おせっかい宣言

第14回 形式

2015.09.22更新

 団塊の世代は、1958年生まれのわたしにとって十歳か、もうちょっと上のおにいさん、おねえさんたちであった。既存の儀礼や儀式や権威を否定し、全部理屈で片付けようとし、ジーパンはいたり、学生運動やったり、ギター弾いたり、髪の毛のばしたりしている彼らは、子どもからみて「カッコよかった」。何でも真似しようと思ったから、団塊の世代がローラーをかけたあとの、雑草もはえないような世界に放りだされても、文句を言う気にもなれなかった。おまえらは、覇気がない、やる気がない、アホだ、しらけている、保守化している、とか散々なことをこの世代に言われてきたが、おにいさん、おねえさんに憧れたわたしたちは、彼らを批判するすべなどもたなかったし、批判に足る理論武装ができるほど、頭も良くなかった。

 入学式、卒業式、結婚式など、すべての権威的な形式をバカにしていた彼らだったから、彼らをみて育ったわたしは、結婚はしても、結婚式をやったことはない。女子大の教師になって、義理堅い卒業生たちが結婚式にまねいてくれるようになり、いそいそと出席するようになって、新郎新婦の親たちがうれしそうになさっているのをみて、自分が親に対してやった申し訳ないことに恐縮する。おとうさん、おかあさん、娘の結婚式くらい出たかったでしょうに。ごめんなさい。

 人間、それなりに年を取ってくると、時間をかけて作り上げられてきた「形式」というものはそれなりに合理的な理由もあるのだ、ということがわかってくる。形式をこわすことはなんでもないけれど、形式にそってやっていると楽なことも多い。「式」というのは、式をされる当事者たちは、日常よりも複雑で嵐のような感情に包まれているものだから、それが喜ばしいものであっても悲しいものであっても、当人たちにあまりしゃべらせないほうがよい。まわりが淡々と進めてあげるほうがよいのだ。形にこだわらず、自分たちで進行し、自分たちのことばでおこなう、それはそれですてきな結婚式に出たことがあるが、花嫁は途中で感極まってしゃべれなくなってしまい、気の毒だった。花嫁はきれいにしてそこにすわっていればいい、というのはそれなりに理由があるわけだ。伝統が全てよきものであるはずもないが、その中には、時間を経て形にされてきた忘れないほうがよいものもある。

 このように考えることを、「保守化する」という。まともな保守などいない日本の政治とは別の次元の話だ。人間、新しいものや、破壊や革命にはいつも憧れるけれど、人間というのは所詮だらしないものであるから、それらの「革新的発想」は長続きしない。飽きたり、自制心の足りなさのために内部から崩壊したりする。だからそんな革命的高揚に身をまかせるより、人間が長い間ずっと大切にしてきたことのほうに、真実があるだろう、という一歩引いた態度が「保守」なのだ。それでもあらゆる変革にはいまだ憧れてしまうし、人間はいつか理想郷を作り上げられるのではないか、という幻想からものがれられないから、偉そうなことは言えないのであるが。

 ともあれ、「なんとか式」、というものは、すべてやらなくてもいい、と考えておられた団塊世代の方々だから、もちろん、彼らが死にそうな年齢、および彼らの親が死んで彼らが喪主をつとめる年代になってくると、当然、「葬式はいらない」、というのが話題になり始めた。誰かが亡くなると近所の人たちが集まって淡々と準備を整え、男は男の仕事をし、女は女の仕事をし、死人を出した家の人にはなるべく負担がかからないように、まわりがすべてととのえて自宅で葬儀をして、野辺の送りをする、という葬式が、地方ではまだ残っているかもしれないが、都市部ではほとんどそういう仕事は近所の人のはたらきから、葬儀社の仕事となっていった。葬儀社はこういうことを亡くなった人、およびその家族の希望にそってビジネスとしておこなっていくのであるから、もちろん、伝統の形式よりも、「個人の思い」、「家族の思い」が形にされていくようになる。「葬式はいらない」と思っている人たちのために、葬儀社は今ではどのような相談にものってくれる。お坊さんを呼ばず、弔問客をうけない「家族葬」はごく普通のやり方になりつつあるし、焼き場でそのまま葬儀をすませるような簡単な形式も人気があるようだ。

