おせっかい宣言

第2回 「股に布」怪談

2014.09.04更新

 「おむつなし育児」、なる研究をしている。赤ちゃんは排泄を感知できないのである、と決めて、ずっと赤ちゃんには紙おむつをトイレとして使い、おしっこ、うんち、をえんえんと紙おむつにしてもらう、というタイプの子育てが現在の主流である、といえる。しかしながら、これは所詮、「紙おむつ」が開発されてからのほんの数十年前に、ある特定地域に住む人類にひろがった考え方にすぎない。

 もともと、「濡れてもさらさら」などという、"恐ろしくも便利な"品が開発されるまえ、人間は、赤ちゃんを腕で「ささげ」(腕の真ん中に赤ちゃんを安定するように抱いて)たりしながら、赤ちゃんをおむつの外でなるべく排泄できるように補助していたものである。ときどき布を股にあてていたけど(布おむつという)、洗うのもたいへんだし、できるだけ、おむつの外で排泄できるようにしていた。落語などで出てくる、縁側で「シーシートートー」、という風景であり、いまだいたい50歳以上の人には、記憶にあるのではないか、と思う。

 まだ「濡れてもさらさら」という、もう一度言うけど、"恐ろしくも便利な"石油製品の恩恵にあずかれない人類の3分の2は、だいたいが「シーシートートー」、しながら赤ん坊を育てているのである。「おむつなし育児」の研究、というのは、まあ、そのやり方を、しつこいけど、"恐ろしくも便利な"石油おむつに席巻される日本の皆様がいま一度思い出すのもわるくないのではなかろうか、ということについて調べる、という、奇妙な研究である。世の中、奇妙なことは、結構面白いことが多く、「おむつなし研究」班には、実に興味深い話がいろいろと集まる。

 おむつなし育児、という、赤ちゃんにできるだけおむつの外でおしっこ、うんちさせてあげましょう、そして、それってむずかしくないですよ、楽しいですよ、というやり方をしていると、赤ちゃんのおむつはだいたい1歳半くらいで必要なくなることが多い。そこで、あるお母さんが言っていたことが今も忘れられない。彼女は、気づいたときはおまるやトイレであかちゃんにおしっこ、うんちをさせてあげていたので、子どもが1歳半くらいのときには子どもは親におしっこ、うんちを知らせるようになっていた。だからおむつはもう必要ないのだが、2歳くらいになってもときどき、失敗する。まだ小さいのだから、失敗することもある。あたりまえである。しかしながら、彼女は、はっと気づいた。子どもにパンツをはかせると、お漏らししやすい、というのだ。

 子どもが2歳くらいのとき、夏だったし、家では子どもをすっぽんぽんにすることもあった。ようするに女の子なのでワンピースっぽいものを着せて、パンツをはかせないことがあった。そうするとおしっこするときは、自分でおまるにいって、おしっこしている。ところが、パンツをはかせると(おむつでもトレーニングパンツでもない、普通のパンツ。子育てママの間では「お姉さんパンツ」と呼ばれている)おもらししてしまう。なぜだかわからないが、そうなる。彼女は思い切って、その夏、子どもにパンツをはかせないでずっとすっぽんぽんにしてみた。そうすると、すっきり、排泄が自立してしまった、というのである。

 「この、布一枚、あるだけで、なにか気づけないというか、感覚にフタがされるというか、なんか、わからなくなるみたいなんですよ。ずっとすっぽんぽんにしていたら、まったくおもらししなくりました。それからしばらくすると、すっぽんぽんじゃなくても、パンツはかせても、おもらしすることもなく、大丈夫になりました。排泄が自立するかしないか、という時期に"布一枚"あると、どうも感知できない、っていうのがあるみたい」というのが彼女の観察だった。

