おせっかい宣言

第22回 みえているもの(2)

2016.04.07更新


 彼女の家には代々「虫きり」の技が伝承されていたといい、彼女は母親が近所の幼い子どもたちの「虫きり」をしていたことを実際に何度もみている。母親が作法に従って、子どもの手に墨で文字を書いたり、いろいろやっていると、子どもの指先から白い「虫」がほんとうににょろにょろと出て来るのだという。
 「出るんですよ、ほんとに」。で、その虫はどこにいくんですか。つかまえたりできるんですか、標本にできませんか、といろいろきいたが、その虫は子どもの指からでてくるときはみえるが、そのあとはみえなくなってしまうんじゃなかったかしら、といろいろぼんやりごまかされた。友人自身は、まともな近代医療職についており、「できませんよー、虫きりなんか」といっているが、実はできるにちがいない、と読んでいる。とにかく、「虫」なのである。見えないけれども何かをする「虫」、見えるけれどもきえてしまう「虫」。

 父の世界に「虫」があらわれはじめたことが、今思えば象徴的だったのだが、当時の私は、いやー、大丈夫よーおとうさん、何にもいないわよ、というしかない、ばか娘である。目覚まし時計をふったり、さかさにしたりしても、なにもでてこない。お父さん、なにもいないわよ、というと父は、いや、夜中になると、その穴とか、隅とかから出てくるんだ、と主張する。わたしには穴さえみえないかった。

 ある日、ヘルパーさんが、「お父さんはどうしてもこのお皿をつかってほしくないとおっしゃってます」といって、あるお皿に、「禁使用」の張り紙をした。実家にある皿のことはわたしもよくわかっている。いただきものの多い家だったし、一昔前はすべての引き出物の類いは陶器だったから、皿や湯のみは使い切れないくらいあって、それらは結構、良い品物だった。だから、父は日常的にそれなりに「上等」な陶器をつかっていたのだが、ヘルパーさんが「禁使用」の紙をはったお皿は、唯一、「100均」つまりは、百円ショップで買ってきたものであった。なぜそのお皿が実家にあったのか、なぜそれが百円ショップのお皿だと私が知っているのか、その辺りの詳細は忘れてしまったが、それが百円ショップからきたものであることだけは間違いがない。ピンクの花柄が描いてあって一見かわいらしいお皿で大きさもちょうど良いので日常的に使っていたのだが、父はある日、そのお皿を気味悪がっていやがりはじめた。

 「お父さんはこのお皿は嫌だ、お皿から変なものがでてきているとおっしゃいます」とヘルパーさんは言う。父はどうしてもそのお皿からなにか奇妙なものがドロドロと立ち上って出てきているように見えるらしい。父はそれを「虫」とはいわなかったが、「虫」にみえないだけで、「虫」の類いなのであろう(何のことを言っているのかわからないと思うが、わたしもわからない)。ヘルパーさんはひとりだけではなくて、何人かおいでになるから、誰がきてもそのお皿をつかうことがないように、使用禁止の紙をはってくださっているわけだ。父の言っている事は、おそらくすごく正しい。私には見えていなかったが、ヘルパーさんからその話をきいたとき、ぜったい正しいと思った。

 百円均一のものを売っている店の邪魔をするつもりは毛頭ないし、わたしもたくさん買い物をしている。どこで買っても同じものなど、ここで買わせてもらうと本当に安いな、と思って便利に使わせてもらっている。しかし、「大変価格が安い」というのは、それなりに理由があるだろう。たとえば、本来なら人が手をかけてつくる陶器のお皿が一枚100円というのはどう考えても安すぎる。その値段で売るためには人件費が低くなくてはならないから、それらの陶器はたいてい日本製ではない。はるか遠くの国でつくられ、輸入されたものであることが多い。かの国で、安く売られるためのお皿が誰によってどのような材料でどのような気持ちでつくられているか、神のみぞ知る。いや、取り次ぎ業者さんのみ知る、かもしれないが、知らないかもしれない。消費者の私たちにはどちらにせよあずかり知らぬところである。

 安くするための様々な工夫が原材料を選ぶ段階や、それを作成する人の処遇においてなされていて、そのプロセスのどこかに、やや理不尽だったり、非人道的なものだったりすることが混じっていない、とどうして言えようか。安くするために、消費者側としては知りたくないことが起こっているのかもしれない。もちろん「商い」として、あこぎなことをなにもやっていらっしゃるわけではない。100均ショップもその取次業者さんも目に見える範囲で真っ当なことしかやっておられないにちがいないから法的、倫理的に問題があるはずもない。わたしたちも普段はそんなことは気にもしていないし、ましてや目に見えるわけでもないから「気にしないふり」をしているだ。しかし、父には見えた。産業消費主義のプロセスで生み出されたなにやらよろしくないものが父には見えたのだ。

 「虫」や「お皿から出てくるもの」のみではなく、父にはいろいろなものがみえていた。あるときは、自分の部屋のベッドに若い女性がすわって赤ん坊に授乳しているのだという。この若い女性は、ひとりで父のベッドに寝ていたこともあるらしい。リビングルームにたくさんお客さんがきているので、お茶を出すように、とヘルパーさんにせまったこともあるらしい。同居していた私の次男は、「あれほどこのアパートでは犬をかってはいけないと言ったのに」と、父から叱られた。父の目にはしっかりと犬がみえていたのだ。ヘルパーさんは、「あんまりおっしゃることが真に迫っているので、わたしたちもなんかちょっと気味がわるくなって、本当は何かいるんじゃないか、と思うようになりました」とおっしゃる。
 
 「生の原基」ということが、私の人生のテーマだ。渡辺京二氏のことばで何度も引用してきた。

 あらゆる文明は生の原基の上に、制度化し人工化した二次的構築物をたちあげる。しかし、二十世紀末から二十一世紀にかけてほど、この二次的構築物が人口性・規格性・幻想性を強化して、生の原基に敵対するようになったことはない。一切の問題がそこから生じている。

 わたしたちが「生の原基」と敵対する文明のうちに生きていることは、むずかしい言葉をならべなくても、実はみな、わかっているのではないか。生きものとしての本来あるべき姿、生まれて次の世代を残して死ぬ、という本来の形から、人間のみでなくこの世にあるものと豊かな交わりを楽しみながらひっそりと自らの生を終えるということから、わたしたちはただ遠くなって久しい。幼い人たちが感じられるようなものが感じられたり、「虫」がみえたりすることを、一度失わなければ成人としての時間を生きられないからこそ、老いてはそれらを取り戻す必要があるのか。父はそれらを取り戻せたのだろうか。娘としては父の生の原基の奪還過程によくつきあえたのかどうか、実に心もとないばかりなのだ。

  

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三砂ちづる(みさご・ちづる)

1958年、山口県生まれ。兵庫県西宮市で育つ。
1981年、京都薬科大学卒業。
1999年、ロンドン大学PhD(疫学)。津田塾大学国際関係科教授。
著書に『オニババ化する女たち』『月の小屋』『不機嫌な夫婦』『女を生きる覚悟』など多数。最新刊は『女たちが、なにか、おかしい おせっかい宣言』(ミシマ社)。

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