おせっかい宣言

第15回 BBC

2015.10.05更新

 ジュネーブで「国境なき医師団Medecens San Frontieres:MSF」」関係の友人たちを訪ねた。いまやノーベル賞も取り、世界的に知名度の上がった「国境なき医師団」。国際保健医療協力の業界でも老舗になりつつある。もう還暦もほど近いわたしがこの国際協力業界に関わり始めた頃、「国境なき医師団」は新進気鋭の非政府組織だった。もともと国際協力業界の非政府組織というのは、宗教系(当時はおもにキリスト教系)やチャリティーが母体になったものが多くて、いわゆる「政治色」というか、ポリティカルな主張を全面に出したグループはそんなになかった。政治色がないからこそ、緊急援助や国際支援に乗り出せる、というスタンスであったと思う。ところが、フランスの五月革命世代(まあ、日本で言えば団塊の世代ですが)が中心になってたちあげた「国境なき医師団」は最初から政治的意思を明確にしてこの業界で活躍し始めたグループのようにみえており、実際その政治色ならではの難民支援や、HIV/AIDS、必須医薬品などに関する働きはめざましく、もちろんそういうことでノーベル平和賞も取ったのである。

 日本のMSF支部もできてファンド・レイジングと人材リクルートをやっているようだが、活動の内容を具体的に決めているのはいまだにパリやジュネーブやブリュッセルのMSFである。ジュネーブでMSF創成期のメンバー15、6名に会った。みんな、いいじいさんばあさんになりつつもエボラ出血熱対策の最前線に立っていたりして、よくがんばっている。自分も含めて、この世代が育てた子どもたちが20代をこえていて、その世代がパーティーを企画して親世代を呼んでくれるようになっているし、医師や助産師を目指して自分たちもMSFをはじめとする国際保健医療協力に関わろうともしている。名実共に次世代が育ちつつある。

 MSF創成期のメンバーのひとりである友人は、いまもMSFに関わりつつも、スイス・コーペレーションという、日本で言えばJICA(Japan International Agency:国際協力機構)みたいなところで給料をもらう仕事をやっている。もう50代後半だから部下をたくさん使うポストにいる。そこで30代そこそこくらいの部下から「マダムはBBCですからねえ」と言われるそうである。BBC?英国国営放送? それ以外には、きいたこともなかったんだが、BBCとは、Born Before Computer、つまりは「コンピューター個人使用が広がる前に生まれた世代」のことであるらしい。20代半ばの息子にその話をすると、「パソコンもインターネットもない時代にどうやって生きてたの?」と真剣に目を丸くされた。はい、我々はBCCである。生まれたときにパソコンはなかった。恋する思春期、青年時代にもパソコンはなかった。メールとインターネットが登場した頃には、もう壮年期をむかえていて、生んだ子どもの何人かが周囲を徘徊しているような年齢であった。若い頃、われわれは対面関係と、お手紙と、かろうじて電話とだけで恋愛をした。電話も家の黒電話であり、思いを寄せる人が電話をとってくれる可能性はほとんどなく、コワそうなおとうさんや、やさしげなおかあさんなどが電話に出たりすると、おもわず一言も発せず受話器を置いたりした。黒電話には相手の電話番号表示などというシステムはなかったから、そんなことをする余裕もあった。とにかく、対面で会う以外には、瞬時に思いを伝えたりする方法などもとよりなかったのである。会えない時間に想像をふくらませたし、恋愛関係が始まってからは、遠方から、あるいは海外から、一分の電話料金を気にしながらかすかに声を聞くことに満足したりした。こんなことはいまや、単なる老人の思い出話である。

 女心、というのは切ない。いつだって連絡を取りたい、いつだってこの人のことを知りたい、いつだっていっしょにいたい。そういうものである。メスなんだから、しかたない。いっしょに子づくりをしてくれる人を、常に側に置きながら安心して子づくり、子育て、したいのだ。え? あなたは、こどもはいらない? つくる気もない? すみません、でもほかならぬ次世代をつくる本能のありようこそがわたしたちを恋愛に駆り立てるのです。だから女が男にむかうのは基本的に子づくりの欲求なのであります・・・すみません、このへんにしておきますが。やっぱりわたしたちは本能から自由ではない。とくに女は。

