おせっかい宣言

第17回 後天的天才

2015.12.02更新

 何人か「師」と呼んでいる人がいる。五十代後半というような年になってそう言う人がいること自体を幸運と思うし、また、運だけではなくて、わたし自身が「師」を持つ立場に自分を置くことをこのうえない幸せ、と思うタイプである、ということにも由来している。会える師もあるし、もう会えない師もある。しかし、「師」をもつことにより、わたしの人生は学びのプロセスとなり、飽きることがない。学ぶ、ということにまさる人生の悦楽というのは、なかなか他には見つけにくい。「学問」やら「仕事」やらが永遠の快楽であるのは、そう言う意味において、でもある。直接会うことができる師のおひとり、高岡英夫先生が、2015年9月に「ゆる体操」をオープン化した 。(※1)

 「ゆる体操」については、メディアや地方自治体での実践、日本津々浦々でのカルチャーセンターでのコース開講などを通じてよく知られるようになっているから、いまさら詳しい説明も必要あるまい。現代社会を生きる我々のからだはストレスや疲労で、ほおっておけば、こり、かたまってしまう。老化とは文字どおりどんどんからだがかたまってしまうこととほぼ同義である。実際にこの年齢になると何人かの人を身近で介護し、見送ることになったが、病や老齢による現代のおだやかな死のプロセスの多くは、少しずつからだがかたまり、ある部分が動かなくなり、さらに動かなくなる部分がふえ、それと同時に脳の機能も衰え、最後にはすべてかたまることになる、ということはよく理解できた。動物としての人間の活動の本質は、本来はからだがかたまらないような方向にあり、動けば動くほど快適であり、能力の向上にむかうものであり、その成長の果てに次世代への交代があり、死があったはずだが、我々は「生の原基」と敵対する文明をつくることに、すでに世紀をまたいで尽力してきたため、現代社会の我々の数多の活動は、動物としての人間のありようとは、敵対しているのである。現代社会での活動の多くを漫然と続けていれば、からだはかたまり続けるのだ。実際に、肩がこったり、腰が痛かったり、背中がばりばりだったりすると、当然不快で不機嫌になるし、不快で不機嫌な人間には、他の人間との関係性が快調にむかう可能性は狭められる。いろいろうまくいかなくなる。

 「ゆる体操」は、そのようなかたまったからだを上手にゆるめることができるようにていねいに作り込まれた簡単な体操である。どんなからだの状態であっても、「ゆる体操」のどれかを試してみることは可能であるくらい、軽微な体操も多い。2002年に具体的に現在の形の「ゆる体操」が発表されて以降、指導員資格をもった人のみが指導出来る体制になっていたが、2015年9月にオープン化され、本やYou tubeをみて、独習して、自分で誰にでも教えたり、教えることの内容に組み込んだりすることができるようになった。いわばラジオ体操などと同じような感じで、どこでも、誰でも教えることができる。奥は深いが、敷居は低い、誰でもできる体操だから、このオープン化により、さらに多くの方に広がっていくことになるだろう。「ゆる体操」により、わたしは日々の自分をよく把握できるようになり、何があっても、そうだ、まずはゆるむことから、と自分の身体のこわばりを点検する。

 一人一人の好みによりさまざまなトレーニングがあるだろうし、何らかの自分の方法をもっておられるならそれでいいが、それが単なる誰かの直感によるものでなんとなく口伝されているよりは、誰もが取り組むことが可能なようにていねいに体系化されているほうがよりのぞましい。特殊な人間のみがアクセス出来るようなものでなく、誰にでも手が届くようになっているほうがよい。「ゆる体操」はその段階にはいった。誰でも学べるし,誰でも教えられるが、指導員はやはりよくトレーニングされているから、指導員から学ぶとよりよく学べる。わたし自身も指導員資格を持ち、指導している。オープン化したことで、指導員としてはより、腕を上げたいものだ、と思う。