 葬式はいらないと考えるくらいだから、もちろん、位牌もいらないという。戒名なんか何十万も出して坊主につけてもらうのはいやだ、という。故人が違う名前になってしまうのはいやだし、お金もかかるし仏教の信心もしていないのに戒名などいらないという。だからといって供養など何もしたくないのか、というとそうではなく、「骨は海に撒いてほしい」とか、「しのぶ会」はやってもらいたい、とか、いう。それだって立派な供養なのだ。何らかの形で供養はして、思い出してはもらいたい、と、皆、思っては、いる。戒名も位牌もいらないので、写真をかざっておけばいい、思い出になるものがあればいい、というわけで、死後は仏壇に位牌、のかわりに写真などを飾る。

 最初に書いたけど、わたしたち団塊の世代から遅れること十年の世代は何でも団塊の世代のやっていることを真似してみたいと思う。彼らのやる合理的なことに理由もあると思っている。だから、やってみた。亡くなった人の写真を飾って供養する。朝にお水をあげ、お茶をあげ、線香をあげて、手を合わせる。夜にはお水とお茶をひきあげ、また、線香をあげて、手を合わせる。しかし、ある時、思い始めた。写真、はあんまりよくないんじゃないのか? そこに写っているイメージにとらわれすぎる。もちろん人間が供養、という形をとり始めた頃、当然、写真はなかった。だから写真がよくないというのではない。写真がなかった昔がよい、といっているわけではないのだ。写真に向かって手をあわせていると、そのイメージにとらわれすぎる。その人の実に多様な表情や、ありようや、仕草がだんだんうかばなくなり、朝に晩にながめる写真のイメージが妙に定着しがちになる。また、リアルな写真に向っておがんでいると、ついつい祈ることは、現世的な利益について祈ることになりやすい。誰々が元気でいるように、とか、あれこれがうまくいきますように、とか、自分自身をみまもってほしい、とか・・・そう言う現世的あるいは利己的な利得をめざして祈ることになりやすい。そんなことを祈ったり、祈ろうとしている自分を、浅ましく感じるようになってきた。

 祈る、ということは、自分より大きな何かに身を委ねることである。具体的な現世の名前ではない戒名とか、写真ではなく何のイメージもない位牌とか、現世利得をとなえるのではない、お経とか、お祈りとか、型にはまったもののなかにこそ、無限の豊かさもあるのだ。祈りはみかえりをもとめず、ひたすら自分を何かに委ねるものであるからこそ、祈るものに平安をもたらす。戒名にも、位牌にも、お経にも、「なにもわかっていない現世利得ばかり考える我々」をいさめるような、人間の知恵がつまっているようにみえてきた。写真に向かって祈る、は、やっぱりちょっとちがうんじゃないかなあ、と思う人のためには、まあ、鎌倉時代以降広く人口に膾炙した「お寺さん」にきいてみる、という方法がこの国にはまだ残っていることが、ありがたいことにみえてきた。

お便りはこちら

みんなのミシマガジンはサポーターの皆さんと運営しております。

三砂ちづる(みさご・ちづる)

1958年、山口県生まれ。兵庫県西宮市で育つ。
1981年、京都薬科大学卒業。
1999年、ロンドン大学PhD(疫学)。津田塾大学国際関係科教授。
著書に『オニババ化する女たち』『月の小屋』『不機嫌な夫婦』『女を生きる覚悟』など多数。最新刊は『女たちが、なにか、おかしい おせっかい宣言』(ミシマ社)。

女たちが、なにか、おかしい おせっかい宣言

バックナンバー