おせっかい宣言

第19回 女子大の役割り

2016.02.19更新

 女子大の教員をしている。女子大学は、昨今、あまり人気がない。しかたないと思う。女子大学、女子だけで学ぶ大学。あまりのアナクロニズム、としかいいようがない、といわれてもしょうがない。幸い、そんなふうに面と向かってはっきりいう人はあまりいないのだけれど。

 そもそも世の中は男女共同参画、ということで、男性も女性も同じように、平等に、社会で活躍できるように、ということになっている。そういう時代なんだから、教育の現場、ましてや大学で男女別学にすることに積極的で肯定的な理論的枠組みを見いだすことは、ほとんど不可能なのではあるまいか。みんないっしょに勉強して、みんないっしょに活動して仲良くなって、切磋琢磨するのがよい、ということにしか、ならないと思う。

 日本の多くの女子大は、もともと裁縫学校とか花嫁学校的な学校だったものが大学になったか、あるいは、セブン・シスターズと呼ばれるアメリカの伝統ある女子大をモデルにしているか、のどちらかであることが多いようだ。(女子医大とか女子栄養大学とかはどちらの範疇にも入らないのかもしれないが。)セブン・シスターズ、というのは、元々アメリカのアイビー・リーグと呼ばれる名門大学が男しか入れなかったためにできた女のための大学であるらしく、すべて、専門というよりは教養を身につけるリベラル・アーツ・カレッジであり、レベルも倍率も恐ろしく高い。それでもアイビー・リーグの大学もあいついで女子を受け入れるようになっていったから、セブン・シスターズの一角、ヴァッサーやラドクリフは共学化したというが、それでもヒラリー・クリントンの出たウェルズリーとか、バーバラ・ブッシュの出たスミスとか、我が職場の創立者、津田梅子の出たブリンマーとかは、女子大として健在である。

 日本の女子大も共学化したところがないわけではないが、それなりの偏差値を保っていたところはほとんど女子大のまま継続している。アメリカの女子大のことはわからないけれど、日本だけを考えてみても、いっときこの国を席巻したフェミニズムの勢いからすれば、よくつぶれないでいままで残ったものだ、とあらためて思う。この国独特のマルクス主義フェミニズムをベースとする"フェミニズム"の最盛期は90年代であったようだ。私はその間ずっと日本にいなかったので、肌の感覚としてわからない。長く暮らしたラテンアメリカのフェミニズムは少し違っていたから、長く海外にいて帰国した2000年、わたしはいろいろ違和感を感じたけれど、どちらにせよ、この国の独特の"フェミニズム"の勢いは、そのころには、最盛期のものではなかったと思う。それはともかく、この国の"フェミニズム"最盛期のときに、よくも「女子大をつぶせ」、という議論にならなかったものだ。冷静に理論的に考えれば、どう考えても、「女子だけの大学」などは、ないほうがよいにきまっている、これこそが女性抑圧の温床である、ないほうがいい、と、女子大つぶしに奔走なさる方があっても、おかしくなかった。

 しかしそうはならなかった。むしろ女子大は、「抑圧された女性をエンパワメントする拠点」、「男と一緒にいたらリーダーシップをとれないから、女だけの中でリーダーシップの涵養につとめるのがよい」などという文脈で語られていたようだ。実際に某国立女子大学は、"ジェンダー研究"の拠点となっていったし、東京の女子大の学長があつまって「リーダーシップづくり」などということがはなされていたことも記録にある。しかし、そのようなことがフェミニズムの時代の女子大の存続理由であるとすれば、これはもちろん矛盾のうちの存在、ということにほかならない。抑圧された女性のエンパワメントの拠点、というならば、その目標は、そのような拠点がいらなくなるほどに女性が抑圧されなくなることだから、「そんな学校はなくなることが理想」ということになる。リーダーシップの涵養は「抑圧されている女性だけの中でのリーダーシップをとる練習」じゃなくて、男性と切磋琢磨される中で生まれるものに違いない。