 要するに女というのは「女々しい」。男よりずっと恋愛にこだわる。女なんだからあたりまえだ。女は男のことばかり考えてしまう。男は違います。女のことを、ずっと考えてません。おおよその男は、人生の九割五分は遊ぶことしか考えてません。おおよその「仕事」とよばれているものほとんどは大いなる遊びでしょ? 人生をかけて人生の意味を見いだすための高尚な遊び。人間が続いていくことに必要な基本的な衣食住子づくり子育てを支えるための本来の仕事はだんだん影が薄くなり、社会の複雑さの一翼をにない、生の原基とは敵対する高尚なお遊びにみんな夢中なのである。それをどうこういうつもりもない。それなしに我々が生きていくことも難しいし。でもまあ、言いたいことは、女はそういう「高尚」なお仕事していようがいまいが、恋をするや、男のことばかり考えている。(わたしはちがいます、という方のご意見、妨げません。)

 「女々しい」女にとどいた、このコンピューターとそれにともなう「メール」、そして、進化して「LINE」 に「WhatsApp」、「Skype」などは、恋愛のあり方をかえただろうなあ、と、文字どおり老婆心ながら思う。そんなものがあったら、「女心」は簡単に「執着」にかわってしまう。いつでも連絡が取れる?ならば、とるしかないだろう。朝に昼に晩に連絡をして、その連絡に返事がないと、天国と地獄みたいなアップダウンを繰り返す。おはよう、と言いたいし、おやすみなさい、と言いたいし、きょうもあしたも愛しています、と言いたいではないか。私の愛しい人は何をしているのか知りたいではないか。世界の裏にいても、Skypeをつけっぱなしにしていれば、相手の家でのようすまでうかがえてしまう。お金かからないんだもん。24時間できてしまう。女々しさに女々しさが上塗りされ、男まで女々しくなってしまいそう。

 BBCでよかった、と思うのは、若くて、生殖時代にあって、なんとか男をゲットしようと恋に燃えているような年代のときに、ラインとかホワッツアップとか、なかったことである。依存症体質の私は、それらのSNSのとりことなり、ほんとに一日中なんにもせずに、恋しい相手との連絡だけとろうと24時間考えてしまったに違いない。ほんとに、いま、若くなくてよかった、と思うと同時に、今の若い人のおかれている切羽詰まった恋愛状況が伺われて、心配で気が気でない。だが、心配なのはわたしがそのようなバカな若い女であった、というだけで今の若い男女はきっとこれらのSNSを使いこなし、聡明に生きておられるのであろう、おそらく。

 しかしながら。悲しいかな人間は特殊な進化を遂げてしまったため、生殖時代を終わってしまっても恋愛だけくらいはできるらしくて、特別養護老人ホームまでも恋愛沙汰は続くのである。生殖時代ほどに子づくり本能にドライブされてはいないから、激しくはないかもしれないけど、晩年を豊かに過ごしたいとかいう妙なイデオロギーとともに老年恋愛も世間的認知をみるようになったから、BBC世代もSNSで恋愛するようになるとも限らない。はまるんじゃないぞ、見苦しいから。よけいなおせっかいですけど。自戒は、こめている。

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三砂ちづる(みさご・ちづる)

1958年、山口県生まれ。兵庫県西宮市で育つ。
1981年、京都薬科大学卒業。
1999年、ロンドン大学PhD(疫学)。津田塾大学国際関係科教授。
著書に『オニババ化する女たち』『月の小屋』『不機嫌な夫婦』『女を生きる覚悟』など多数。最新刊は『女たちが、なにか、おかしい おせっかい宣言』(ミシマ社)。

女たちが、なにか、おかしい おせっかい宣言

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