おせっかい宣言

第23回 幻想であっても

2016.05.16更新

 東京の人が親切になった、という話は、ここ数年、耳にしてきていた。けっこうクールで人のことにかまわない、知らん顔しているといわれていた大都市東京にすまう人が、2011年の東日本大震災以降、実に親切になった、と多くの人が言うのだ。困っている人をみると、すごく気軽に声をかけてくれる。行動も素早い。特に若い人が親切だ、と、なんども聞いている。

 足をひねって骨折した友人は、しばらく両腕に松葉杖を抱える状態だった。慣れていないから、不便だし、つい、もたもたしてしまう。動きづらいから立ちすくんでしまったりもする。特に、駅は人も多いし、階段もあるし、いろいろ怖い。ところが電車に乗ろうとすると、荷物を持ちましょうか、大丈夫ですか、手を貸しましょうか、と次々に若者たちが声をかけてきてくれるのだという。挙げ句の果ては、階段で、「おぶってあげましょうか」という若い男性まで出てきた。特に小柄でも極端にやせているわけでもない彼女は、恐縮してことわったというが「なんか、ものすごく親切なんですよねえ」と感心していた。繰り返して言うが、東京の話である。

 その松葉杖の話からほどなく。ある金曜日の夜11時ごろのことである。わたしは結婚パーティーの帰りだった。花嫁から、テーブルをかざっていたきれいな花鉢を紙袋に入れて、ひとりずつ、お土産にいただいた。白とグリーンとうすい黄色の、それはそれはかわいらしい花であった。ところがどうやらその花鉢から水が漏れていたらしい。知らない間に紙袋が濡れていたのだろう。東京都心、地下鉄赤坂見附駅の満員のホーム(東京では、金曜夜11時にはメインの駅は大変混雑しているのである)で、紙袋がやぶれ、花鉢がおちて、音を立てて陶器の鉢が四散した。ごめんなさい、とわたしは思わず周りの人にあやまったが、周囲にいた10人ほどのスーツ姿の男性たちが、口々に、「大丈夫ですか」、「けがはありませんか」といって、まわりとわたしを気遣ってくれる。落ちた花や鉢のかけらをひろってくれる。一人の男性が、「この袋に入れたらどうですか、どうぞお使いください」と袋をさしだす。

 以前だったら、もっと冷たい視線が寄せられていた、と思う。しかし、そのとき、こんな混んだところで、こんなヘマをやりやがって、迷惑な・・・という態度はまったく見られなかった。すぐに制服を着て腕章を付けたホームの警備員さんがやってきて、集められた花や、鉢のかけらや、袋やらをうけとり、ほうきをつかってさっと掃除をして、「あ、後は大丈夫ですから。捨てておきますね!」と快活にいってくれた。時間にしてほんの数分。みな、何事もなかったかのように、次に到着した丸ノ内線にのりこんでいった。唖然とするほど、見事な声のかけ方で、大したものだ、と思ったのだ。震災以降、「東京の人が親切になった」を、まさに実感する出来事だった。

 わたしたちは欲深くて自分勝手で怠惰でワガママでどうしようもないやつだが、しかしこれではいけないのではないか、とやっぱり省察する動物でもある。考えて、省察して、成長したい。人と比べて自分が抜きん出たい、とかそういうことじゃなくて、自分が人間として成長したい。よき人間でありたい。そしてそれは、遠い世界で実現されることではなく、いま、この目の前で。そういう欲望は、やっぱり誰にでもあるんだと思う。心はより開かれていたい。なんともいえない親密さに満ちているところで暮らしたい。お互い助け合いたい。傲慢だったり、慇懃無礼だったりするのではなく。

