おせっかい宣言

第1回 "すばらしいお産" ができなかったって?

2014.08.21更新

 帝王切開の出産を経験して、心に傷がついた女性が多いから、ケアが必要です、というニュースをやっていた。赤ちゃんが元気に産まれることができなかった、とかそういう「出産のアウトカム」が非常に厳しいものであった、という話ではない。「自然な出産を望んでいたのに、それができず、帝王切開によるお産になってしまったので、すばらしいといわれている自然な出産の経験をすることができなかった」、あるいは、「帝王切開で産んだので、周囲から、"楽"(らく)をした、といわれた」ために、心が傷ついた、ということである。

 覚えのある話である。出産についての講演などをすると、いつも、「自然な出産がいい、といわれて、自然な出産をしたかったのに、わたしはできませんでした。帝王切開になってしまってショックで・・・」とおっしゃる方が必ずあるからだ。お母さんも赤ちゃんもそれなりに元気であるが、豊かで満たされて産んだ後にすぐ「ああ、またもう一人産みたい」とかそういう出産ではなかった、とか、「痛いけれど、宇宙の塵になったような感じがした」とか、そういう出産ではなかった、とか、「豊かに満たされて気持ちの良い出産だった」とか、そのような出産を経験できなかった、だからショックだ、ということなのだ。 

 気持ちはわからないでもない。出産が痛いだけではなくて、すてきな経験だときいたから、そういうことを期待していた。だけど、実際やろうとしたら、麻酔をかけられて帝王切開、ということになってしまって、手術によるお産、になったから、そんなすばらしい出産経験にならなかった、というわけだ。けれども、人生、「すばらしい」といわれている経験をなんでもできるわけではない。自分が望んでいた通り、期待していた通りにいかないことなんて、山ほどあり、とくに妊娠、出産、子どもを育てることなどは、そのように、思い通りにいかないことを受け入れていくためのプロセスじゃないかと思われるほど、思うようにいかない。

 だから、わるいけど、あまえたこといっちゃいけない、と思う。出産という人生の一大事に、命をかけてのぞんで、必要だから、医者にも、助産師にも、病院にも、家族にも助けてもらって、帝王切開という処置を受けて、赤ちゃんは無事で、自分もそういうことを言える程度には元気なのだ。まことに、あまえてはいけない、と私は思う。厳しい言い方かもしれないけど、落ち込んでいないで、感謝すべきなのではあるまいか。執刀してくれた産科医に。つきそってくれた助産師に、めんどうをみてくれた看護師に、そして支えてくれた家族に。なにより帝王切開と回復を可能にしてくれた、近代医療の発達と、この国の医療制度に。

 「もっとつらい人もいるのにがまんしなさい」などというような言い方を私は好きじゃないけれど、あえていえば、世界には、帝王切開を受けられるだけの医療設備の整っていない地方に住む女性たちも現実にとてもたくさんいる。長く国際母子保健医療の仕事をしてきたから、国際機関や各国政府がどんなに懸命に帝王切開を可能にする緊急産科医療の普及にとりくんできたことかを知っている。"自然に"産むと危ない、と判断されたら、緊急医療介入が必要で、その「おかげで」無事に赤ちゃんを抱けることはこのうえもない奇跡なのである。

 命をかけて出産したのに、「帝王切開して、"楽"な思いをして」なんて言う人が周囲にいるのが問題なら(本当にそんなこと言われるのだろうか、と驚くが)、「そういう心ないことをおっしゃることは、あなたらしくありません」と、それこそ、ぴしゃっと、その場でいってやりなさい。言い返していい。わたしたちってなんとなく言い返せない。なぜなんだろう。議会で女性であることをふみにじられるような心ないヤジをとばされたりしたら、その場で、「なんてことをいうんですか。ちょっと出ていらっしゃい、そんなこと言っていいと思っているんですか」と、罵倒されようが、もっとヤジられようが、まずは言い返してほしい。一定の人々を代表する議員さんだからこそやってほしいな。

 その場で怒る、ってとても大切なことだ。その場で相手にきちんと自分の感情を伝え、自分が気分を害したことを伝え、相手はそのようなことを言ったのだ、とわかってもらうことで、かえって後をひかずにお互い理解し合えることもある。理解し合えなかったとしても少なくとも、「なにか言うべきだったのに言えなかった」と、その後一人でうじうじと考え悩むことはなくなる。本当にそういうふうに的確に反応できるようでありたいけれど、なかなかむずかしくて、その場で言うべきことを言えず、後になって気がついたり、後悔したりのくりかえしなのである。しかし、言うべきことをその場でぱしっといえるようになることが、女性の成熟だ。だから、帝王切開をしたことで、あれこれ言うような人には、その場で言い返せば良いのです。命をかけて子どもを産もうとし、それを助けてくれた医療システムがあった。それを、「楽して産んだ」、とはなにごとか、と怒れば良いのである。