 高岡先生はよく「後天的天才」という言い方をされる。先天的な天才という人は、生まれつきその才能があふれていて直感とともにそのように動けたり創造したり出来る人たちであり、そう言う人は歴史上何人もおられるが、何人かしか、おられない。しかし、方法を見つけて自らを鍛え磨いていくことで,自分のやっていることを後天的に徐々にすぐれたものにしていき、達人化する道は、誰にでも開けている。

 村上春樹さんの「職業としての小説家」という近著は、日々のフィジカルな調整の重要さと、この後天的天才のありようについて、諄々と書かれた本であると考えている。村上春樹さんは言わずと知れた現代日本をいや、現代世界を代表する作家である。元々、本が大好きな方だったというが、自分が作家になるなんて思ってもいなかったという。春樹ファンなら誰でも知っていることだが、ジャズバーをやっていたある日、神宮球場でヤクルトの試合を観戦しているときに、ふと小説家になろうと思い、小説を書いて、小説家になった。もう30になろうか、というころだったのだから、「先天的な」天才肌の作家、というわけではない。そこからからだをととのえ、書き続け、黙々と仕事をなさって世界的作家になっていかれた人であり、彼の挑戦はまだ最前線で続いている。

あなたが(残念ながら)希有な天才なんかではなく、自分の手持ちの(多かれ少なかれ限定された)才能を、時間をかけて少しでも高めていきたい、力強いものにしていきたいと希望しておられるなら、僕のセオリーはそれなりの有効性を発揮するものではないかと思われます。意志をできるだけ強固なものにしておくこと、そして同時にまた、その意志の本拠地である身体もできるだけ健康に、できるだけ頑丈に、できるだけ支障のない状態に整備し、保っておくことーそれはとりもなおさず、あなたの生き方そのもののクォリティーを総合的に,バランスよく上に押し上げていくことにも繋がってきます。

(村上春樹『職業としての小説家』スイッチ・バブリッシング、2015より) 
 



 それではどのようにして生き方の質をレベルアップしていくかと言うと,その方法はひとそれぞれ自分でそれぞれに「自分の道」をみつけるしかない,と村上さんはいう。別の本に、村上さんは作家になるには「一に足腰、二に文体」である、と書いている。とにかく、無意識の世界まで降りていって、また、こちらがわにしっかりもどってくることができるだけの生身の人間としてのからだをつくり、きたえることが第一、とにかく、からだをつくること。そして作家として自分自身の文体を持つことが第二、という。何か書いてあるもの、しかもかなり長いものをわたしたちがどんどん読んでいけるのは、ひとえにその書き手の文体の力なのである。村上さんが「走る」ことを中心に据えてからだを整えていっておられることは数多の著書でうかがい知ることができるし、毎日早く起きて6000字書く、という黙々とした作業の中で、彼の文体はきたえられ、研ぎすまされ、わたしたちを魅了し続ける。彼の作り上げる物語と彼の存在自体が人間の希望なのだ。

 からだのトレーニングを静かに続けていきたい。いつか死ぬが、達人への道すがらで、死にたい。そのためにはまだ学ぶことだらけであることの幸運を師に感謝し、自らがやっていることのクオリティーをいささかでもあげられるように、努力を続けたい。道はとても遠いのだが。

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※1) 高岡英夫「脳と体の疲れを取って健康になる 決定版 ゆる体操」PHP研究所2015. (この本に記載されている209の体操すべてがオープン化の対象である)

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三砂ちづる(みさご・ちづる)

1958年、山口県生まれ。兵庫県西宮市で育つ。
1981年、京都薬科大学卒業。
1999年、ロンドン大学PhD(疫学)。津田塾大学国際関係科教授。
著書に『オニババ化する女たち』『月の小屋』『不機嫌な夫婦』『女を生きる覚悟』など多数。最新刊は『女たちが、なにか、おかしい おせっかい宣言』(ミシマ社)。

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