 おそらくそういう理由で「女子大学」を生き残らせるのはおそらくもう不可能なのだ。それでも女子大学がここまで生き残ってきたのは、どのような思想信条をもっていようが、女子大学を卒業した卒業生たちが、「ここはよき学びの場であり、この環境をなくしてほしくない」と願っており、働く教職員たちがそれぞれの学校に独特のよさを感じていたからではないのか。
 女子大学。現実に日本にまだたくさんある。十八歳人口の減り続ける受験シーズンをむかえ、どの大学も苦戦しているのではないかと思う。わたしの職場,津田塾大学も小さな女子大であり、なかなかたいへんである。東京は23区のはるか外側、小平市にある小さな女性だけのための大学、いくら日本最初の女子留学生、津田梅子女史が創立した女子英学塾が母体になっており、数多の日本の「女性初のxxx」という職業人を生み出してきた学校とはいえ、都心の総合大学志向の女子高生たちへの求心力は足りないのだ。 

 自分の職場をほめるのは文字通りの自画自賛なので気恥ずかしいところもあるのだが、自分の職場、はわたし自身とは違うし、わたしが作った学校でもないので、ほめても許されると思う。津田塾、というのは実によい学校である。娘がいたら入れたい学校だったが、息子たちしかいなかった。まず、教職員が学生のことを立派な人たちだと思っている。この学校では、文部省とか経営側とかとの意思疎通はなかなか難しいとか、執行部がどうだこうだ、とか、文句言う人はいても、学生が「勉強しない」とか「レベルが低い」とか「アホだ」とか言う人はいない。いや、何人かはいるかも知れないけど、誤差の範囲である。教職員が、学生たちはみんな立派だ、エライ人たちだ、よくがんばっている、という。そういわれていると、立派でえらくてよくがんばる人になるのだ。一昔の津田塾は「女の東大」とかいわれていて偏差位置も高かったし、難しかった。そのころとくらべると第一志望で進学してくる人も減った。しかしそれでも卒業する頃には、ほんとうに自分の言葉で語る、瞳の静かな、立派な人たちになり、本人たちも、本当にいい学校だった、津田塾にきてよかった、と言ってくださる方が多い。教職員の何よりの喜びである。しかし、このすばらしい津田塾も、18歳人口減少に伴い、学生を集めることに苦戦している。ここは津田塾のみならず、女子大の、エンパワメントとかリーダーシップとか以外の新しい役割りについて考えるべき時期にきているのだろう。

 あらためて思うのは、男を意識しないですむ安全な場所で自分自身とのつきあい方についてゆっくり考えられる場所としての、女子大学のありかたである。若い女性はなかなかにきつい時間を過ごしていて、摂食障害や食べ吐きは珍しいことでもなくなり、精神的にきびしいところに追いつめられる人も少なくない。大学を出て、それこそ男女共同参画、で働き始めてから、精神的に追いつめられてしまったり、母親になってから摂食障害に陥ったり、結構な年齢になってからやっと生殖ライフについて思いをいたして、その遅さに愕然としたり、そんなことができるだけ避けられるように、少人数教育の中、なんとかゆっくりよい時間をすごせてもらえることを「売り」にできる場所であることしか、女子大学の生き延びる道はないように思うのだが、いかがなものだろう。

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三砂ちづる(みさご・ちづる)

1958年、山口県生まれ。兵庫県西宮市で育つ。
1981年、京都薬科大学卒業。
1999年、ロンドン大学PhD(疫学)。津田塾大学国際関係科教授。
著書に『オニババ化する女たち』『月の小屋』『不機嫌な夫婦』『女を生きる覚悟』など多数。最新刊は『女たちが、なにか、おかしい おせっかい宣言』(ミシマ社)。

女たちが、なにか、おかしい おせっかい宣言

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