錯誤していくしかない―――僕はそう思っています。

お便りはこちら

みんなのミシマガジンはサポーターの皆さんと運営しております。

藤井大輔(ふじい・だいすけ)

1973年 富山県生まれ。1995年 株式会社リクルート入社。以来、編集・メディア設計職に従事し、主に『ゼクシィ』『ABROAD』『ダ・ヴィンチ』『住宅情報』『都心に住む』等に携わる。

2003年9月『R25』を立ち上げ、編集コンセプト・ネーミング・コンテンツラインナップを立案する。

2005年4月『R25』編集長に就任。2012年3月まで『R25』フリーマガジン・デジタルメディア戦略担当。

現在はシニア向け温泉予約サービス『ゆこゆこ』の経営企画室長。著書に『R25のつくりかた』(日本経済新聞出版社)。

バックナンバー