おせっかい宣言

第9回 働く人

2015.04.06更新

 ブラジルに10年住んだ。30代のほぼすべて、乳幼児期子育てのすべて、をブラジルのいなか、北東部(ノルデステという)で暮らした。自分の子ども時代を過ごす場所もそうだけど、30代という、人生で一番、生殖の上でも、社会的活動の上でも、感情的な面でも充実していく時期をどこで過ごすか、というのは、これまた、その後の人生に大きな影響を与えていくものだと思う。
 もうブラジルでの暮らしをあとにして15年経つのだが、わたしのからだの奥深く、感情の一番コアの部分で、ときおりブラジルがわたしを呼ぶ。人間ってこういうものだよ、もっと美しく生きよ、と言う声がきこえ、生きることはすばらしいよ、という呼びかけがきこえる。
 政治的混迷だとか、格差が大きすぎるとか、ワールドカップとかオリンピックで福祉がないがしろにされるんじゃないか、とか、キューバの医者が一万人以上ブラジルで働いているのをどうするんだ、とか、そういう現実的なことでブラジルにろくなイメージをお持ちでない方もあるのかもしれないが、そういうこととは、ひとまず関係がないのだ。わたしの内なるブラジルがわたしを呼ぶ。そしてそれは、いつも輝きに満ちた、力強いものだ。

 ブラジル人家族として暮らしていたわたしは、よく親戚中の集まりとか、家人の口癖とかで、「家では、誰かが働かなきゃね」という言葉を聞いていた。英語で言えば、"Somebody has to work in the house."といったかんじであろうか。誰かが病気でも、誰かがなまけものでも、誰かが失職していても、誰かが死んでも、誰かが生まれても、誰かがからだがうごかなくなっても。まあ、しかたないじゃない、そういうことだから。働けない人は、働けない。働きたくない人も働かない。
 ここで働く、ということは、外で賃労働して金を稼いでくる、というだけの意味ではない。家でせっせとそうじしたり、ごはんつくったり、子どもの世話したり、老人の世話したり、先祖のお世話したり、家族のために祈ったり、近所の仕事をしたり、まあ、ようするに、それが働く、ということである。現代日本では「働く」=「賃労働、つまりは金稼ぎ」というイデオロギーが席巻しており、「金かせいでない仕事は仕事じゃない」とばかりに、家事や子どもをそだてることや、人を看取ることなどを蛇蝎のごとく嫌ってアウトソーシングする方向に雪崩をうっているが、そういうことじゃなくて、人間本来の「働く」ということである。

 で、「誰かが家で働かなきゃね」、は、家でひとり、ふたり、働ける人が働いたらいいんじゃないの? という発想なのである。
 現実にブラジルでは、中産階級の間でも失業が多かったし、いい仕事もそんなにないし、日本的にいえば"正社員"として働いていない人も結構多かった。保障もなんにもないけど、一日数時間くらい働いているだけでも、働いている、といっていたものだ。
 そんなところだから、要するに誰かが終日賃労働して、あるいは自営業で誰か一人しっかり働いていれば、それはすごい働きもののことであった。そういう人がひとりいれば、まあ、何人かがくらせる。そして、外で金を稼いでくるだけじゃなくて、家の中での働きもの、多くの場合、女がひとりいれば、家の中はおだやかにまわっていき、みんな安心して暮らせる。だから、「できる人がやればいいんじゃない?」という発想である。みんながみんな、額に汗して働かなければならない、とみんな思ってなかった(ようにみえた)。
 あなた、はたらきもの? じゃあ、働けば? 働くのが好きなのね、じゃあ、やってちょうだい、とばかりに、はたらきものの家族のまわりには、働かない家族が集まって、みんなでハッピーに暮らしている(ようにみえた)。 