 ブラジルに10年くらい住んでいて、かの国では強姦はあっても(あってはならないことだが)痴漢のことは、ついぞきかなかった。バスや人ごみで痴漢でもしようものなら、その場で「この手はなに! アンタ、そういうことを自分の母親や妹にできるというの! 恥を知りなさい!」とブラジル女性は言い返すだろう。ブラジルにいるとそういうことができそうなのだが、日本に戻るとなぜか言えない。それって何だろう。女子大の教員をしているので学生とよく話すことがあるが、先日留学していた学生たちが口々に「留学しているときにはやせたいとか一度も思わなかったし、体重も気にしなかったのに、日本に帰ってくると毎日やせたいと思ってしまう」という。彼女たちはぜんぜん太ってないのだが、日本にいるとみんなやせたくなる。日本にいるととつぜんできなくなったり、やってしまったりすることがある。このへんのことについてはもうちょっと考えるに値することのような気がするな。

 すぐ言い返す、ということがこの国にいるとなかなかできない、と書いたばかりだけど、同時に、「自分の感じていることは口に出してよい」という雰囲気になってきたから、「帝王切開の経験がつらかった」ということをみんないえるようになっているのかもしれない。そう思えば、まあ、あと一歩なんだろう。女たちよ。何が本質的かその場で判断できるようになろう。それで変なこと言われたら、あとでぐちぐち言わないで、その場で言い返そう。わたしもそうでありたい・・・って60近くなって言うなよ、と思うけど。

 しかしながら、ここでの問題は、言い返す、言い返さない、ということではない。自然な出産の経験がすばらしいというと、できなかった人が帝王切開になって落ち込む。赤ちゃんが産道を通る経験をすることが大切だ、とかいうと、帝王切開になって赤ちゃんにそのような経験をさせてあげられなかった、今後子どもの心身の発達に何か問題があったら、自分のせいか、とおちこむ。だから女性と赤ちゃんが自分の力をつかった自然な出産が良い経験だ、というふうに喧伝すると、こういうことになって落ち込む人が多いから、そういう自然な出産が良い経験だ、などという言い方はやめましょう、ということになるのが、問題だ。できない人がいようとも、人間の本来の産み方、生まれ方は、そもそも苦しむだけのものではなく、身体的な喜びも伴うし、赤ちゃんにとっても大切なことだ。それが人間の本来のあり方である、ということはやっぱり伝えなければならない。それが伝わってきたからこそ、出産が鼻からスイカを出すとか、ピアノを出す、とかそういうつらいだけの経験ではなくて、自分のリミットを超えるようなすばらしい感覚の得られる身体経験であり得る、ということが知られてきたからこそ、「帝王切開でつらかった」という言い方もでてくる。

 そういう経験ができなくて、自分のせいだ、と落ち込むなら、もっともっとラディカルに落ち込んでもらいたい。自然な出産ができなかったことは、天から降ってきたことではない。自分の若い頃からの健康へのあり方と妊娠中の心がけと努力と、そして、自分の環境の整え方のひとつの結果として出産がある。経験豊かな助産婦さんは、だいたいどういう出産になるか妊娠中しっかりとみていればわかるという。日頃から冷えないように心がけ、食事にも気を配り、早寝早起き、目を使わないようにパソコンやスマホばかりいじることはしないで、よく歩き、ぞうきんがけもして、立ち働き、ほがらかにくらす。妊娠していようがしていまいが、そのような生活のつみかさねこそが「望むようなすばらしい経験としてのお産」への第一歩、である、というあたりまえのことを、おせっかいなばあさんとしては言わなければならないのだと思う。

 わたしのことですか? はい、子どもを産む頃、知らないことばかりなのに傲慢な私には、おそらくあんな奴に何言っても無駄だろうと思われたのか、何か言ってくれる年長者もいなくて、バリバリパソコンの前で仕事をつづけ、体が冷えるようなことばかりして帝王切開とか、吸引分娩とか、子どもたちにご苦労をかけた。そのことを「アンラッキー」と思っていたが、そうではなく、わたしの生活態度に問題があったことを今となってはただ反省しているのだ。もう遅いけど。
 若い皆さんはもっと聡明になれる。バカな先の世代は見習わず、先に行きましょう。

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三砂ちづる(みさご・ちづる)

1958年、山口県生まれ。兵庫県西宮市で育つ。
1981年、京都薬科大学卒業。
1999年、ロンドン大学PhD(疫学)。津田塾大学国際関係科教授。
著書に『オニババ化する女たち』『月の小屋』『不機嫌な夫婦』『女を生きる覚悟』など多数。最新刊は『女たちが、なにか、おかしい おせっかい宣言』(ミシマ社)。

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