おせっかい宣言

第25回 民族衣装

2016.07.11更新

 幼い頃から何が好きか、若い頃から何に夢中になるのか、というのはおおよそ霊的なことである、としか言いようがない。その人を他の人間と違うものとしていく決定的なことであるのだと思う。どんな環境で育てられても、その傾向がおさえつけられることがあったとしても、おさえようもなく出てくるものが、誰にもある。「民族衣装への憧れ」、は、私の若い頃からの理由のつけようのない「熱い感情」であった。理由は、ない。ただ好きだったのだ。

 生まれてはじめて降り立った外国の地は20代の初めに訪れたパキスタンであった。1980年初頭、ヨーロッパやアフリカに渡るために最も安いチケットを提供していたのはパキスタン航空であり、当時、金のない学生や研究者やバックパッカーは皆、パキスタン航空を使っていた。搭乗するなり、パキスタン航空の客室乗務員のグリーンの民族衣装にピンクのショールに心を奪われた。見慣れた細身の客室乗務員ではなく、迫力満点の力強い体型に、グリーンの民族衣装は実によく似合っていた。

 パキスタンは、ラワルピンディのマーケットでは、普通のTシャツに膝下の丈の長いスカートを履いて歩いていたのだが、人ごみの中、なんだか妙に周りの男性の「手の甲」がお尻あたりに触れている気がする。別に露出的な服ではないけれど、このイスラム圏では十分に挑発的な衣装であることに気づいて、マーケットでパキスタンの民族衣装、サルワカミーズとショールを買った。ゆったりとしたパンツに膝下丈のチュニックを合わせ、涼しくて動きやすいし、白い半透明のベールはまるで花嫁のかぶりもののよう。この衣装をつけていると「手の甲」は触れなくなり、「ネパールから来たの?」と尋ねられながら、ラワルピンディのマーケットを快適に歩くことになった。その美しさと気持ち良さは、もともと民族衣装に憧れていた私の心を一層熱くした。

 当時、まだ20代前半の私に、サルワカミーズは、結構似合っていたと思う。自分でも気に入ったし、まわりにも当時は若かったこともあるけど、なかなか可愛いじゃないか、と言ってもらったりして、満足していた。そのあと、順調にアジア各地の民族衣装に次々と、はまり、タイのパートゥン、インドネシアのサロン、ミャンマーのロンジン、インドのサリー。全部、着方を覚えた。民族衣装が大好きだったのだ。ベトナムには行くことがなかったけれど、もちろん、世界で一番エレガントでセンシュアルな民族衣装アオザイは、知り合いの中で一番最初にベトナムに行った人に買ってきてもらった。これもなかなか似合うと思った。しかし、これは、別に「私って、何着ても似合うの」と、自慢しているわけではないのだ。これらの民族衣装は、私に似合うだけではない。誰にでも似合う。そのようにできている。体型、顔だち、背丈、年齢、そういうものにかかわらず、民族衣装というのは誰にでも似合うようにできている。いや、誰にでも似合うものだからこそ、民族衣装としてここまで残ってきたのだ。

 西洋由来の近代的なファッションのように、体の線を必要以上に強調したり、露出しなければならなかったり、足が長いと似合わなかったり、背が高くないといと着こなせなかったり、妊娠したり、太ったりしたら着られない、とか、そういう服は、民族衣装としては残っていかない。体型もある程度カバーされ、歳がいっても、着られるから民族衣装なのだ。

 かように民族衣装にはまった私の行き着く先は当然のごとく、であるが、この国では、着物、であった。ほぼ毎日のように着物を着て、とりわけ、日々の仕事を含む公の場にはほとんど着物で出るようになって、すでに10数年が経つ。すでに老齢と言える50代後半の今、あれだけ憧れ続けた民族衣装を毎日着られるようになって、実に満足である。昔のおばあちゃんたちがよく言っていたように「着物は慣れれば楽」だし、草履も歩きやすいし、暑いのか寒いのかわからない気候にもよく合っているので、もう、私は死ぬまでこの民族衣装を着続けるであろうと思うことが、幸せである。先日、ある雑誌の取材で、「誰の着物姿に憧れて着物を着はじめたのですか」、と言う質問をされ、ふと考えたが、誰にも憧れていないことに気づいた。誰かの美しい着物姿に憧れたのではなく、着物という民族衣装そのものに憧れたのだ。