 わたしがブラジルで住んでいた家も、基本的には、夫婦と子ども2人の家庭であったが、4人で暮らしていた覚えはほとんどないのである。失業した夫の弟とか、浪人していて家にもお金がない姪とか、どこからか親戚があつまってきて、もちろん働かないで、しばらく家でぶらぶらしていた。
 当時の夫はたしかに賃労働をしてそれなりに稼いでいて、わたしも給料をもらう仕事もして、結構マメに家で采配も振るっていたから、「はたらきもの」である、と、認識されていたので、頼られていたのだ。実際金銭的にもいろいろ助けていた。当時のブラジル人夫は、そのころは働いていたものの、じつは「働きたくない人」であることはうすうす感じていた。そのあと、あれやこれやあって、離婚し、元夫は、やっぱり働かなくなってしまったが、今度は、親戚のたくさんいるサンパウロで、よく働いている若い家族のそばで、ひとりで働かないでぶらぶらしている様子である。ま、これでいいんだな。家族の中で、誰かが働いていればいい。
 
 1996年に出版された長倉洋海さんの『人間が好き』 という写真集を久しぶりに手に取った。アマゾンの先住民、ヤノマミを撮った写真集で、実に美しく、添えてある文章も、心を打つ。
 96年はわたし自身がブラジルにいたまっただ中の年で、一時帰国した折にこの本のことを知り、買い求めて、ブラジルでずっと大切にながめていた。住んでいたノルデステ・セアラ州は、インディオ文化を色濃く残すところだったから、ヤノマミの生活にはほど遠いとしても、なんだかなつかしく、ブラジルでこの本をながめることはブラジルにいる喜びをあらためて感じさせてくれたし、ブラジル人の家族や友人たちもこの美しい写真集を見せると、いつも、なんてすてきな本なんだ、と愛でてくれていた。ブラジルから持ち帰ったものはそんなにないけれど、この本はスーツケースに入れて持ち帰った。わたしにとって大切な本なのだ。
 その中に書いてある。「よく働くものは、早くから仕事に出かけます。働きたくない者は、ゆっくりとでかけます。ここでは、働かない者をわるく言ったり、追い出すことはありません。よく働く者が、ほかの者を助けます」。

 ブラジルは移民の国であり、連邦共和国としての形の形態はもちろん西洋由来のものであり、原住民迫害、差別の歴史ももちろん、もつのであるが、それでもなお、ブラジルに暮らしていると、ヤノマミら、アマゾンの森に生きる人たちのありようへの深い敬意は、人々の言葉の端々にでてきて、ブラジルの人たちの生活の根っこに関わっているように思われた。暴力でものごとを解決したりしないんだよ、とか、子どもをとにかくかわいがって、手を上げたりしない、とか、そして、この「誰か働ける人が働けばいい」。
 現実に、人間のくらし、ってそういうものではあるまいか。自分の周囲を見回しても、そうではないか。「働く人」と「働かない人」、「お世話する人」と「お世話しない人」の二種類くらいしかいないのではないか。産業資本主義社会はその成員のできるだけ多くを「働く人」にしたいみたいだけど、所詮無理な話である気がする。
 お世話する人は、えんえんと家族や周囲のお世話をし続けることになる。あなた、働く人ですか? お世話する人ですか? だったらもう、ハラすえて、死ぬまでやりましょう。できるように、せっせと自分を整えましょう。え? あなた、ほんとは働かない人でしたか? だったら、はたらきものの誰かを見つけて、たべさせてもらいましょう。家族の起源ってそういうものだったのではないかしら。あ、違ったかも・・・。

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三砂ちづる(みさご・ちづる)

1958年、山口県生まれ。兵庫県西宮市で育つ。
1981年、京都薬科大学卒業。
1999年、ロンドン大学PhD(疫学)。津田塾大学国際関係科教授。
著書に『オニババ化する女たち』『月の小屋』『不機嫌な夫婦』『女を生きる覚悟』など多数。最新刊は『女たちが、なにか、おかしい おせっかい宣言』(ミシマ社)。

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