 若い人を見ているとそのふるまいはより気持ち良いものになっているようにみえる。思えば、親しくしている20代の若者とその友人たちの謙虚さよ。「オレが、オレが」という団塊の世代前後までの、目を覆いたくなるようなエラそうな態度は、現在の20代には、その片鱗ものこっていない。「君たち、えらいね、ちっとも、オレがオレが、っていわないのね」というと、「日本人って、もともと、謙虚で慎み深くて、朗らかにしていたんでしょ。僕らのほうが王道だよね」と言う。おっしゃるとおりでございます。わたしは確かに、この若者に、今や国民的ベストセラーとなりつつある渡辺京二氏の「逝きし世の面影」(※1) をプレゼントしていて、彼はこの本が好きだと言っていたのだ。江戸末期から明治初期にかけて日本を訪問した西洋人たちがどのように日本を見ていたか、という本である。近代とは何か、を生涯かけて問うている渡辺京二氏の筆致によるものであるからこそ、西洋人の目を通して描かれる前近代を生きるこの国の人たちの、人なつこく、人情味あふれる、朗らかな様子は、深く胸に残り、私たちが「近代」で得たものと失ったものが、際立って目に見えてくる、本なのである。


 その渡辺京二氏は、熊本にずっとお住まいで、このたびの熊本の震災で被災された。幸いご無事で、4月28日の熊本日日新聞に、「荒野に泉湧く」という文章を寄稿しておられる。熊本は大変な状況なのだが、そんな中で、福岡から熊本に来た記者の方が、 JRに乗ったら、大きな荷物を抱えている人たちがお互いに席を譲り合って誰も座ろうとしないとか、コンビニで買い物するだけでも店員さんが話しかけておられるとか、道ですれ違う人にも、大変だったでしょうと、自然に声をかけている、とか、まさに「逝きし世の面影」の日本人のような人なつこさ、人と人との垣根の低さが立ち現れていることが記されている。

 自閉していた心が開かれたのではなかろうか。瓦礫の中から、かくありたい未来の人間像が、むっくり立ち上がったようにさえ見える。個として自立していながら、いつでも他者に心が開ける人間。束の間の幻影かもしれない。復興の過程ではかなく消えていく、いっときの和みかもしれない。それでも私たちが、何かきっかけをつかんだのは確かだ。

渡辺京二「荒野に泉湧く」熊本日日新聞3面 2016年4月28日


 災害は厳しいものであり、多くの被災した方々には、ただお見舞いを申し上げ、心を寄せるばかりだ。しかし、そのような災害の最中に、一日一日、日常を回復していくプロセスのうちに、このような、心が開かれるような思いが組み込まれるということ。人間存在の豊かさよ。それを荒野に湧く泉、と言われているのだ。

 こういうことを言うと、いや、東京でも親切じゃない人もいっぱいいて、ひどいこともたくさんある、とか、どうしようもない若者も増えている、とか、熊本でも嫌なことはいっぱい起こっているのだ、報道されていないだけだ、という方がいつもあるし、それを否定するつもりもない。非人間的なことは、平常時でも非常時でもいつも起こる可能性があるし、とんでもないことをする人間も残念ながらどこにだっている。人間の闇の部分を一掃することなどできはしないし、やろうとすれば、みんな強制収容所送りになることは、歴史が示している。しかし、このようなときにあっても美しいものが立ち上がり、泉が湧くのだ、というこの渡辺氏の文章へのなんとも言えない共感に涙ぐんでしまうのはわたしだけではあるまい。

 結果としての、絶え間ない天災。人工的な造成と建物と暮らしの中、この国の誰もが被災者になりうるような、そんな今にあって、たとえ幻想に導かれていようとも、心は常に開かれてありたい。

(※1)渡辺京二「逝きし世の面影」平凡社ライブラリー、2005年

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三砂ちづる(みさご・ちづる)

1958年、山口県生まれ。兵庫県西宮市で育つ。
1981年、京都薬科大学卒業。
1999年、ロンドン大学PhD(疫学)。津田塾大学国際関係科教授。
著書に『オニババ化する女たち』『月の小屋』『不機嫌な夫婦』『女を生きる覚悟』など多数。最新刊は『女たちが、なにか、おかしい おせっかい宣言』(ミシマ社)。

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