 今は、着物に落ち着いている民族衣装への憧れであるが、そのような憧れの源泉が、パキスタンのサルワカミーズだったので、ムスリム女性(ムスリマ、というらしいが)のファッションには常々注目していた。あのゆったりとした風になびくような衣装の美しさに惹かれるのである。体を隠す、髪の毛を隠す、顔を隠す、ということ自体も魅力的だった。女性への抑圧、とか、そういう話だけでは片付けられないファッション性、もあると思う。アフガニスタンのカブールは80年代にはミニスカート女性も多い近代都市だったが、その後、そういう格好ができる国でなくなったのは周知の通りである。頭からすっぽりと全身を覆うブルカの着用を義務付けられていたが、そのブルカ自体も美しくて、アフガニスタンに赴任した友人に買ってきてもらった。真っ白なブルカと、真っ青なアフガニスタンの空のようなブルカであった。青いブルカは今も持っているが、数え切れない細かいプリーツが歩くたびにさらさらと揺れて美しい。下には何を着ていても、気にせずでかられそうなのも嬉しい。こういうイスラム教系のファションも、西洋ファッションみたいに流行するといいのに、と実はいつも思っていたのだ。

 そうしたら、とうとう、ユニクロが、ムスリム女性のデザイナーの作品を売り始めた。これが実に素敵なのである。マレーシアやインドネシアのアジア市場が意識されているようで、バジュクロンやカバヤなどが中心だが、体の線をあまり出さないゆったりした長いワンピースも素敵だし、ふんわりしたパンツやスカート、長袖のブラウスも美しい。体の線をあまり出さずにおしゃれを楽しみたい中年女性には、ぴったりの服装だと思う。髪や頭を覆うヒジャブも買ってみたけれど、とても美しい。

 何より感心してしまったのは、通気性の良い、「インナーヒジャブ」である。髪の毛が見えないように、顔の部分だけが出て、襟元まで覆う通気性の良い「キャップ」というか「帽子」というか、そのようなもの。マレーシアあたりのムスリム女性はインナーヒジャブをかぶってから、ヒジャブをつける、ということが想定されての商品だろうと思う。しかし、ムスリム女性でなくても、インナーヒジャブは髪を日差しから守ったり、あるいはちょっと寒い時の防寒のためだったり、髪型に自信がない時、などにも使えるのではないか。購入してみたが、これがなかなか美しい。たとえば、病気の治療などで髪の毛が抜けてしまっている方など、このインナーヒジャブをつけて、ヒジャブを被っていたら、とてもエレガントに装えて素敵ではないかと思う。

 いよいよ、イスラム教の女性たちのファッションが私たちに影響を与えるようになってきたのではないかしら、と、実はすごくわくわくしている。西洋近代のもたらしてくれた衣食住の豊かさと人権や民主主義の発想に私たちは安寧の多くを負うているが、それだけでは何か足りない気が、誰にでもしているのだ。その思いが、このような女性のファッションの上で相対化されていくことは、とても気持ちの良い異文化理解につながりそうに思えて、とても楽しみなのである。

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三砂ちづる(みさご・ちづる)

1958年、山口県生まれ。兵庫県西宮市で育つ。
1981年、京都薬科大学卒業。
1999年、ロンドン大学PhD(疫学)。津田塾大学国際関係科教授。
著書に『オニババ化する女たち』『月の小屋』『不機嫌な夫婦』『女を生きる覚悟』など多数。最新刊は『女たちが、なにか、おかしい おせっかい宣言』(ミシマ社)。

女たちが、なにか、おかしい おせっかい宣言

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