 慧眼ではあるまいか。「布が一枚ある」だけで、人間の排泄感知能力が、ある時期には、落ちる、ということである。パンツという布が一枚あれば、能力が落ちるのだから、"恐ろしくも便利な"紙おむつのような分厚いものをずっと股につけていて、濡れてもさらさらだから、自分の排泄物の固形化したものも、ついでにずっと股につけていたら、子どもたちはいつ自分の排泄感知能力を発揮できるようになるのか。

 しかしながら、このサイトをご覧になっている皆様の中には、赤ん坊を育てている親はそんなにはいないかもしれないから、赤ん坊とおむつの話は、いまはここまでにしておこう。そういいながら、そのうち手を替え品を替えてこの話を再開すると思うけど。きょう、ここで、申し上げたいのは赤ちゃんとおむつの話、というより、「お股になにかぺったりくっつけていることは、なんらかのからだの感度を下げている」(らしい)ということである。まだまだわからないことがたくさんあるのだが、股に一枚、布があるとないとでは、ずいぶんとちがうらしい、ということだ。

 おそらく、大変敏感な生と性の根源である股になにかぺったりくっついていることは、ほんとはとても気持ちが悪いことなのだ。気持ちが悪いけど、気持ちが悪いなんてずっと思っているとつらいから、自然と「気づかないふり」をするようになる。つまりは、お股の感度を下げて、パンツやらパンティーやらブリーフやら、という環境に適応するのだ。

 人類の男女に股に布がぺったりくっついている下着が普及してから、まだ数十年くらいしか経っていない。調査結果とかないと思うけど、こちらもまだ、人類の3分の2くらいは、股に布がぺったりくっつく下着はつけていないのではあるまいか。日本だって、きものしか着ていなかった頃は、下着は腰巻きとかふんどしとか言う類いのものをつけていて、お股に布がぺったりくっついてはいなかった。

 そしていまやとくに女性たちは、お股に布がぺったり、どころではない。結構な割合で、下着のみでなく、パンティライナーとか尿漏れパッド的なものを常に下着にくっつけることが普及している。今をさること、約20年近く前、1996年に、現場の産科医の先生から「産後の女性や高齢女性にはよくある"尿漏れ"が20代、30代、といった若い女性にも増えている」という危惧を直接聞かされたことがある。そのとき、そのドクターは確かに驚いていたし、聞いている私も驚いた。そしてそのころ、スーパーマーケットの生理用品売り場に、尿漏れパッドなどは売っていなかった。まだ目につくほどには商品化されていなかったのだ。

 2000年をすぎるころには、尿漏れパッドが生理用品のとなりに一種類くらい並ぶようになった。そして今や、はっと気がつくと、「吸水パッド」として、どの生理用品メーカーも、大きさから厚さからいろいろな種類を取り揃えている。この20年弱で、尿漏れパッドはこんなにもみごとに商品化されていくほど必要とされるようになったのだ。

 いまや少なからぬ女性が、生理中は生理用ナプキンを、生理中でないときは、パンティライナーとか吸水パッドとかをつけている、ということか。更年期に生理があがってしまったら、高齢にむかうころだから、いっそう吸水パッドが必要とされるということか。そのうち本当におむつ使用になってしまうのか。

 たった布一枚で、幼い子どもの排泄感覚能力は大きく左右されるということが観察されている。そういうことを知ると、この女性たちのお股に終始パッドがくっついていることが気にならざるをえない。本当に大丈夫なのか、こんなことしていて。わたしたちは気づかないうちに、想像もつかないくらいの多くの能力を失っていくのではないのか。それは夏の夜の怪談より恐ろしいような気がするのは私の杞憂か。そうでないことを祈るのだけれど。

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三砂ちづる(みさご・ちづる)

1958年、山口県生まれ。兵庫県西宮市で育つ。
1981年、京都薬科大学卒業。
1999年、ロンドン大学PhD(疫学)。津田塾大学国際関係科教授。
著書に『オニババ化する女たち』『月の小屋』『不機嫌な夫婦』『女を生きる覚悟』など多数。最新刊は『女たちが、なにか、おかしい おせっかい宣言』(ミシマ社)。

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